善い子、善い子、可愛い子

善い子、善い子、可愛い子


大抵の問題のきっかけは大したものではない。小さな違和感を放置したら取り返しのつかないことになる。よくあることだ。

「ありがとうデイビット、凄く助かったよ!」

そう、こんな大したことの無い、ありきたりな一言が転げ落ちるきっかけになるなんて、彼の優秀過ぎる頭脳ですら予測出来なかったのも仕方ないことだったのだ。


「危ない!立香!」

「──っ!」

その刹那、立香の頬を掠めるように『何か』がエネミーを貫いた。そのまま強い力に引き寄せられ、抱きとめられる。

「トナカイさん!?」

「お母さん!」

「大丈夫だよサンタリリィ!ジャック!そのまま続けて!」

「分かりました!デイビットさんはそのままトナカイさんをお願いします!」

腕の中で指示する少女は凛々しく、貫くようにサーヴァントを見詰めている。その白い頬に一筋、赤い痕が見え血が流れた。

それに手を伸ばして──やめた。戦闘中にする行為ではない。この一瞬に攻撃が飛んでくる可能性はゼロではない。

彼女を抱きしめ、防御体勢をとる。鼓動が、体温が、呼吸が止まることのないよう、守り続けた。


「トナカイさーん!」

「お母さん!」

駆け付けてくる2人を抱きしめる。受け止めた彼女は困ったふうに笑いながら頭を撫でた。そして、それを眺めていた。

「デイビット」

「……立香」

「守ってくれてありがとう」

微笑む彼女の頬の血が既に乾き、白い肌にこびりついていた。いくら彼女があの全能神が認める戦士とはいえ、それがとても痛々しく見えた。

「怪我をさせてすまない」

「え!?いやいやそんな!命あるだけで十分だって!」

「そうです!トナカイさんを守ってくれたのだから!」

「お母さんを守ってくれてありがとう」

そう彼女たちは告げるがモヤモヤは晴れない。どうにも彼女の頬の傷が心に刻まれて疼く。分からない。命あってこそという彼女の言葉は当たり前だ。それでも頬に流れた血が焼き付いている。


「……デイビット」

「なんだ」

「こっちきて、しゃがんで」

「……?分かった」

素直にのそのそと大きな体が近付いてしゃがむ。すっごい素直……と思いながらも声には出さない。しゃがんだまま立香を真っ直ぐに見つめる瞳は宇宙を連想させた。そして迷子の子どものようにも見える。

吸い込まれそう、なんて思いながら腕を伸ばした。

「……?」

「ふふ、デイビット大きいから腕が回らないね」

「立香?」

「ありがとうデイビット、凄く助かったよ!」

細い腕が懸命にデイビットを抱きしめる。暖かい手のひらが優しく頭を撫でる。戦闘時と違い穏やかな鼓動と柔らかな体に包まれる。

「君はとっても善い子だよ」


自室でレポートをまとめているとノックの音が聞こえる。そして扉の向こうから声が聞こえた。

「立香、今いいだろうか」

「……デイビット?」

「ああ」

「うん、大丈夫だよ」

律儀にノックして声をかけるあたり本当に『善い子』なのだなと実感する。開けば何時もの無表情で感情は読めない……が、今は違う。困っている、のだろうか。

「どうしたのデイビット?取り敢えず入って」

「失礼する」

素直に入ってきて、素直に立香に言われるまま椅子に座る。やっぱり困っている、緊張しているのが伝わる。デイビットという人間は常に淡々としているから、落ち着かない彼を見るのは初めてなのかもしれない。

「怪我は痛くないか」

「うん。デイビットが助けてくれたから」

「その傷を付けたのはオレだ」

「あの時デイビットが守ってくれなきゃもっと大怪我だったよ」

「君の頬の痕は残るか?」

「残らないよ、大丈夫」

本当に珍しい。矢継ぎ早に話しかけてくるデイビットなんて見たことない。そんなに自分の怪我が衝撃的だったのか。彼は相変わらず迷子の子どものようで──立香が怪我をした時から今まで、ずっと迷子だったのかもしれない。


「荒治療するか」

「立香?」

「デイビット立って」

「ああ」

「こっちおいで」

「ああ」

それ、と腕を引いてベッドに倒れる。予測していなかった出来事にデイビットの大きな体は軽々と倒れた。そのまま位置を変えてデイビットの頭を胸に抱え込む。

「り、立香」

「君は善い子だよ。ずっとずっと善い子だよ」

「……」

「何度でも言うよ。ありがとうデイビット。君は私を助けてくれた」

「立香」

「善い子、善い子──だから」

柔らかい体と鼓動に包まれ、暖かい手のひらが優しく髪を撫でる。張り詰めていた神経が緩み、デイビットにしでは珍しく、本当に珍しく穏やかな眠りに誘われる。

「今はおやすみ、善い子、善い子、優しい子」


「立香、今日は料理を作った。いつか君が食べたいと言ったのを記憶している」

「本当?嬉しいデイビット!ありがとう!君は善い子だね」

「ねえデイビット、Ⅱ世からの宿題なんだけどさ、この魔術理論ってなに」

「宿題だから全てを教えることは出来ないが……」

「わかりやすい……さすがデイビットだね、ありがとう!善い子、善い子〜」

「立香」

「はーいこっちおいで」

「ん」

「素直だねえ。頭をたくさん使ったなら休まなきゃダメだよ?」


「母親かお嬢は」

「いやなんというか……あの顔で見つめられると断れなくてですね」

「アイツだって男なのによ?」

「それは……そうだけど……私の中でジャックやサンタリリィたちと同じポジションにいるといいますか」

「青少年の性癖をバッキバキに壊しやがって」

「誤解!誤解だから!」

(しかし兄弟もなあ……仕方ないとはいえあらゆる欲がごちゃ混ぜになってお嬢を求めてんのか。さて、どうなるか……面白いなこりゃ)

(絶対面白がってるよこの全能神……)


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