四季折々-白ノ冬-(真芽津)

四季折々-白ノ冬-(真芽津)

M

手を伸ばせば指の先っぽが春に触れる。指から感じる柔らかい黄緑と淡い水色が混ざったような空気に、僕は小さく息を吸う。


(……冷たい)


吐き出した息は当然のように白く染る。これがあと十数日もしないうちにもっと暖かい色となるということを、10年以上この市に住んでいて僕は未だに信じられないでいる。


三門市の冬は冷たく乾いている。ふと気を抜けば体の芯を、あるいは心の芯までも凍らしてしまいそうな、そんな空気。1年前にあんな大事件があったとはいえ、地に根付いた空気というものは大して変わらないのだと深く実感する。


1年前。三門市民にその単語を聞かせたら、ほぼ全ての人があの出来事を思い出すに違いない。

1年前に起きた、近界民と呼ばれる正体不明の化け物による未曾有の大侵攻。

市は崩壊。多くの人が亡くなり、建物は崩れ、僕の家族は僕一人を残して皆近界民に殺された。


ただ、そんな冬ももう終わる。出会いと別れの春を連れて帰っていく。


近界民と呼ばれる化け物によって市を崩壊させられかけたこの三門市にはその近界民に対抗する為にボーダーという組織が設立された。ボーダーには近界民に対抗する為のすべがあり、三門市を守るために日々多くの新規隊員を求めているのだという。


亡くなった人は帰ってこないし、過ぎた時間は戻ってこない。けれどきっと、僕という人間が未来への手助けになると信じて、僕はボーダーに入隊することを決めた。










なんて。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


あまりにも厚顔無恥だった自らの思考に僕は喉を掻きむしりながら自室の壁に頭を思いっきりぶつける。そうすることで頭に昇った血が抜けて冷静になれると思ったからだ。

無論、そんな思考をしている時点で冷静とは程遠いのだが。


「死ねよ近界民……! 死ねよ僕……!」


頭から垂れる血が目に入るが、そんな痛みでは僕の衝動は止められない。

あの日受けた、そして今現在受け続けている屈辱が消えることはない。


2週間前、僕はボーダーの入隊試験を受けた。

筆記試験と面接試験を好感触で突破し、帰ってきた結果は不合格の三文字。


「──え?」


思わず言葉を失った。


(は?どういう……。え?なんで一文字多いんだ。どうして?だって筆記は解けたし、面接も失敗しなかった。僕と同い年の隊員もいるって、合格率は低くないって、受かってからが本番だって……!)


後から聞いた話だが、合格基準のひとつにトリオン能力というものがあるらしい。それが一定ラインを越えていないとボーダーの戦闘員として雇うことはできないと。


「試験は惜しかったが、君の成績ならオペレーターやエンジニアとして活躍することもできるだろう」

(そんなこと聞いてないんだよ! 僕はただ、たった一度のチャンスを貰えれば、それだけで!)


──それだけで。


その言葉を受けて僕はオペレーターとして入隊することを決意した。オペレーターとしてボーダーを支える気がない訳ではなかったが、それ以上に僕を不合格にしたのは間違いだったと思わせるために。


しかし、その判断こそが一番の間違いだったことを、僕は入隊して1日もしないうちに思い知らされてしまった。


僕は偽物だ。メッキに塗られた正義感も、欠片もない才能も、取って付けたような外面も。

“本物”は恵まれたトリオン能力を、僕なんかよりよっぽど綺麗な感情で振りかざす。


「……やっぱり僕には無理なのかな」


2週間前までの威勢が嘘だったかのようにネガティブな言葉がポンポンと浮かんでくる。


あの日までは頭の良さと強い心さえあれば世界は救えると、思い込んでいた。過信していた。


しかし、蓋を開けてみれば尖りきった才で人の上に立つ天才が、幼い頃からの積み重ねと生まれもった正義感による執念が、どんな時でも笑顔で人を救えるような主人公がボーダーには腐るほどいる。

そういう人たちがこの世界を救うんだ。

そこに僕のような偽物の居場所は無い。


「はは……」


そう突きつけてくるこの環境が僕には息苦しくて仕方がなかった。


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