4章(中・続)

4章(中・続)

善悪反転レインコードss

※4章をふわっと個人的に妄想してみました、の続き。

 入りきらなかった分の謎迷宮関連です。

※キャラ付けや関係性などは筆者個人の妄想に基づいています。また、独自の補完があったりします。

※3章の描写を一部含めた関係上、反転ギヨームの探偵特殊能力について個人的に解釈した部分があります。



 ————いきなりだが。現実の、探偵事務所兼潜水艦が魚雷により沈没させられた少し後ぐらいまで、時を遡る。


 かつてヨミーが事務所を構えていた雑居ビルの屋上で、セスは膝を抱えて座っていた。

 どいつもこいつも私に留守番を押し付けて好き勝手に自由行動を…一応スワロは例外にしておきますが…等とブツブツと腐していた。


「…………よう」

「っ、ヨミー様! ご無事で…」

 そんなセスは、ヨミーの姿を認めた途端、表情をパッと明るくしながら立ち上がった。

 エレベーターから姿を現し、ヨミーはゆっくりと歩いてくる。

 ずぶ濡れだった。レインコートを羽織っておらず、せっかくのスーツは雨水を吸ってふにゃふにゃに草臥れている。

 無理も無い。潜水艦が沈むか否かという時に、生存第一という時に、悠長にレインコートを羽織れたはずが無い。

 セス自身もそうだった。今着ている物も、周囲にある備品も、命拾いしてから改めて購入した物ばかりだ。

「か、傘は、こちらにあります…」

 セスは最後の一人であるヨミーを迎える為にと用意していた傘を開く。

 拡声器を腰に下げ(こうすると重いから歩く度にぶつかって痛いが、今はそれを言っている場合では無い)、防水バッグに収納していた渇いたタオルも取り出す。少々不器用そうにまごつきながらも、傘を差しながらヨミーの濡れた髪を拭いた。

 ……ヨミーがされるがままだった事に違和感を持ちながら、セスは行為を続けた。


「セス。状況は? 他の奴らはまだ来てねーのか」

 見兼ねられたのか、ヨミーに傘を奪われた。

 いや、見兼ねられた云々は邪推が過ぎる。セスはネガティブな思考を振り切る。

「…一旦は全員集まりました。ユーマもです。しかし、情報収集という事で、私以外の全員が各自動いています」

「各自の配置は?」

「どこで情報収集するかは、ちゃんと聞いています」

 セスは口頭で事のあらましを説明しながら、ヨミーからのサインを受け取って『テレパシー』で密かにやり取りを交わす。

 黙ったまま突っ立っているのは怪しいので、口でAの内容を喋りながら頭の中でBの内容を考える。そうやって秘密裏に情報を受け渡す。

 一般人ならまず不可能だが、超が付かずとも探偵を名乗るならば技術の拙さには目を瞑るとして可能であって欲しい。

 無論、ヨミーは類稀なる頭脳の持ち主なので造作も無いのだが。

 なお、セスのボソボソとした小声で口頭での意思疎通が問題無く成立しているのは、ヨミーが読唇術を会得しているおかげだ。先程からヨミーはセスの口元に注視しているし、セスもできるだけ俯かないようにと意識していた。

「スワロは?」

「エーテルア女学院の方で情報を集めると言っていました。彼女は特に、ヨミー様は必ず生きていると口にしていましたよ」

「…そうか。スパンクは?」

「骨董屋に行くと言っていました。その骨董屋の主は古美術商なのですが、かつてアマテラス社の経理部門で働いていた老人です」

「ユーマは?」

「ギヨームとドミニクの二人と行動を共にしています」

「そのギヨームとドミニクは?」

「……ユーマと共に、カマサキ地区の飲食店でアルバイトをすると言っていました」

「は? ユーマを連れて飲食店に? …いや、まぁ、流石に、新人が料理を作る事はねぇとは思うが」

「各々の調査の実態については、与り知らぬので答えかねます」

「…そう言や、ギヨームとドミニクは功労者だったな。褒めてやんねーと」

 確かに、潜水艦に魚雷を打ち込まれた時、ギヨームとドミニクはよく働いていた。と言うより、あの時はあの二人しか対処できる者が居なかった。

 魚雷を打ち込まれ続けて潜水艦が激しく揺れている間、ギヨームは自身の探偵特殊能力を何度も使い、潜水艦の絶望的な破損の推移を把握し続けていた。

 発動条件の関係で、潜水艦内の色んな部屋をバタバタと移動し回るという、何も知らぬ者からすれば錯乱としか称せられない行動をしながら。

 執拗な攻撃が止むまで待っていたらその前に潜水艦が全壊し、全滅すると悟ったギヨームは、ドミニクに指示を出して内側から巨大な穴を開けさせ、その穴から全員泳いで逃げろと叫んだ。

 生存の可能性を無理矢理こじ開けたとは言え、あの状況でよく全員生き延びられたものである。

「…喜ぶと思います」

 口でそう答えながら、セスは密かに全身から汗を滲ませ始める。

 二度目の説明になるが、口でAの内容を喋りながら、頭の中でBの内容を考えているのだ。そうする事で『テレパシー』により秘密裏に別件の意思疎通を図っている。

 Bの内容に胃が痛くなりそうだったが、セスは表面上は何とも無さそうに取り繕おうと必死だった。


 例外を除いて気難しく神経質に振る舞うセスは、実は、ヘルスマイル探偵事務所の雰囲気を気に入っている。

 だから、過去一番、これからも二度と無いだろうというくらい、『テレパシー』を多用して尽くしている。

 なぜそこまでと問われれば、先に述べた通りだ。

 まず第一に、所長であるヨミーは、スワロの探偵特殊能力に怯えず健全な恋人関係を築ける、メンタルが剛の者だ。その気になれば他者の心を読み取れるセスをすんなりと許容してくれた。

 そして第二に、カナイ区に集まった超探偵達は、あの探偵見習いも含めて、猜疑心からセスを邪険にする愚か者では無かった。

 この二つは、とても大きい。

 他愛の無いゲーム如きでいちいち不正を疑われない。秘密を見透かされると被害妄想に陥る馬鹿が居ない。脳波計を無理矢理装着させ、『テレパシー』の使用の有無を確かめないと気が済まない馬鹿も居ない。

 たまに疑われるが、冗談で茶化せる範疇なので可愛らしいものだ。あまり良い気はしないが、許容できる範囲内の雑音だ。

 とても、とても大きな事なのだ、それは。

 人生で最も過ごし易い時間と空間だと感謝の念を抱いている。

 ……尤も、素直に伝えた事は無い。ヨミーにさえも、だ。

 だって、伝え方がわからないのだ。

 自分や他者の心を情報扱いして送受信できる異能の代償で、真っ当からは凡そ程遠い壊滅的な人間関係しか構築できず、見様見真似で社会に迎合してきたセスにとって、頭が真っ白になるくらいには難題だった。

 そして、頭でっかちだから、わからない事を恥じて隠して誤魔化している。

 それどころでは無い。それよりも仕事だ。そんな言い訳を繰り返している。

 今だって、そうだ。

 ヨミーの要望通りに仕事をすれば間違える事は無いし、ヨミーの心象を損なう事は無いだろうと、楽なやり方へと逃げている。

 実際、役に立っているのだから問題は無いはずだ。

 己は『テレパシー』によって厚底の下駄を履かされて評価されている。探偵としての実力はヨミーと比べるのも烏滸がましい。

 『テレパシー』を使わねば、使えなければ、何の意味も無いし、役にも立てない。

 いずれ、保安部の連中に知られるとしても、だ。

 クギ男事件の時も、エーテルア女学院での件の時も、セスは密かに近場に控えていた。セスが情報の交換の起点である事は、疾うに見抜かれているはずだ。

 それでも、構うものか。種や仕掛けがバレるギリギリまで白を切るし、バレようとも知った事では無い。

 推理力でヨミーの助けになろうだなんて身の程知らずなのだから、足手纏いにならないのが精々なのだから、せめて従順に期待に応えたかった。


 ……応えたい、のだが。

 Bの内容は、セスの心に負荷を与え、身体にさえ影響を及ぼしていた。雨が降り続けているおかげで誤魔化されているが、ずっと汗が止まらない。

「じゃあ、オレは、所長らしく、のんびりと構えて待ってるか。まぁ、事件でも起きりゃ話は別なんだが。オメーも座って寛いどけ、セス」

「……は、はい」

 ヨミーはAの内容を言い終えた。けれども、Bの内容はまだ続いている。

 セスは休憩を装って座る。膝を抱えて、顔を埋める。

 まだ、Bの内容は終わっていない。

 これは、あれだ。

 カナイ区に来る以前、意識だけは鮮明な寝たきりの人間を『テレパシー』で聴取した事があった。証言は得られたが、同時に邪魔者扱いする家族への悲観と諦念と攻撃性に満ちた思考まで読み取る破目になってうんざりした。その時を思い出す。

 いや、この例は駄目だ。ヨミーが超探偵達を疎んでいるのか? スワロの事も嫌いなのか? なんて可能性を示唆しているみたいでは無いか。

 違う、違うのだ。

 ヨミーは身内への不満なんて洩らしていない。超探偵は勿論、スワロへの悪感情なんて読み取れない。

 ヨミーが垂れ流してくるのは、ヤコウとウエスカ博士への憤怒だ。

 どろどろの憎悪だ。

 しかも、膨大な情報量だ。

 前提がわからない。何の事だ、何の話だ。だから言葉は受け取れても、その意味までは理解し切れず、絶句するより他に無い。


(セス)

「……!」

 感情の処理が粗方済んだのだろう。ヨミーから語りかけられた。

 セスにとって知らない誰かの為に憎悪を燃やしておきながら、それこそが死者への弔いだと言わんばかりに轟々と燃やしておきながら。

 風が死んで波一つ立たない、暗い海のような静謐さだった。

(死ぬ気で協力してくれるか?)

 ヨミーの目は、正気だった。

 どうしようもなく真っ当なまま、事前の承諾も無くセスに思いの丈を一方的にぶつけて、共犯を持ちかけてきた。

 なぜ、スワロでは無いのだろうか。

 セスなら使い潰せると軽んじているのだろうか。

 この人も結局、馬鹿の一人だったのか?

 セスなら、別に、構わない、と?

 選ばれたと言うより、白羽の矢を当てられたような筆舌し難い心地だった。


『…………わ、かり、ました』

 だが、ヨミーに射られたのならば仕方ない。

 そんな風に、不思議と安らいだ心地でもあった。

 心臓を射抜かれたら、喧しい動悸は当然止むし、静止すれば安らいでも当然だ。そのように破綻した理論で自らを納得させる。

 ……存外、自分は、異能故に辿った人生に劣等感と疲労感を抱いていたようだ。

 ならばこそ、初めて得られた安息の主に、自覚していた以上に傾倒していたのだろう。

『条件があります。それを守っていただけるなら、協力は惜しみません』

(…条件? マジで言ってんのか?)

『ス、スワロに、言いますよ』

(…………やめろ。あいつを巻き込むのは、嫌だ)

『…私なら、死んでもいいんですよね?』

(……)

『…図星でしたら、私の我が儘ぐらい、聞き入れてくださいよ……』

 ヨミーは、憎悪で煽ってセスの情緒を搔き乱した上で共犯を持ちかけたのだ。

 賢しい小細工を用いられたのだと、セスにだってわかる。

 ヨミーは英雄でも聖人君子でもない。だから、それぐらいの小手先の手段、身内にだって用いる。

 ヨミーは、自らの感情を道具にしてまで、セスに共犯を乞うてきたのだ。

 ならば、セスとて、同じような真似をやり返す。

 これでイーブンだ。共犯とは可能な限り対等であるべきだ。

(……わかった。ただし、オメーに求める協力もエグくなるぞ)

『お、お任せください』

 セスには、わからない。

 人への信じ方など、わからない。

 わからないからこそ、常軌を逸するレベルで実行する。

(で。条件は?)

『どんな結末になろうと、私は、あなたの指示で実行したと、言います』

(……)

『……共犯、ですから、ね。死なば諸共、です』

(…………そうかよ)

 信じるなら、そりゃあ、持ち得る全てを賭けるべきだろうと思った。




 ————そして、時は、ウエスカ博士殺しの謎迷宮の最終局面へと戻る。


「ヨミー様の目的は、ヤコウ=フーリオの殺害…それで、よろしいですか?」

 セスは、最後の敵としてユーマに立ちはだかっていた。

「私以外の全員に沈黙を貫き…ウエスカ博士の殺害計画を黙認し…その死体を破損し、保安部を油断させ…あなたの謎解きを掻い潜った上で、ヤコウ=フーリオへの接近を目論み、これから殺害する…」

 それがユーマの最終的な結論なのかと確かめるべく、拡声器で叫ぶ。

 声が文字として具現化し、攻撃になるとは、まるで本当にゲームの世界のようだと場違いな感想を抱く。

「それがヨミー様の動機で、よろしいのですねっ!?」

「——違う!」

 ユーマは解刀で、具現化したセスの声を、文字を切り伏せた。

「…なぜ、違うと?」

「そうなったら、セスさんが、ヨミー所長を殺してでも止めるからです」

「共謀者の嘘だと…ブラフだとは、思わないんですか」

「——セスさん。安心してください」

「……安心?」

 何を、急に。

 謎迷宮のアシスト役で同行しておきながら、途中から掌を翻して相対していると言うのに、ユーマの眼差しは敵を見るそれでは無かった。

「どんな真実が待っていようと、必ずボクが解きます。ですから、安心して待っていてください。辿り着いてみせます」

 ユーマから断言され、セスは言葉に詰まった。

 この世には、背負うには重過ぎる真実が存在する。探偵は、所詮、暴くだけ暴いて立ち去るマレビトに過ぎない。

 そうでなければ、真実の重みに押し潰される。

 探偵は真実を暴くだけ。背負う義務は無い。かつてのセスは、そう思っていた。

 だから、わかる。

 ユーマは、強い人間だ。

 マレビトになれるのに、敢えて真実を受け止める者だ。


「……わかっている、くせに。白々しいんですよ」

 対峙しているのが強い人間であるばかりに、自分が楽な道ばかりを選んできたと惨めにも思い知らされる。

 ヨミーの共犯になったのだって、ヨミーなら大丈夫だと寄りかかった結果だ。

 純粋な信頼なのか、打算は全く無かったのか。

 そう問われたら、途端に自信を失う。

 つまりは、そういう事だ。

 ヨミーなら人を殺す訳が無いから、大それた物騒な覚悟を吐けただけだ。

 どうせ、そうならないだろうと高を括って、偉そうに嘯いているだけの、狡い大人なのだ、己は。

 本当に強い人間と対峙すると、心底、愕然とさせられる。己の弱さと向き合わざるを得ない。

「私が! ヨミー様を殺せるような! そんな! 覚悟のある人間に、見えるんですかッ! 誰も信じちゃいませんよ! あ、あなたしか真に受けてませんよ! バ、バカですねぇ、ほ、本当に……本当に……」

 だから、安心して良いと励まされても、喜べず、衝動的に怒鳴ってしまった。

 己の弱さを見透かされたようだからと、自爆するように叫び散らすなんて、情けなくて滑稽極まりない。

 まともな対人関係を築けず、経験を培えなかった、その結果が、御覧の有様だ。幼子の癇癪にも劣る八つ当たりだ。

 見守っていた死に神ちゃんも、『陰キャって発散が下手だよねー…』と呆れていた。

 ユーマだって、呆れているに決まって————


「…良かった! 安心しました」

「……、はい?」

 ユーマは、胸に片手を当てる仕草をしていた。

 安心? なぜ? ユーマが?


「セスさんの覚悟を聞いた時、ボクも、覚悟を決めないといけないんだって…そう思っていました」

 違う。

 謎を解く度に犯人が死のうとも、それでも進み続けるユーマの謎解きに関わるならば、あれぐらいは言わねばならぬと焦っていただけだ。

 その程度の偽りの覚悟だったと、先程、叫んだと言うのに。

「ですけど……大切な人同士で殺すとか、殺されるとか、そんな約束は悲しいです。だから、嘘で安心しました」

 偽りで良かったと慰められてしまった。


 ……そもそも、謎を解く度に犯人が死んでも、それでも進み続けているからと言って、ユーマが平気な訳が無かったのに。

 見誤っていた。

「なら、セスさんが協力したって事実自体が、ヨミー所長が誰も殺す気がなかった証拠になるんじゃ?」

『死体をグサグサ刺すのは、死に神ちゃんのシマじゃセーフだよー』

 駄目だ。本当に情けない醜態だったと改めて痛感させられた。

 人間性の格が違う。導くなんて何様のつもりだったのか、馬鹿馬鹿しい。

「……あー、あー…あぁ……」

 セスは項垂れ、片手で顔を覆い、羞恥心を吐き出すように発声していた。

「え、えっと、セスさん?」

『…ご主人様、ほっといてあげなよ。キャパを超えると奇声を吐き出して落ち着こうとする、そーいうヤツも居るんだよ』




(中・続終了)

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