(和解済みプロ時空ifで冴と凛が話してる)
堕落。悪徳。退廃。
まるでそれらの象徴のように扱われ、眉を顰められるというのはキリスト教徒や神父や牧師と接した時にはよくあることだ。
彼ら彼女らは冴の妖しい噂を鵜呑みにして、こちらを大淫婦バビロンの化身、ソドムとゴモラの女主人の類として見てくる。
なにせスペインは国民の7割がカトリックを信仰しているのだ。男の身で同じ男を誑かし、あまつさえ他の女も同じ道に引き摺り込む──傍からはそんな魔性の存在としか映らない冴は、特に老年の信徒たちにしてみれば神の敵だった。
もちろん同性婚さえ法律で許されている国なので、若者や中年で聖書そのままの古めかしい信仰を掲げている者は少ないが。
それでも一定数の老害たちに『糸師冴』が清らならざるものと顰蹙を買っているのは事実だ。
「だからまぁ、俺の弟だってことで変にイチャモン付けてくるジジイやババアもいると思うが無視しろ。いいな凛?」
「わかったよ兄ちゃん、その場では無視して後でどうにかしておくね」
「どうにもすんじゃねぇよ馬鹿。サッカーやりに来てんだから、頭の凝り固まったジジババどものことなんざ気にすんな」
「はぁい」
「よし、いい子だ。口を開けろ」
来年から同じチームでプレイすることになった弟の頭をよしよしと撫でてやりながら、冴は自分の肩口にもたれ掛かっているソックリな顔の口元にカルキニョーリスを差し出してやる。
紆余曲折を経てすっかり仲直りをしたことで甘えた返り気味の凛は、哺乳瓶を咥える乳幼児のごとき素直さでそれに食いついた。
焼き菓子の周りにかかった粉砂糖が凛の口周りを白っぽく汚している。ウェットティッシュでそれを拭いてやった後、冴は足元で這いつくばっているマゾ犬の後頭部にゴミを投げ捨てた。
「おい犬、それ捨てて来い。あと向こうに凛を刺そうと待ち構えてる女がいる。警察を呼んでから到着までの間こっちに来ないように取り押さえてろ」
「ワンッ!!」
「承知いたしました!!」
「女王様の仰せのままに!!」
公園の出入り口を顎で示して命令を下せば、足元の犬のみならず背後に控えていた犬や遠方からこちらを窺っていた犬も元気な返事をしてその場から駆け出す。
糸師兄弟の水入らずの時間は、残念ながらその体質の特異さ故に野外では発生し得ないのだ。