団欒
御三家下僕2006年、冬。
「兄貴〜、今すぐアタシを笑わせて〜」
「布団が吹っ飛んだ」
「は?センス皆無なんだけど」
すでに日も沈み、人の営みも落ち着いてくる時間帯。
とある掲示板で『御三家下僕』の称号を持つ彼は、妹とこたつで怠惰を謳歌していた。
「そう言うな、今のはほんのジャブだ」
「ふーん、じゃ次は笑わせてくれんだ」
「内臓がないぞう?」
「内臓に謝って」
「ごめんな、不甲斐ない主を許してくれよ?」
「え急に謝りだした、こわ」
妹はだいぶ、いや結構辛辣だ。
これが通常運転であり、なおかつ彼が極度のシスコンでなければ、彼らの仲が険悪なのではないかと邪推してしまう程だ。
彼は妹の反応を疑問に思った。確かに内臓の下りが無為転変術師によって掲示板で披露されたときは氷点下まっしぐらの反応だったが、それは段階を踏まなかったから。ワンクッションおけば爆笑間違いなし、そう信じていた彼のギャグセンスは無為転変のソレといい勝負だった。『戦闘に疲れたな、あ銭湯に行きたい』『下手なシャレはやめなシャレ』と同じ系譜だった。
その結果、妹を笑わせられなかった彼を襲った、巨大な自責の念。
「俺は不甲斐ない内臓の持ち主……」
「あーもうごめんって、アタシも言いすぎたからぁ!兄貴は不甲斐なくないって、むしろ自慢の兄貴だって!」
先程の言葉を訂正しなければならない。妹はブラコンという意味で通常運転であった。普通、年頃の妹は堂々と『自慢の兄貴』とか言わない。これがうっかり出た本音ならまだしも、彼女は似たようなことをよく口にしている。具体的に言えば、本日3回目、本心からの『自慢の兄貴』発言であった。
「……そうだな、俺はお前の兄なんだからな」
「そーだよ、アタシはめっちゃくちゃ頼りにしてっから!」
そして彼は極度のブラコンであった。何度聞いたとしても、『自慢の兄貴』という言葉の魔力は衰えない。本日通算3度目となる再起であった。
「あー……あっそうだ兄貴、前紹介したとこ、どんなんだった?」
兄にこれ以上、不快な思いをさせるのは本意ではない。そう思った彼女は話題を変えることにした。
それは『呪術関係者のスレ』と呼ばれる場所についての話。愉快な呪術師が集まる場所であえる、という情報を手に入れていた彼女は、呪術師である兄にそのことを伝えていたのだ。
ちなみに、彼女は兄がスレに書き込まなかった可能性を全く考慮していない。なんだかんだ、全幅の信頼を置いているのである。
「どう、と言われてもな。呪術師が色々と書き込んでいたぞ」
「そうじゃなくて、もっと詳しい話!何話したかとか、誰がいたかとか!」
「そうだな……猫がいた」
「いや、アタシ猫カフェ教えた覚えないんだけど」
妹の反応を聞き、猫天与と呼ばれる彼が猫カフェにいる光景を想像する。彼がつけているグラサンが致命的に浮いていた。
「そのままの意味だ、喋る猫が機械を操作していた。なかなか賢かったぞ」
「え、マジで喋る猫ちゃんなの!?なにそれカワイイ〜!写真とかある!?」
「けーたい、の操作をまだ覚えていないから無理だ」
覚えていたとしても、グラサンをつけたイカツイ猫を見せようとは思わない。そう思う彼であったが、仮に見せたとしても『うわ〜グラサンがいい味出してるわ〜マジカワイイ〜』と反応する。彼女は年頃の女の子、猫とか犬とかは好きな部類であった。
「他には?もしかしてパンダとかもいる?」
「高専が動物園にでもならない限りはないな」
11年後 パンダ 高専入学
「動物関係で言えば、動物と友達だと言っていたやつがいたな」
「え、すっごいファンタジー!リアルデ◯ズニープリンセスじゃん!」
「側から見れば、なにを言っているか分からんがな」
彼らは知らないが、彼女が動物を友達にした経緯は結構闇が深い。詳しくはキャラまとめ一覧から『動物達の友達』のキャラ設定を見よう。少なくとも、デ◯ズニープリセンスというにはだいぶお辛い。
「他は!?なんかもっと面白い人いなかった!?」
「愉快な類で言えば、よくわからん術式のやつがいたな。『夏油様を解放してください』という幻聴を聞かせ続ける術師だ」
「ナニソレ意味わかんねぇ〜!ウケる〜!」
マジで意味がわからん。どう生活したらアレが思いつくのかは結構気になる。
「だろう?だというのに家庭を持っているそうだ。天与呪縛かもしれんな」
「……かぞく」
「……すまん、配慮に欠けていた」
「あ、いやいや兄貴が気にすることじゃないし!むしろアタシが気にしすぎというか!」
妹は、嫁入りが決まっている。
生まれた時から決まっているそれは、彼女の未来を壊し、奪い、縛り上げ続ける呪い。
相手と十分な会話すらしたことがなく、そもそも妹は術師の嫁になること以外の夢を持ち続けている。
思えば、なにもないのは俺だけだ。
猫天与も夏油様術師も強大な戦闘能力を有しており、動物達の友達も動物との交友関係を無くさないだけの誠実さがある。一度話した仙台爆散術師はただの飲兵衛にしか見えなかったが、そのだらしなさとは裏腹に二級術師として確かな力を持っている。
思えば、なにもないのは俺だけだ。
思えば、なにもないのは俺だけだ。
思えば、なにもないのは俺だけだ。
俺だけが、強さも誠実さもなにもないのだ。
「兄貴!」
永遠に続くと思われた彼の自責は、妹の一声で霧散した。
「アタシは、今すっごい楽しいから!それでいいでしょ!」
例え未来が決まっていたとしても、今を楽しむ。
それが、彼と彼女の間にある、兄妹の会話における暗黙の了解であった。
「……そうだな、すまん。余計なことを考えていた」
「許さん!せっかくのだらけタイムに余計なこと考えんな!」
「いやマジでごめん……お詫びの好きなものを買ってやるから」
「いよーし、言質取ったりぃー!」
本日二回目の『好きなもの買ってあげるから』であった。