地獄一予約の取れないレストラン

地獄一予約の取れないレストラン


落下の悪魔の出現に公安も動いたが、あまりにも相手が悪すぎた。第一陣は一蹴され、1人のデビルハンターは今、台車でドアの向こうに運ばれていこうとしている。

「スープの名はデ・根・アテランタ。私を狩りに来たデビルハンターの耳と舌と鼻をポタージュにしました」

「んっ…!んっ…!」

デビルハンターは口を縫われ、目をクリップで閉じられないようにされている。彼の持ち上げた状態で固定された足の上に、作りたてのスープが乗せられている。

台車が動き出す…。

ドアの向こうには人間を貪り食う巨大な芋虫に似た悪魔が控えていた。落下の悪魔は給仕されたメニューに手をつけ始めた客に、メインディッシュの完成までに少々時間を頂きたいと請うた。

「名はフミコ・根・ウォー。人間と戦争の悪魔を合わせたものです」

「デンジ!ヤバイぞ、ヤバイぞデンジ!!ワシほどじゃないが、ヤバイ悪魔がこっちに来ておる!!」

「オメエほどじゃねえなら、放っときゃいいだろ」

「たわけ!!ウヌが良くても、嫁と子供が死ぬじゃろ!!それでも父親か!!」

血の悪魔パワーは落下の悪魔降臨を察知すると俄かに騒ぎ始めた。キリヤが車の悪魔に確認すると、彼女も早く避難するよう、キリヤを急かしてくる。

「急げ、リンゴ!早うせんか!!」

「ナユタはどうした!?」

「後で合流するってよ!」

これは只事では無いと感じた姫野一家は避難を開始。デンジはキリヤが契約した車の悪魔に乗り込み、フユはリンゴの運転する車で自宅を離れる。

落下の悪魔の能力の影響は確実に姫野家の在所まで迫っており、車窓から後方に目をやると、投身自殺を図る人々の姿を幾つも見る事ができた。

「ヤバいヤバい、ガチじゃん…。

…お母さん、もっとスピード出ない?」

眉を顰めたフユは、車の窓から顔を離す。

「なぁ!行かなくていいの!?チェンソーマン!」

一方、車の悪魔の運転席から周囲を警戒するキリヤが、助手席に座る父に問う。民間ハンターであるキリヤは首を突っ込む気にならないが、デンジは趣味でヒーロー活動をしている為、戦いに行きたいのではないかと思ったのだ。

「そ〜だな…だったらアイツらの事、頼んだ。追いつかれね〜ようにしてくれ」

「じゃあ、シートベルト締めとけよ。親父!

車、もっと飛ばせ!」

姫野家は悪魔の影響圏の外を目指す。

八王子方面に向かう車の悪魔はしばらく走った後、キリヤの命令でルーフを生き物の顎のように開いた。開いた口からエンジンを噴かす音が轟く。

デンジが車内でスターターロープを引き、チェンソーマンと化したのだ。

デンジはシートベルトを外すと走行中の車内で立ち上がる。開いたルーフから身体を出し、伸ばしたチェーンを車の右手に立ち並ぶ建物の一つに絡めて滑空。妻と娘を息子に託して、悪魔の影響圏の中に戻っていった。

前触れなく、通行人の眼球や耳が切り裂かれる。落下の悪魔の仕業だ。メインディッシュの材料を集める彼女は、手に持ったビニール袋に次々と戦利品を納めていく。

「すみません…人肉に合う林檎はありますか?」

異変真っ只中のスーパーに現れた彼女は、天井に落下している店員とのやりとりを済ませると、店を後にした。

「あれま、忘れていました。ソースには男性の頭部が欠かせませんでした…

すみません。どなたか、ひとついただけませんか?」

潜んでいたデビルハンター達が、落下の悪魔への攻撃を開始する。狙撃銃による一斉射撃で肉塊に変わるが、見る間に体を修復して復活。現在人類が持っている攻撃手段で、落下の悪魔に決定打を与えることはできないのだ。

「できれば、意味のない殺生はしたくありません。どなたか頭部を一つくださりませんか?」

要求は聞き入れられず、攻撃が再び始まる。交渉不可能と判断した落下の悪魔は、ハンター達が潜んでいた建物を崩壊させ、落下してきたデビルハンターの1人から首を頂戴した。

「あとは三船フミコに落ちて貰えれば、料理は完成ですが…」

その時、落下の悪魔は唸り声のような物音を聞いた。直後に回転するチェンソーの刃が彼女の胴体を貫く。

「リンゴ万引きしただろ、テメー!!」

デンジが背後から襲い掛かったのである。反撃で首を刎ねられてなお、チェンソーマンは止まらず、飛ばされた首が狂ったような笑い声と共に、落下の悪魔へ喰らいつく。

「なんと、食べられる経験は初めてです」

落下の悪魔はチェンソーで切り刻まれるがコック帽を被り直すと反撃に転じ、デンジを蹴り飛ばした。

「貴方が噂のチェンソーマンですね。私はこれ以上、人を殺さないので争う必要はありませんよ。

後は三船フミコを地獄に落とすだけです。それで私はもう帰りますので…」

「三船フミコォ…?」

「はい。地獄の方に料理を振る舞い、最後に三船フミコを食べさせる事……それが私が頼まれた仕事です」

耳馴染みのない名前に困惑するデンジだったが、相手が人間の敵である事は間違いないようだと判断する。人類皆友達などと言う気はないが、一言言っておきたかった。

「なぁんで俺の近所に来るんだよ!!家で嫁とゆっくりしてたのによ!!」

仕事を終え、クールダウンしたエンジンを再び熱するのはストレスが溜まる。そして下手すると、リンゴや子供達がこの悪魔のせいで自殺していたかもしれないのだ。

遠い他所に現れてくれていたら、デンジは今頃家でのんびりできていただろう。

「あらら」

落下の悪魔に襲い掛かるデンジだったが、文字通り指一本で動きを止められてしまう。

「調理の邪魔です。そろそろお引き取り願います。落ちなさい」

デンジの心の底に隠れていたものが急速に浮上する。

想起したのは討伐作戦の最中、銃の魔人となった早川アキ、魔人と化したアキを止めようとして射殺されたパワー(後にポチタが生き返らせてくれたが)

そしてマキマがデンジの精神に止めを刺すべく、姫野母子の死を告げた瞬間と伽藍堂になった部屋。危うい所で助かっていなければ、今頃デンジはどう過ごしていたか。

「さて…三船フミコの匂いを辿りましょうか」

落下の悪魔が急浮上するデンジから視線を切った直後、その身体が垂直に両断された。デンジが己の脳味噌を斬りながら攻撃してきたのである。彼なりの、精神に干渉する相手への対応策がこれなのだ。

「フレンチドック!!久々にフレンチドック食べたい!!」

「なんて…お馬鹿な子!」

落下の悪魔は彼女の身体を斬りながら、足を齧るデンジに呆れる。

「しかし、そうですね……。料理人として…。一度は食べられる経験を…しておくのも…」

料理人を自負する自分が、誰かに食べられる。これは得難い体験であると興味深く感じた落下の悪魔は、デンジの胴体を真っ二つにしながら身体を再生させると、彼に感謝の言葉を述べた。

抵抗を試みるデンジだったが、落下の悪魔は意に介することなく、上半身と下半身が分かれたままのチェンソーマンを置いて姿を消す。

やがて気を失ったデンジの元に、何者かが近づいて己の血を与えた。

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