囚われの冥冥さん

囚われの冥冥さん


皓々とした照明を八方から向けられたステージの上で、冥冥は一人抜け出すことのできない檻の中に囚われていた。

それは一般的な檻という言葉に抱く薄汚れた暗いイメージとは違い、非常に明るく、ともすれば清潔感のある洒落た空間のようにも見える牢獄であった。

一辺が5m程の透明なアクリルガラスによる立方体。

それが、今の冥冥が手を延ばすことのできる全ての範囲だった。

愛用していた武具は勿論のこと、全ての衣服も既に剥ぎ取られている。

ガラスの檻には呪力を抑え込む特殊な封印術が仕込まれており、さらにこの檻が据えられた部屋──おそらく巨大な屋敷の地下だろう──全体にも強力な呪詛が掛けられていた。

呪術師である冥冥の術式は黒烏操術。その気になれば周囲の烏を操り遥か遠くまで情報を伝達することもできる、はずであった。

この檻に捕えられて最初の2日間、冥冥は懸命に己の命令が届く烏を探っていた。

だが幾重にも重なった封印の中で、いかに一級術師といえども屋敷の壁を越えて呪力を飛ばすことが不可能であることに気付くのはそう遅くはなかった。

(あの時・・・どうして・・・)

頭の中で繰り返される疑問。このような状況に陥ってしまった原因を、悔やんでも悔やみきれない思いで冥冥は何度も何度も思い返すのだった。

 

 

思えば、最初から妙な話ではあった。

とある富豪の依頼で、弟・憂憂と共にこの屋敷を訪れたのは数日前のことだった。

屋敷の一角に突然現れた呪霊を祓って欲しいという内容で、彼らが独自に調査した結果冥冥に白羽の矢が立ったらしい。

事前に大した調査も行われていなかったが、報告を聞く限りではその呪霊の力は精々二級がやっとのように思えた。冥冥の力量を考えれば非常に楽な仕事だ。

なにより、彼らの提示してきた報酬は意外なほどに大きなものだった。

二つ返事で依頼を引き受けたのには、そんな訳もあったからだ。

そして屋敷に到着すると、身なりの良い老人に中を案内された。

特に気になる所はなかったが、多少は詳しい経緯などを聞かされ、やがて件の呪霊が憑りついているという部屋の前に通された。

その近辺に僅かな残穢を感じ取った冥冥は、案内役を下がらせ憂憂と二人で部屋に乗り込んだ。

中に潜んでいたのは、予想通り低級の呪霊だった。

(やれやれ・・・さっさと済ませようか)

彼女の脳裏には一瞬で距離を詰め、愛用の得物で呪霊を粉砕するビジョンが明確に見えていた。

一つだけ誤算だったのは、この依頼の目的が最初から冥冥を狙って出されたものだったことだ。

呪霊や呪詛師、数多くの戦闘経験を持つ彼女でも、それは意識の外にあった。

あくまで非術師は守る側という認識があったのだろう。

まさか、依頼者自身が彼女を陥れるために罠を張るなど思い至るはずもなかった。

「ね・・・姉様・・・!」

最初に異常が起こったのは、部屋の入口の側で待機させていた憂憂だった。

突然胸元を抑えてその場に倒れ込んだのだ。

「憂憂!?」

呪霊の頭を吹き飛ばすのとほぼ同時に、冥冥もその異変に気が付いた。

だが既に遅すぎた。次の瞬間、なんの前触れもなく冥冥の意識は闇の中へと堕ちていった。

 

 

次に目が覚めた時、冥冥は持ち物全てを奪われた状態でこの檻の中に閉じ込められていた。

肌を覆うものは何一つ無く、唯一与えられていたのは革製の太い首輪だけだった。

そんな彼女の様子を嘲笑うように、檻の周囲に設けられた観客席のような椅子には何人もの人間が食い入るように見つめていた。

その中には、依頼人として紹介された男の顔もあった。

「・・・これはなんのつもりだ」

せめて精一杯の虚勢を悟られないように、冥冥はあえて堂々と身体を隠さずその男に近づいた。

呪術師は呪力による肉体強化の術を身につけている。たとえ身一つであろうとガラスの壁を破ることぐらいはできると踏んでの行動だった。

だがニヤニヤと笑うばかりの男に対して、その顔を蒼褪めさせてやろうと繰り出した拳は、僅かにガラスを震わせる程度の衝撃しか与えることはできなかった。

「ッ!?」

驚愕する冥冥に向かって、目の前の男はようやく口を開いた。

曰く、このガラスの檻には呪力による攻撃は効かない。

曰く、この中にいる限りは食事や命は保障する。

曰く、この場から逃げ出す手段はない。

「チィッ」

ギッ、と歯を食いしばって聞いていた冥冥だったが、先ほどの一撃にこの檻がびくともしなかったことを考えると、男の言葉を素直に呑みこまざるを得なかった。

少なくとも脱出する術を見つけなければ何もできないし、憂憂の行方も分からない。

屈辱的な状況ではあるが、受け入れるしかないのも事実だった。

この日から、彼女の悲惨な虜囚生活が始まった。

 

 

まず冥冥が身に着けることを許されていたのは、その首に嵌められた頑丈な革のベルトただ一つだった。

座っていても立っていても、彼女の身体を隠すものは無く、胸や股間、尻の穴に至るまであらゆる恥部を常に露出して過ごさねばならなかった。

そして、それこそがここに捕えられた理由でもあった。

檻の周りにはいくつもの座席が設けられており、例えるならまるで豪華な劇場とも云えるような作りになっていた。

そこに座るのはこの屋敷の主だけでなく、様々な人物が入れ代わり立ち代わり現れては冥冥の痴態を心行くまで堪能していった。

席は檻を囲むように作られており、例え彼女が位置を変えても余すことなく全身を眺めることができるようになっている。

また監視カメラも設置されており、二十四時間冥冥の姿は誰かの目から逃れることはできなかった。

食事は一日二回、檻の隅にある外側からしか開くことのできない小窓から配給される。

小窓の下には短い鎖が床に繋がれており、食事の前にはそれを自分の手で首輪に繋がなければならなかった。

鎖の長さは50㎝程度しかなく、それを繋いでしまえば床に這いつくばった状態で首を上げることもできなくなる。

そうやって冥冥の自由を奪った後に、プレートに乗った粗末な食事が差し入れられるのだ。

座ることもできない冥冥は、まるで犬のように皿から直接食べることを強いられた。

美しい横顔を顰めて土下座のような姿勢で出されたものを頬張り、舌を這わせて汁物を啜る冥冥の姿は特に人気があり、この時間を狙って現れる男達は数多かった。

だが、最も多く人が集まるのはいつも決まった時間だった。

「くっ・・・ふぅっ・・・」

檻の隅に立った冥冥は、微かに息を荒げてその場にしゃがみ込んだ。

毎日決まった時間に行うことを定められた行為。

一日一度の排泄の時間である。

檻の中の一角には、流水機能のついた排泄溝が存在していた。

しかし通常は塞がれており、特定の時間になると自動で開閉する仕組みになっている。

冥冥が排泄を許されるのは、この僅かな時間のみであり、それ以外では例えどれほど懇願しても排泄溝が開くことはない。

時間が決められているのはそれを目的に人を集めるためであり、この時ばかりはいつもを遥かに上回る人数がこの部屋を訪れる。

全裸を人前に晒すことは覚悟していた冥冥も、この仕打ちには我慢ならなかった。

囚われてから丸三日の間、彼女は排泄溝の前に集まる者とは反対側に座り込んで耐え続けた。

だが、いくら我慢を続けようともやがて限度は訪れる。

四日目になって、冥冥は初めて排泄溝に近づいた。我慢の限界ではあったが、あれほど大勢の前で見られるのは避けたいと、なんとか自力で蓋を開こうとしたのだ。

しかし、ピッタリと嵌った蓋は爪を立てる隙間さえも無く、どれだけ開けようとしてもビクともしなかった。

次第に限界が近づいていくのを感じた冥冥は、恥も外聞も捨てて監視カメラに向かって頭を下げた。このままでは、何もない平らな床の上にぶちまける羽目になることは目に見えていた。

その内、彼女の周りに人だかりができてくる。

男達は口々に冥冥に向かって卑猥な言葉を投げかけた。

やがてそれは、彼女を囃し立てる声に変っていった。即ち、自分の口で排泄を乞え、と。

「お・・・おねがいです。ト、トイレを・・・使わせて下さい・・・」

か細い声で身体を震わせる冥冥に、更なる猥言が飛び交った。

「もっと大きな声を出せ!」

「何がしたいのかハッキリ言え!」

「ケツの穴を見せろ!」

喧々囂々の騒ぎの中で、死にたい程の屈辱を堪えて冥冥は声を張り上げた。

「お願いします!う、うんちをさせて下さい!私のお腹に溜まった臭くて汚いものを出指せて下さい!!」

言葉を変え、姿勢を変えさせられて、何度も何度も無様な宣言をさせられる冥冥。

だが、それによって排泄溝が開くことはなかった。

極限まで張り詰めた腸内から押し寄せる激痛に、半狂乱になった冥冥は観衆の言葉に従ってひたすら卑猥な言葉とポーズを繰り返すだけの人形だった。

どれだけ目の前の観衆に媚びれば蓋が開くのか、彼女の頭の中はそれだけがグルグルと渦巻いていた。

そして遂に、定刻となったことで排泄溝の蓋が開く。

そこから先のことを、冥冥は憶えていなかった。

後に、その時の録画映像を食事の時間にスクリーンで見せつけられた。

そこには、蓋が開くや否や一目散に溝の上に陣取ると、呆けたように舌を突出し恍惚の表情で大量の便をひり出す冥冥の姿がハッキリと映し出されていた。

数日間にわたって蓄えられた糞便の量は凄まじく、はしたない程の大音量の放屁と共に太い塊がボトボトと溝に落ち、飛沫を上げる様を大勢の観客の前で晒していた。

あまりの羞恥心に、その日冥冥はそれ以上食事を勧めることもできなかった。

 

あれから何日経っただろうか。

常に照明に照らされた地下室では、時間の感覚が徐々に薄れていくのを冥冥は感じていた。

毎日目を覚ますのが朝なのかどうかも分からない。食事と排泄の時間は決まっているようだが、それさえ本当に正しいのかは不明だ。

ただ窓が開いた時間に食事をし、排泄溝が開いた時間に溜まったものを出す。

それだけが、この閉ざされた空間で唯一時間の流れを感じることのできる瞬間だった。

そして、今も──

「ふっ・・・くぅ・・・」

排泄溝に跨って、冥冥は下半身に力を込める。

顔には僅かに朱が差し、その吐息には濡れたような色気があった。

「あぁっ・・・んぅ・・・」

その周囲を取り囲むのはこの館に招待された世界各国の富豪達だ。

彼らはこの囚われの美女の排泄という最も惨めな瞬間を見るためだけに集まっているのだ。

彼女の呼吸に合わせるように、その窄まりがヒクヒクと震え始める。

数十人の視線が一点に集中する瞬間、冥冥はまるで肛門が火に炙られているかのような感覚を覚えていた。

「あっ・・・はっ・・・あぁぁぁっっっ!!」

恥孔が一気に盛り上がり、その奥から濁流が吹き出した。

冥冥は更に両手で自身の尻を割り開く。排泄の間は常にそうしているように躾けられた結果だった。

激しい濁音と共に排泄溝に積みあがっていく汚濁の塊と、両足を強張らせてがに股開きを維持しようとする冥冥の痴態に観衆の熱気が高まっていく一方だった。

やがて全ての排泄物が滴り落ち、排泄の時間が終了する。

はぁっ、はぁっと息を荒げる冥冥の側に、小さな玉葱のような塊が投げ入れられた。

冥冥はそれを手に取ると、排泄を終えたばかりの敏感な肛門に押し当てていく。

にゅるっ、と肛門に滑り込んだそれは、彼女の排泄を抑えるためのアナルストッパーだ。

翌日の、また次に排泄溝の蓋が開く時までそれを取り出すことはできない。

己の排泄の全てを尻穴を塞ぐ小さな玩具に支配されるという悍ましさと、次第に慣れつつある異物感に苛まれながらも、冥冥は今日の床に就くのだった。

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