黎明B&C 菊花賞と天皇賞のあとで

黎明B&C 菊花賞と天皇賞のあとで

名無しの気ぶり🦊

──────あの日のことを、今でも私は忘れないだろう


2021年秋、いや少し前のあの日、ダイヤがあの子が言うところのジンクス、出来ないの呪縛を打ち破りサトノに初めての国内G1レース優勝という途方もない夢を現実のものとして齎してから数日。


…その後、私が今年の秋の天皇賞で去年に引き続き惨敗してからも数日

今にして思えば、ダイヤの菊花賞1着以上にこれが決定打だった。

「…」


この二つ、特に後者がきっかけとなって私サトノクラウンはというと、端的に言ってしまえば過去1番と言っても過言じゃないぐらい内心を乱して、寮を人知れず飛び出してしまっていた。

今でこそなんとも恥ずかしい話、と言いたいところだけど。

…当時の私はダイヤやサトノグループのスポーツ事業面での願いが叶ったことの喜ばしさ・私にはそれができなかったことの不甲斐なさや悔しさや悲しさ・柄にもないけど嫉妬にも似た妬ましさで

頭がぐちゃぐちゃになり平静をあの子やキタサンの前で余裕を持って装うだけでも一苦労するありさまだった。

なので、ある晩飛び出してしまったというわけ。


「はあっはあっはあっ…! …何やってるんでしょうね、私」


虚しさと馬鹿らしさを誤魔化そうと、行き着いた公園で誰もいないのをいいことに普段ならしない私服姿で勝手に本能任せの走り込みをするも…何かが変わるわけでもなかった。


────正直言って、生きてる意味さえ見失ないそうになってた。


(…あそこの柵を越えて飛び降りたら…いやそんなことできたら、私はここまで悩むこともない。死ぬなんて、どうせできるわけないじゃない…)


(私、どうしたらいいんだろう?)

(今まで一族の夢に自ら生きてきた私。ダイヤがそれを叶えてくれて、それを果たす必要がなくなって開放感を感じていいはずなのに)

(…じゃなきゃ、なんでなんでって子供みたいに駄々を捏ねて、苛立ちを大好きな皆の前で爆発させれば良かったはずでしょうに)

(でも爸爸(お父様)も妈妈(お母様)も姐姐もダイヤも…ミッチーも、この数日私を責めるなんてしてくれなくて、ならそんなことできるはずなくて…)


「…ほんっと、どうしようもないなぁ、今の私ぃ…」グスッ!


「ああ、みっともなく今までにないくらい泣きやがって」

「⁉︎ と、トレーナー⁉︎ なん、で、ここに…」


よく見知ったはずの彼、私の大切なトレーナーである吾妻道長がそこにいた。

…動揺、しちゃったわよね


「普段通りミッチーって呼べ。お前のことはお前が思うよりは分かってる」

「それにこの辺は昔、俺が透とよく遊んでた場所だ。見当なんざすぐに着いた」

「…なんかあったんだろ、とりあえず言ってみろ」


…ずるいなぁって、そう思った。

だって彼ったら、私が落ち込んでる時にいつもいつも欲しい言葉を無自覚に選び取って告げてくれる。

今回も例に漏れず、私はそのおかげで喋りだしてた。


「…そっか。…ねえミッチー、いえトレーナー、私って、何なんだろうね?」

「…」


「…生きてる意味が分かんなくなっちゃったの。今までサトノグループの皆の、家族の私へのアスリートとしての期待に応えたくて、皆の悲願を叶えたくて、思いに応えなきゃって生きてきた」

「でも、現実の私は未だに国内G1勝利なんてまだまだ届いてなくて、そうこうしてる間にそれはダイヤが果たして、つまり泡みたいに消えちゃって」

「正直言ってダイヤが羨ましくて、なんならG1を何勝かしてるキタサンも羨ましくて、けど皆のことを好きな私はそれを素直に言えなくて。もやもやだけがこの数日募ってて」

「でもそれを見る皆が私を無視するなんてことはなくて、私を心配してくれて」

「苛立ってるのも妬ましくなってるのも私だけ、バ鹿なことしてるのは私だけって事実があって」


「──なら、ならこんな、こんなみっともない私なんてっ!」

「くだらないな」


「! 何言っ「ああ、くだらないよ。」ふざけないでっ!!」


今思えば、これが彼が私に対して唯一くだらないなんて言った瞬間だったのかも


「ッ、私がずっと力及ばないせいで私は悲願を果たせなかった。私の弱さが皆の夢の枷になって私じゃ実現できなかった! こんな情けない私に何の意味があるって言うの、何を理由に生きていけばいいっていうのよ!!」


「まず、事実としてあるのはお前が国内外問わずG1で勝ててないってことだけだ」

「そしてそれはお前の責任じゃない。…どうしてもって言うなら俺とお前の責任だ。」

「ご家族のことが大切なのは分かるが、お前だけが気に病むことじゃない」


「…トレーナーと私?」

「ああ、落ち着いたか?」


「…でも、でもじゃあ、なおさら私はどうしたらいいの、何を理由に生きていけばいいの?」

「こんな、こんな私はどうすればいいっていうのよぉ…!」


「なら、なら俺のために生きろ!!!!」

「…えっ?」


「俺がお前が生きる理由になってやる!今まで以上に何度だって何回だってお前の勝ちを望んでやる! 信じてやる! お前が望むならいつだって側にいてやる!」


「えっ、えっ、それって????」

(みっちー…)


「お前は誰に恥じることもない、誰にも馬鹿にさせねえ俺の担当で愛バだ! そんなお前が生きづらいってんなら俺がその道標にだってなってやる!どんなサポートだってしてやる!今以上の苦労だって喜んで背負ってやる!」


「だから、だからお前がお前を否定するな!!」

「それでも無理だって言うなら俺を信じろ! 俺の夢のために生きてくれ!」


「生きるのを、幸せになるのを諦めるな、サトノクラウン!!!!!!!」


これは本当にドキドキしたわぁ…だってその…プロポーズみたいな感じだったもの

未だに彼には言えてないけど


「…………ぅ、うわああああああん!!!!!!

ごめんなさい、ごめんなさいみっちぃーーー!!!」


「…はっ、気にすんな。いつものお前が気張りすぎてたんだよ。今の泣きじゃくってるお前だって立派にお前なんだからな。みっともなくなんかねえ、誰にもそう言わせねえ!」


「わ゛だじ、わ゛だじ、怖くてぇ!」

「ああ」


「こんな弱くて空っぽな、でなきゃ苦しみでいっぱいの今の私がこの先もアスリートなんて務まるのかって!」

「ダイヤが憧れてくれた、爸爸と妈妈が愛してくれる、何より貴方が信じてくれる私でいていいのかって、いられるのかって! 」

「新しい夢なんて見つけられるのかって不安でしょうがなくてぇ!」

「ああ」


「……でも、でもそんな私が生きてていいんだよね」

「貴方が言ってくれたような、貴方と一緒に頑張りたい、一緒に歩んでいきたい、貴方に私の走りをずっと見ててほしいみたいな理由でも」

「…そんな些細な夢を糧にして、ウマ娘としてアスリートとしてまた生きていってもいいのよね、ミッチー…?」


「…そうだな。お前はその世話焼きな優しい性格に対して普段から背負い込んでる物がデカすぎんだ」

「一度全部下ろして枕にして、さっき俺が言ったようなことでも夢や理由にして生きてくことにしたって何も嘆くことじゃない」


「…あとはなんだ、2度は言わねえが、その、今までよく頑張ったな、これからも無理せず頑張れ、そんで同じぐらい俺も頼れ…くそっはっず!」


「ッ………! う゛ん゛っ、う゛ん゛っ、ありがとう、ありがとお、ミッチぃぃ〜…!!!」


「っと! ああ、お前はそれでいいんだ、いいんだよ…」


とまあ、こんな感じでその後の私はミッチーにそれはもう包み隠さず洗いざらいぶち撒けて、彼なりの、不器用だけどあの日の私が何より欲しかったんだろう、実はずっと望んでいたんだろうどストレートでシンプルで強力な声援と激励で十二分に慰めてもらって、励ましてもらった。

そしておかげさまで立ち直れた。その後は不思議と、いえ不思議じゃないわね。ミッチーのあのエールが支えなのだから、レースに関して心折れることは今日、宝塚記念までなかった。

G2で京都記念、海外のだけれどG1もちゃっかり勝てた…まだ記憶に新しいわね。


(──だから今の私、今日の私がある)


「──おい、話聞いてんのかクラウン?」

「もちろん!…ねえミッチー、いえトレーナー、今の私をどう思う?」


「あ?」

「いいから!」


「…そんなの決まってんだろ。ヴァーズ同様、積み重ねた努力で今日のG1を間違いなく勝って嬉し泣きしながら帰ってくる、そんなお前だ」


「ぷっ、嬉し泣きは言い過ぎよ! でもそうね、改めて今日までありがとうトレーナー」

「だから──行ってきます!」


「ああ、行ってこい!そんで国内G1でのお前の初勝利っていう王冠をゲットしてきやがれ!」

「ええ!!」


…うん。

こんなタイミングだからこそ、今までミッチーに、ダイヤに、キタサンに幾度となく繰り返し溢してきた強気な宣言。

これも今なら間違いなく揺らがないって、実現できるって、そう言える。


──────そう、もう私は自分に負けない。

どんな着順だって惨敗だって心折れたりなんかしない

だって、世界で一番信頼できる私の王子様が支えてくれるんだもの。ちょっと乱暴なのが玉に瑕と言われるかもだけれど、それも今なら私好み。


────ええ。

ミッチーが背中を押してくれるなら、何度だって誰より早くゴールに辿り着いてみせる、挑み続けてやるわ!

あの人のように私の障害を私の手でぶっ潰す、ただそれだけ!!



「ようバッファ、久しぶり」

「ギーツ…!」


「ちょっとした用のついでで寄らせてもらったが…その様子だと今年の宝塚記念は心配なさそうだな」

「──だが、勝つのはキタサンブラック、俺の愛バだ!」

「ハッ吐かせ! 勝つのはサトノクラウン、俺の愛バだ!!」

Report Page