ヘルスマイル探偵事務所関連2+α
善悪反転レインコードss※ヘルスマイル探偵事務所の面々の雰囲気を掴みたいのが発端のssです。
※キャラ付けや関係性などは筆者個人の妄想に基づいています。また、独自の補完があったりします。
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ユーマは手料理をヘルスマイル探偵事務所の所長であるヨミーへと振る舞った。元居た世界をなぞるような展開だった。
「……何だよ。不安そうなツラは謙遜か? 馬鹿相手には通じねぇどころか下に見られるからな、せいぜい気をつけて胸を張りやがれ」
美味しそうなチャーハンが盛られた皿を見下ろしながら、ヨミーはそう言って笑っていた。
元居た世界での記憶が強烈過ぎて、所帯じみた料理に文句を言わない姿が鮮烈に映った。元居た世界のヨミーらしいエッセンスを彩るお洒落なティーカップですら、その中身はインスタントの粉末ティーだった。
……これから起こる喜劇めいた惨劇について、一つ弁解させて頂く。
ユーマ本人は、元居た世界での苦い記憶から断ろうとした。
だが、この世界でも世界探偵機構に所属する探偵見習い・ユーマ=ココヘッドの特技は料理と記載されていた。
結果、ヨミーから命令で圧を掛けられた。しかも、料理好きのギヨームからも興味を示されてリクエストまで頂いてしまった。
ユーマは暗い気持ちで台所に立ったが、それでもユーマなりに努力したのだ。
「オ、オメー、こんなモンが食い物か!?」
だが、努力しても結果は無残だった。
「ふっ、ふざけ、う、うぷ……げ、下水道の水でもいいから、すすがせろ……っ!」
ヨミーは吐きそうな顔で、下水道の水なんて言いながら実際にはお茶を啜っていた。秒で空になった。
そんなに不味いのかと、ユーマは驚きも悲しさも超えて虚しくなった。『これって武器転用をマジで考えた方がいいかも』と脳内で死に神ちゃんの声が響く。
元居た世界でヤコウ所長から毒物かと疑われたが、この世界のヨミー所長の反応も案の定だった。
「ヨミー様。これ、もう無理。シンプルに不味いだけでーっす。ドミニク、あとは全部あげ……えっ拒否!? アンタに嫌いな食べ物あったの!?」
「ド、ドミニク。1万シエンやるから、このチャーハン買わんか?」
「やめてよ成金ハゲ! ドミニクに無茶押し付けていいのは、これ! これだけなんだから!」
「ハゲてないが!?」
元居た世界との相違点は、所長ことヨミー以外のメンバーにも振る舞った事だった。
かなり期待値が高かったらしいギヨームは冷めた目でベーっと舌を出し、ユーマを睨んでいた。悲しい哉、クッキング系動画配信者から、ユーマの腕前がマイナス方面で振り切れているとお墨付きを頂いてしまった。
ドミニクに押し付けようとするが、当のドミニクから返品され、ギヨームは焦っていた。曰く、ドミニクに嫌いな食べ物は無かったらしい。この瞬間までは。
スパンクまでもがドミニクにチャーハンを押し付けようとして、ギヨームが怒り出す。彼女なりにドミニクに無茶を振っている自覚はあったらしい。
なお、ユーマは虚しさを超え、一周回って怒りが沸き起こり始めていた。そこまで言われる謂れはあるのか、と。
「っ、ヨ、ミー、様……わ、私が、すべて、食べ、ま、す……」
「バロウズ家のボンボンが無茶しやがって! ……っ、お、おい、スワロ? スワロ!?」
「丁度良かった! セス、そんなに欲しいなら私のをやる!」
「…はあ? ……お断りです」
セスは顔中から汗を垂れ流しながらチャーハンを飲み込むように平らげ、ヨミーの皿へと手を伸ばそうとして当のヨミーから必死の形相で止められていた。
しかし、ヨミーの意識は白目を剥いて気絶していたスワロへと逸れる。
その隙にスパンクが抜け目なくセスにチャーハンを押し付けようとしたが、セスは打って変わって不機嫌そうに言い捨てた(なお内容は聞き取り辛く、断っている事だけが雰囲気で伝わる)。
『確かにご主人様の料理は殺人級だけど、そっちから食べたいっつっといてリアクションがいくら何でも酷過ぎー!』
ユーマは死に神ちゃんの意見に内心で同意した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
※以降、オマケの+α要素。時系列は3章ぐらい。
※反転ヤコウと反転ハララにも料理を食べさせてみました。
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過程は省略するが、兎に角色々とあって、ユーマはギヨームと飲食店でアルバイトをする事になった。ユーマは皿洗い、ギヨームは接客業を担当していた。
ちなみにドミニクは外見が厳つ過ぎて不採用だったので、代わりにすぐ近場の倉庫で力仕事をこなしている。
「いっいいい嫌です!」
「何でよ! あの超ムカつく保安部の部長を病院送りにできるチャンスなのに! アンタの特技:料理ってのはマイナス方面でブッチしてて犯人を撃退するって意味っしょ!?」
「あ、あんなに酷評しておいて、都合がいい時だけ利用しないでくださいよ!」
「ムッカァー! いいじゃーん、都合がいい時だけ言って何が悪いワケ!?」
接客業をしていたギヨームは、保安部の部長・ヤコウがハララを連れて店内に入ってくるや否や厨房へと避難し、ユーマに事の次第を慌てて報告してきた。
保安部にユーマ達の存在が知られれば厄介な事になる。ヤコウとハララが帰るまでは身を潜めていよう……となるはずが、一つだけ嫌がらせをしようとギヨームがギザギザの歯を見せつけてケラケラと笑った。
「デメリットはこの店の評判がブッチギリで下がっちゃうぐらいっしょー? 問題ナシナシ!」
「お店に迷惑を掛けるんじゃないですか!?」
「ムッカー! そんなに言うなら、ヘルスマイル探偵事務所からのプレゼントっつってアピールしてから退散するし! それならお店にダメージないっしょ? フレンドリーファイア上等!」
「え、えぇええっ!? 本末転倒じゃないですか! ヨミー所長も怒りますよ!」
「だーいじょぶじょぶ! ヨミー様が保安部に抵抗しまくって買い叩きまくったヘイトに比べれば所詮イタズラだし、誤差よこんなもん!」
「ヨミー所長は一体過去に何やってたんですか!?」
『いいじゃんご主人様! もう振り切れちゃおう、シェフ系暗殺者も兼任しちゃおう! 責任は全部あのヨミーが取ってくれるんだからさ、やったれやったれ!』
(し、死に神ちゃんまで……っ)
詰まる所、ヤコウ達が注文したメニューをこっそりと作り、それを他のウェイターに運ばせるという作戦が決行されたのだった。
不運にも、店側としても、あのヤコウ=フーリオに誰が料理を作って運ぶのかと揉めていたものだから、ギヨームが「ユーマが作ってくれるんだってー!」と勝手に立候補すれば話がすんなりと通ってしまった。
小難しい作戦など実行せずとも、ユーマが作り、ユーマが運ぶ流れが出来上がってしまっていた。
◆
三年前まで、ヤコウ=フーリオはお人好しで無力だとアマテラス社内で軽んじられていた。保安部はあってないような閑職扱いだったので、尚更見下されていた。
例えるなら、利益を重要視する企業において、コンプライアンス部門が法的に正しい指摘をしても疎まれるような扱いだった。
それが現在では、保安部は事実も皮肉もひっくるめて花形部署扱いだし、ヤコウも『雨の向こうの、空に限りなく近い場所』……つまりは権力者の側になった。
何とあのカナイタワーの住民に仲間入りしている。嬉しくも無いが。
出世には相応の労力を要求されたが、ヴィヴィアの情報収集やデスヒコの変装技術のおかげで道筋を大幅に短縮できた。フブキの時戻しによるリカバリーにも助けられたし、いざという時はハララに邪魔者を薙ぎ払って貰った。
そうして完成した、世界一有名な探偵小説に出演する脅迫王顔負けの分厚い脅迫リスト。それを携えて社内で立ち回り、今や事実上の重鎮にまで成り上がった。
道が違えば超探偵としてスカウトされたであろう部下達の能力を悪用すれば、こんなにも簡単に社内のパワーゲームを制せるものかと、その容易さ故に達成感とは無縁だった。
尤も、社内で地位を得るのすら下準備に過ぎなかったので、元々達成感など得られるはずも無いのだが。
その日、ヤコウはボディーガード役のハララを伴い、敢えて昔懐かしの飲食店の扉を潜った。
店内に足を踏み入れた途端、ガヤガヤとざわついていた雰囲気がシン…と静まり返った。アマテラス社で絶大な権力を有する保安部部長のヤコウが、場末の飲食店に足を運ぶなんて予想外だったのだろう。
だが、そそくさと帰るような真似をすれば、目を付けられかねないと恐れられ、食事を終えて帰ろうとした客は不自然なくらい背筋を伸ばして席に座り直していた。
露骨に顔色を変えて目を逸らした何人かは、恐らくハララの“お眼鏡”に叶った事だろう。そいつらが保安部の過ぎた愚痴を零していたか否かについて、後にハララから報告される。カナイ区で意図して事件を起こすにあたって有益な情報が含まれていたりするので、普段の報告書とは違って大切に扱う。
「いいねぇ。ドレスコードのある店じゃ、満足に煙草も吸えやしねぇ。……ま、吸ってても注意してくるヤツなんざ、誰も居ないんだけどさ」
店長直々に空いているテーブル席へと案内された。座るや否や、ヤコウは一服し、備え付けの灰皿にトントンと吸殻を落とす。
三年前まではハララから本数を減らせと煙草を取り上げられ、仕方なくキャラメルやキャンディーで誤魔化していた。ここ最近ではその習慣は失われ、表面上は穏やかに黙認されている。
「この店じゃチャーハンばっかり頼んでたな。あとはお代わりのライス。…特にデスヒコのヤツ、小柄な癖にいっちばん食い意地が張ってたっけ。何度も財布をすっからかんにされたモンだよ」
角にシミが残っている、草臥れたメニュー表を手に取る。ラインナップは昔と大して変わらず、幾つか新メニューが載っている程度。
まだヤコウが学生だった頃、リーズナブルな値段だからとよく利用していた。
社会人になってからも度々利用していた。当時、立場が低ければ給料も悪く、部下達に飯を奢るとなればこの店に頼るしか無かった。
社内恋愛で結婚した妻とは一度も訪れなかった。彼女との外食では、結婚してからも気取った店ばかりを選んでいた。……一度くらい、一緒に訪れても良かったかも知れないな、と感傷に浸る。
そして現在はと言えば、お偉いさんが護衛を連れてこんな場末の飲食店だなんてと畏怖されている。あの頃より白髪が増えた店長から完全に雲の上の人間扱いされて、遣る瀬無いやら、それでも懐かしいやら、仄暗い感情が燻るやら、数々の感情が去来した。
「ハララ。今日は二人っきりなワケだが、あいつらにはナイショで一番値段が高いのを頼んじまうか? まー、お高いモンっつっても、本物のカニチャーハンぐらいだよな……あ。なんだこりゃ。肉まんチャーハン? ……へぇー」
「…僕は、ハズレを引くのは嫌でね。昔と同じ物でいい」
「おいおい、一緒に経済回そうぜ? 持つ者は使う、頂いた山吹色のお菓子ならぬホカホカの肉まんも配りまくる、それがオレ流のノブレス・オブ・リージュ…………なんて、な。せっかくだ、オレも過去を懐かしむとするよ」
元より過去を懐かしむ為だけに来店した癖に、わざとらしく回りくどいやり取りを交わし、にかっと歯を見せて笑う。
滲み出る無関心さで相席のハララを含めた部下達を傷つけている癖に、それでもヤコウの言動は人たらしの魅力を滴らせていた。
……もしくは、その魅力とは、ハララのような近しい部下にしか幻視できないものだったのかも知れない。
ガチガチに緊張しているウェイターにシンプルなチャーハンを2人前注文した。
こういった飲食店は十分と掛からず注文したメニューが届くはずなのだが、三十分が経過しても届かなかった。厨房から時折、誰が責任を取るのか……なんて深刻な嘆きが洩れてくる。
ヤコウは特に気分を害さずに気だるげに喫煙を堪能していたが、相席のハララはかつかつと指先で机を小突いている。ハララの中で一定のラインを超えた場合、ヤコウが制止しない限り厨房へと殴り込むだろう。
まあ、そうなる前に料理は無事に届いたのだが……。
「あれ。ユーマくんじゃないか。こんな所でアルバイトしてるのか」
「は、はい……っ、ひい!」
「ハララ、ステイステイ。今は食事を楽しもうぜ。しょっ引くのはその内でいい」
「…………わかった。部長の指示に従う」
二人前のチャーハンを運んできたのは、ヘルスマイル探偵事務所に所属する見習い探偵・ユーマ=ココヘッドだった。
一触即発になりかけたが、そうなる前にヤコウはハララを制する。
適当な言い訳を付けて、カナイ区の外からやって来た人間であるユーマに危害が及ばないようにした。
「今日はお互い、平和な一日を過ごそうじゃないか。な?」
お盆を胸に抱きながらそそくさと立ち去るユーマに声掛けして、ヤコウはレンゲを握る。小さくて安っぽくて、そして何より懐かしい。
さて、お待ちかねのチャーハンだ。
どんな時でも科学の粋を集めた味を楽しめる。大衆的な中華系調味料をふんだんに使っていて、素材の味を殺さんとばかりに科学的な旨味をゴリ押ししている。
誰が作っているかで米の食感が変わるけれども、破格過ぎる値段を思えば半ばギャンブルめいている側面は致し方無い。
(まあ、もう、味とか、わかんねーけど)
目は見える。耳は聞こえる。匂いはわかる。触感もある。
だけど、味覚は壊れていた。ステーキは顎が疲れるばかりで何も楽しく無いし、ラーメンは切れ易いゴムを噛んでいるみたいだし、パンは口内の水分を奪われるばかりで不愉快だし、食の楽しみが完全に喪失している。
そりゃそうだよな、とヤコウは納得している。ちなみに、部下達に説明した事はないが、とっくの昔にバレている。
そういう訳で、今のヤコウには味なんてわからない。それでも、昔の気分に浸りたかったから、あの楽しかった日々を思い出したかったから、この店に来た。
「っ、…ユーマ=ココヘッドォ……ッ!」
「……?」
この舌は味を拾わないが、毒は拾ってくれるので、仮に毒を盛られていればすぐにわかる。
だから、断言できる。このチャーハンに毒は入っていない。
だが、ハララは一口食べた途端、両目を見開き、忌々し気に席を立ち、口を押さえながらユーマが居るであろう厨房へと駆け出した。
「……あーらら」
ヤコウはレンゲを片手に口を開けた姿勢で驚いて静止していたが、ハララの背中を無言で見送ってから、改めて口に含んだ。
恐らく、凄く不味かったのだ。ハララが敵意だと判断を下す程度には。
嫌がらせ的に、塩なり砂糖なりが大量に使われているのだろうか。ならば健康に悪いけれど、ヤコウの舌はちっとも反応してくれない。
……心配性なのはハララに限った話では無いが、単に不味いだけとは取らなかったのだろう。毒とは強ければ強い程に違和感があるもので、それを強烈な味付けで誤魔化した危険性に思考を飛ばしたのだろう。実際には入っておらずとも、それはそれでヤコウへの侮辱には変わらない。
ユーマは単に料理が下手だったのだろう。だが、ハララが敵意だと判断した以上、限度を下回っていたのも確かだ。
「残念だなー。今日は平和に過ごしたかったのに。ハララ、適当にやっといてくれ」
嫌がらせをされたのならば、気が進まないけれども、保安部の部長として程々に相手してやらねばなるまい。実際に相手をするのは部下だけれども。
厨房でハララが暴れる音を耳にしながら、ヤコウは自分のチャーハンをガツガツと平らげた。
ハララが戻ってきたら心配そうに色々と質問してくるだろう。と言うか、なぜ食べたのかと絶対に尋ねてくるだろう。
それを答えるのは面倒だが、懐かしさには代え難かった。
(終了)