喜べ少年、君の願いはもうすぐ叶う

喜べ少年、君の願いはもうすぐ叶う

レイレイ

これはまだ、ウタが人形だった頃、偉大なる航路のとある島であったかもしれないお話…。


ーーー新世界 マーリハ島ーーー


ウタ「ギィィ…(迷った…)」


新世界に突入した私達麦わらの一味は、補給と休息の為に近くの島に上陸した。その島では丁度、大晦日のお祭りが行われていた為、宴好きな船長以下、船員クルー達もその祭りを楽しんでいたのだが…。


ウタ「ギィィ、ギィィ〜(子供に追いかけ回されて、逃げ回ってたらここがどこかわからないよ〜)」


麦わらの一味のマスコット“ウタ”は仲間とはぐれ、途方にくれていた。


彼女の名誉のために書いておくが、彼女は決して方向音痴ではない。むしろ本能のままに動き勝手に何処かへ行ってしまう彼女たちの船長や、方向感覚が異次元に突き抜けたファンタジスタ迷子な剣士を、何度も目的地まで導いた実績すらある優秀なナビゲーターなのだ!!


だが、お祭りで人がごった返す町中で仲間と離れ離れになってしまい、その上、珍しい動く玩具に目を輝かせる子供達の無邪気な追撃を躱し、野良犬たちに餌だと思われて追いかけ回される内に、気がつけば人気の途絶えた丘の上までたどり着いてしまったのだ。


ウタ「ギィ…(なんとか皆と合流したいけど、一人だとまたあの人ごみに流されちゃうよ…)」


ウタは自らの布と綿でできた人形の柔らかい手を見つめる。

9歳の時に一人の少女にこの人形の体に変えられ、それから12年間付き合い続けた不自由な体は、非力で人ごみに混ざれば容易く踏み潰されてしまうだろう。

ポテンとその場にへたり込み、寂しさに涙を流すことも出来ない体でぼんやりと、丘の下の喧騒を眺める。


ウタ(もし私が人形になってなかったら…ルフィとか一味の皆と、それにシャンクス達と、あんな風にお祭りを楽しめたのかな…)


12年間、何度も考え、そして諦め続けてきた想いが込み上げてくる。


ウタ(わたしも皆みたいにかわいい服を着て、美味しいご飯を食べて…歌を歌いたい…)


だが彼女の願いは叶わない。どんなに真摯に神様に祈っても、彼女にかけられた悪魔の呪いは解けることなく、彼女を苛み続けている。



♪〜♪〜〜


そんな彼女の耳が、丘の上から響く美しい音色を拾う。



ウタ「キィ?(なんだろう? 綺麗な音…)」


その音に導かれるように、彼女は丘の上に建つ小さな教会へと足を向けた。



ウタが耳にした美しい音色は、丘の上にこじんまりと佇む小さな教会の、少しだけ開かれた扉から聞こえていた。


少しだけ躊躇ったウタは、好奇心を抑えられずその扉を自分の体が通れるだけ開いて、教会の中に足を踏み入れた。


♪〜♪〜〜


教会の奥に設えられた大きなパイプオルガンを、神父服を着た一人の男が神妙な面持ちで奏でている。


精悍な顔立ちと、服の上からでも分かる鍛え上げられた肉体。およそ神父と呼ぶにはやや無骨すぎる雰囲気を醸し出す男は、しかしその無骨な指でパイオルガンを奏で、繊細で美しい音色で無人の教会の中を満たしている。


教会の入り口でウタがぼんやりと、その美しい音色に聴き惚れてどれくらいの時間が経っただろうか。曲を奏で終わった神父は顔を上げ、予定外の観客に声をかける。


神父「そんな所にいないでもっと近くに来るといい。


ここは神の家。救いを求め、祈りを捧げる者を拒むことはない」


その渋みと深みのあるとても耳に残る低音な声で話しかけられたウタは、おずおずとオルガンの前の椅子まで歩み寄り、ポスンと椅子に飛び乗った。



その様子を眺めていた神父は薄っすらとその強面な顔に笑みを浮かべ、再びオルガンを奏で始める。


♪〜♪〜〜


ウタは人形の体を揺らしながら、その天上の調べに酔いしれる。


曲名は分からない。もしも彼女が人形になることなく、例えば音楽の島でひたすら音楽の勉強に励んでいれば、その曲名やその由来もわかったかもしれない。


だが、そんな“もしも”は存在しなかった。彼女は人形として12年間、幼馴染と共に生きるために航海術や医学を学び、時にバーテンダーとしてアルバイトし、人形でも戦えるようにと合気を学んだ彼女は、音楽の知識は仲間の優しい骸骨が教えてくれたものしか無く、賛美歌等の教会の音楽とは無縁だったのだ。


初めての聞く荘厳で美しい調べに、ウタは迷子になっていたことすら忘れて聞き惚れていた。


そして曲を奏で終え、腕を下ろした神父にポムポムと、人形の腕で拍手を送った。



神父「ところで少女よ、何故この場所へ来たのかね?」


ウタ「キッ…!?キィィ…(ああ、そうだった!?わたし迷子なんだった…)」


神父にこの教会へ来た経緯を尋ねられたウタは、ようやく自分が迷子なことを思い出して慌てふためく。


事情を説明しようにも、まともに話すことのできない自分では彼に助けを求めることすらできない。


神父「フム…迷子か。大方、街の祭で連れ合いと逸れてしまったと言ったところかね?」


ウタ「キィキィ…ギィ!?(そうそう、皆とはぐれちゃって…ってわたしの言葉がわかるの!?)」


そんなウタに、まるで彼女の言葉がわかるかのような反応を示す神父。そんな神父にウタが驚愕していると、彼が苦笑を浮かべながら説明する。


神父「なに、言っていることが全てわかるわけではないが、これでも聖職者の端くれなのでな。救いを求め懺悔する子羊達の“声”は、それなりに聞き取れるよう訓練を積んでいるのとも」


ウタ「…キィ?(…見聞色の覇気?)」


神父「まあ、そんなところだ」


そして神父は立ち上がり、ウタの正面まで歩み寄る。長身で引き締まった体格の神父に見下されたウタは、その威圧感にやや後退する。


そんな彼女の内心を知ってか知らずか、ウタの人形の体をマジマジと見つめた神父は彼女に問いかける。


神父「少女よ、これも何かの縁だ。君が私の信仰する主を信じているかどうかは分からないが、どうかね。君の悩みを打ち明けてみるつもりはないかな?」


ウタ「……?」


ウタは奇妙な提案に首を傾げる。


その様子に言葉が足りなかったかと少し反省した神父は言葉を続ける。


神父「先程も言ったが、私は多少は君の言っていることが理解できる。君の悩みや嘆きを解決することは出来ないかもしれないが、誰かに話すだけでも気持ちが軽くなることもある。


これでも聖職者の端くれだ。一年の終わりに信者の懺悔や告解を聞くのも仕事の一つだ」


ウタ「キィ…(確かに…)」


12年間、誰にも打ち明けられなかった心の内の暗い嘆き。


神父はそれを話すことで、彼女の抱え続ける闇を多少なりとも軽くしてくれようとしているのだと、ウタは感じ取った。


ウタ「キィキィ…キィィ…(神父さんあのね…わたしは本当は…)」


そうしてウタが身振り手振りを交えて語ったのは、12年前から今までの彼女の歩み。


一人の歌が好きな少女が人形に変えられ、大好きな父親や海賊団の仲間たち、そして仲の良かった幼馴染に忘れられた嘆きと絶望。非力な体で、自らを守ろうとする幼馴染や、同じ海賊団の仲間たちが傷つくのを見ていることしか出来ない無力感。自分と違って眠ることも食べることも出来る普・通・の・人達に対する醜い嫉妬心。


そして徐々に迫る人形の体の限界に対する恐怖…。


気がつけば、ウタは震えながら、縋るように神父に己の境遇を訴えていた。


神父は彼女の隣に座り、時折相槌をうちながら、彼女の地獄のような半生を受け止め続ける。


そして語り終わり、改めて己の境遇を嘆き、泣くことも出来ない体で俯くウタに語りかける。


神父「…残念だが、私には君の呪いを解くこともその体の限界を延命させることも出来ないだろう」


ウタ「…ギィ(…そう)」


神父「だが…少なくとも今君が進むべき方角程度なら教えることができるだろう」


そう言って彼は教会の入口を指差す。



ルフィ「ウ〜〜タ〜〜!!!」

 

外から彼女を呼ぶ声が聞こえてくる。


ウタ「キィキィ!!(ルフィ!!)」

神父「どうやら迎えが来たようだな」


神父はウタを抱えて教会から外へ出る。


そうすると丁度、丘の下からルフィがこちらへ駆け上がってくるのが見えた。


ウタ「キィィ〜!!!(ルフィ〜!!!)」

ルフィ「ウタ〜〜!!!」


ウタは神父の腕から飛び出し、ルフィへ向かって飛び出す。

そしてルフィが腕を伸ばし、飛び出したウタをキャッチして引き寄せる。


ルフィ「ウタ〜心配ししたぞ!」

ウタ「ギィ…(ゴメンね)」


再開を喜ぶルフィとウタのもとに、神父が歩み寄る。


神父「どうやら待ち人は来たようだな」

ルフィ「おっさんがウタを見つけてくれたのか? ありがとう!!」

神父「なに、彼女は自分の足でここにたどり着いた。私は彼女の悩みを聞いただけに過ぎんよ」

ウタ「キィキィ(ありがとう、神父さん)」


ルフィもウタも、神父へ頭を下げる。

二人の感謝をやんわりと受け止めた神父は、仲間と合流出来たことで先程とは打って変わって明るくなったウタを見つめる。


ルフィ「ところでおっさん、ウタの悩みって…おっさんウタの言ってることわかるのか!?」

神父「なんとなくだが…概ねはな」

ルフィ「そっかァすげェな。俺でもなんとなくしかわかんねェのに」

神父「これでも一応、聖職者としてこの教会を任された身だ。それに人の話・を聞くのはそれなりに得意なのでな」


ルフィはそういうものかと納得すると、更に言葉を重ねる。


ルフィ「ところで、ウタはなんて言ってたんだ?」

神父「それは彼女のプライベートに当るものだ。聖職者として軽々に他人に話すことは無い」

ウタ「ギィギィ」


神父にやんわりと否定され、怒ったウタに頭をペシペシと叩かれたルフィはあっけらかんと言葉を続ける。


ルフィ「そっか、じゃあいっか!」


そう言ってこれ以上、深く追求しようとはしなかった。


ルフィ「よーし帰るぞ、ウタ。サンジが年越し蕎麦作ってくれるってよ!」

ウタ「キィ!(うん!)」


仲間の元へ一緒に戻ろうとするルフィの背中に、神父が言葉を投げかける。


神父「ところで少年、ここで会ったのも縁だ。君も教会で悩みや自らの罪を懺悔するつもりはないかね?」

ルフィ「懺悔ェ〜?」

ウタ「……」


ルフィがそもそも懺悔の意味を知らなそうな反応をし、それをウタが残念な生き物を見る目で見ている。


神父「罪や後悔ならいくらでもあるのでは無いかね、海賊“麦わらのルフィ”」

ウタ「ギッ!?」

ルフィ「おっさん、俺のこと知ってんのか!?」


ルフィが驚いた顔で神父を見つめると、神父は呆れた顔でルフィに答える。


神父「知っているとも。エニエス・ロビーでは政府の旗を撃ち抜き、シャボンディ諸島では天竜人を殴り、インペルダウンに乗り込めば数多の犯罪者を引き連れ脱獄した。その果に頂上戦争に兄を助けるために乗り込んだ“最悪の世代”の一人…だろう?」


神父はゆっくりとルフィとウタに歩み寄る。長身の彼はルフィ達の目の前まで来ると、二人を見下ろしその濁った、感情の読めない目で真っ直ぐにルフィを見つめる。


神父「海賊“麦わらのルフィ”…君は一度、あの戦争で心が折れたのではないかね?

仲間も連れず、たった一人で世界に戦いを挑み、無様に倒れ、兄を救うこともできず惨めに敗走して…」


ルフィ「……」


ルフィは何も答えない。ウタもまた、先程までと異なる神父の威圧感に圧倒され何も言うことが出来ない。


神父「あの時君は知ったのではないかね? 己の未熟さを…己の非力さを…そしてこの世界の恐ろしさを…」


それはルフィがかつて負った傷・。兄を救えず、瀕死の重症で更に自らを傷つける程に錯乱した…彼にとっての最悪の心的外傷トラウマだ。

ルフィは神父の言葉に何も言い返さない。そして神父は更に言葉を重ねる。


神父「あの戦争から2年が経った。この2年、君が何処で何をしていたのか…興味はあるが」

ルフィ「それは言えねェ」

神父「そうかね、まあ今は関係ないことか」


ルフィが素っ気なく答えると、神父もまた深く追求することなく話を続ける。


神父「先日の新聞で、君達が再びシャボンディ諸島から新世界へ向けて出港したという記事を読んだ。まさかこうして会えるとは思わなかったがね」


神父はルフィに背を向け、コツコツと教会の入口へと歩いてゆく。そして教会の扉の前に立った神父は再びルフィ達を振り返る。


神父「“海賊”麦わらのルフィ、君は何故この海へ再び戻った?

世界の厳しさを知り、それでもなお何を求める?」


教会の壁にはめられた荘厳なステンドグラスを背に、神父はまるで裁定者の如くルフィに問いかける。

ルフィもまた普段とは異なる真剣な表情で、短く答える。


ルフィ「海賊王になるためだ」

ウタ「キィ…(ルフィ…)」


その答えは、彼を知るものなら必ず一度は聞く彼の目標だ。あるものは笑い、あるものは驚く。だがごく一部を除いて、彼の目標が達成できると信じる者はいない。

だが教会を背に立つ神父は、ルフィの言葉を若者の大言壮語と受け取らず、一人前の海賊と認めた上で現実を語る。


神父「できるのかね? たった10人の海賊団が?

この海を支配する四皇を、白髭海賊団との戦争に勝利し君の兄を殺した海軍本部を乗り越えて、ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)を手に入れると?」

ルフィ「できる!俺は…海賊王になる男だ!!」


ルフィが力強く叫ぶ。

神父に心の傷を抉られながら、それでも彼の信念は揺らぐことなく、まるで神の代理人の如く超然と佇む男へ堂々と己の夢を叩きつける。

そのルフィの様子を愉快そうに眺める神父は彼に、疑問を投げつける。


神父「では未来の海賊王よ。君は海賊王となり何を成す?

かつて海賊王ゴールド・ロジャーは、その死を以てこの大海賊時代を生み出した。君は海賊王になって、この海を支配でもするのかね?」

ルフィ「支配なんでしねェ。この海で一番自由なのが、海賊王だ」

神父「ならば、なんの為に海賊王を目指す? 今の君は十分に自由ではないかね?」


それは、彼の仲間ですら疑問にすら思わない彼の夢の先にあるものを問う言葉だった。

彼と出会う多くの人達は、彼の大きすぎる目標に目が眩み、その夢の“果て”を彼がどう考えているのか疑問に思うことは無かった。

他人の心の傷を開き、その心の奥底を覗き込むことに長けた神父だからこそ、本当に極一部の人間しか知らない、海賊“麦わらのルフィ”に、確かな夢の果てがあることを察することが出来たのだろう。


ルフィ「新時代を創るためだ…」

ウタ「キィ…(ルフィ…)」


ルフィが静かに答える。だが、その言葉は先程の海賊王を目指す宣言とは異なり、どこか地に足のついていないようにウタには感じられた。

それを神父も察したのだろう。彼はゆっくりとルフィに歩み寄りながら問を重ねる。


神父「新時代か…君はいつ、どこでその目標を定めたのかね?

君の祖父ガープの影響か? それともその麦わら帽子の前の持ち主である赤髪のシャンクスに何かを吹き込まれたのかね?」

ルフィ「……約束なんだ」

神父「約束?」


今まで、たとえ心の傷を抉られようと揺らぐことのなかったルフィの言葉が震える。ルフィ自身も、なぜ自分がいい知れない不安に襲われているのか分かっていない。まるで今まで当たり前に立っていた地面が突然崩れ去り奈落の底に落ちていく様な…そんな漠然とした恐怖が彼の心を蝕む。


神父「それは誰との約束なのかな?」

ルフィ「……分からねえ」


ルフィが頭痛を堪えるように頭を抱える。ウタはそんなルフィを悲しそうに見つめることしか出来ない。

そしてルフィは頭を抱えたまま、地面に膝をつく。


ルフィ「分かんねえんだよ…大事な約束だったはずなのに…、思い出せねえんだよ…俺は確かに誓ったんだ……なのにその誰かを、俺は思い出せねえ!!」


ルフィが地面を殴りつける。石で舗装された地面が砕け、鋭利な破片がルフィの手を傷つける。血が滲んだ手で、それでもルフィは地面を殴り続ける。


ルフィ「何でだよ!…なんで…なんで思い出せねえんだよォ!!」


涙を流しながら、何かに抗おうかとするようにルフィは地面を殴り、果ては頭を地面に叩きつける。

手や頭から血を流しながら、それでも●●のことを思い出せない自分自身に怒るルフィは、武装色の覇気で黒く染まった手で、己を殴りつけようとする。


ウタ「ギィィ!!!」


己を更に傷つけようとするルフィに、ウタが必死に取り縋る。かつて兄を救えず、自暴自棄になった彼を止めた時のように。


ルフィ「ウ…タ……?」

ウタ「ギィィィィ、ギィ!ギィ!!」


まるで彼女も泣いているかのように、悲しそうに壊れたオルゴールを鳴らしながら、ウタは傷ついたルフィに抱きつき、柔らかな人形の手で、必死に血を流す彼の傷を止血しようとする。


そんな健気な、彼の最初の仲間の様子に冷静さを取り戻したルフィは涙を拭い、ウタを抱き上げる。


ルフィ「ありがとうな、ウタ…」

ウタ「キィ!」


ニカッといつものように明るく笑ったルフィは、ウタを肩に乗せて改めて神父に向き直る。


ルフィ「神父のおっさん、悪いけどおっさんの質問には答えられねえ。だっておれにもわかんねえからよ!」


先程まで、気が狂いそうな程に思い悩んでいた少年は、まるでそのことが大したことでは無いかのように笑う。


ルフィ「だからよおっさん、おれ決めたんだ」

神父「ほう、何をかね?」

ルフィ「おれが誰と約束したのか、まずしっかり思い出さないといけねえ。思い出さないと、おれは多分、海賊王になれねえ」


だから…と未来の海賊王は宣言する。


 ルフィ「おれは絶対に、おれが約束した誰かにもう一度会う。そんでもってちゃんとおれの“夢の果て”を伝える!」

神父「できるのかね?今の今まで、忘れていたことにすら気づけなかった君に?」


ルフィ「できるできないじゃねェ、やるんだ!

おれ一人じゃ無理かもしれねえけど、おれには仲間がいる。ウタと、あいつらがいれば、おれに不可能はねえ!」

ウタ「キィキィ!!」


ルフィが胸を張り、彼の肩の上で相棒が嬉しそうに飛び跳ねる。

そんな二人の様子を、神父は愉快そうに眺める。


神父「成る程…どうやら君は良い仲間を持ったようだ」


そして神父は二人に背を向けて、教会のステンドグラスへ目を向ける。


神父「少し愉しみすぎた詫びだ。君に一つアドバイスをするとしよう」

ルフィ「…?」

ウタ「…?」


先程の禍々しい雰囲気を霧散させた神父は、ただの聖職者として、一人の大人としてアドバイスを送る。


神父「大切な者なら決して手を離すな。目の前で死なれるのは、中々に堪えるぞ」

ルフィ「…」


それは目の前で兄を亡くしたルフィへの皮肉なのか、それとも自分自身への戒めなのか、どちらとも取れるような言葉だった。

だが少なくとも、そこにルフィの無力さを揶揄する響きはなかった。


ルフィは神父に背を向け、ウタを肩に乗せたまま歩き去っていく。


ルフィ「…当たり前だ」


小さく呟いた彼の言葉は、隣の相棒にはしっかりと届いていた。


 



ーーーーーーーーーー


 


ーーーーー


 


ーーー


 


数週間後、マーリハ島の丘の上の教会で、神父は秘蔵のワインを飲みながら、大晦日の夜に出会った人形の少女の事を思い出していた。

破綻者であり、他者の苦痛と不幸にしか“幸福”を得られない彼にとって、彼女が語った身の上は極上の酒の肴だった。そして彼女が頼りにする男が、彼女の境遇に気付くことなく彼女を側に置き続けていることが余りにも滑稽で、ついついその男の心の傷を深く抉ってしまったが、後悔は欠片もしていなかった。


時間が経った今でもこうしてそのことを思い出しながらワインを傾けるのがここ最近の日課になっていた程だ。


そんなある日に、彼の元に号外を持ったニュースクーが現れた。


そのニュースクーの運んできた新聞記事を読んだ神父は、普段の彼からは珍しく声を上げて笑った。

神父「ハハハハハ! 成る程、運命とは分からないものだ」


そんな彼の様子を見た、教会で修行している若いシスターが驚いて声をかける。


シスター「コトミネ神父、何かあったのですか?」

コトミネ「いやなに、私事だ」


そう言って新聞をシスターに渡したコトミネは、教会を出て、破壊された石畳を眺めていた。


そしてまるで、大晦日の夜に涙を流しながら石畳を破壊した少年がそこにいるかのように語りかける。

 


「喜べ少年、君の願いはまもなく叶う」


シスターが受け取った新聞の一面には、こんな記事が載っていた。


 

「七武海」トラファルガー・ロー

“麦わらの一味”と異例の同盟


ドンキホーテ・ドフラミンゴ「七武海脱退・ドレスローザの王位を放棄」

 


 

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