命題:剣城斬鉄はバカであることを証明せよ
・捏造と幻覚
・剣城残鉄に夢を見てる
・何でも許せる人向け
【剣城斬鉄って実はバカなんだぜwww】
BLTVに寄せられるコメントの中で流れたこのコメントに、潔世一は首を傾げた。それを見た氷織が声を掛ける。
「どないしたん?」
「いや、斬鉄ってバカなのかなって」
「潔君はどう思っているんです?」
丁度隣にいて潔世一の言葉を聞いていた二子がさらに詳しく聞こうと問いかける。一体、潔世一にとって斬鉄とはどのような存在なのだろうか。
「賢いだろ。斬鉄は」
「理由は?」
「事象の本質を把握しているから」
ふむ、と二子は考える。そもそも、潔世一にとってのバカもしくは賢さを聞いた方が良いのかもしれない。
「君にとってそもそも馬鹿とはどういう概念なんです?」
「うーん。社会的な常識に欠けていることかな」
「辞書的にはそれに加えて、愚かなこと。知能が劣り愚かなこと。つまらないこと。無益なこと。役に立たないこと。機能を果たさないこと。記憶力・理解力などが人と比べて劣っていること、って書いてあるんやって」
「愚かなことと知能が劣り愚かなことの違いって何?」
「よくわかりませんが、知能は足りている愚かな人ってことでしょうか?」
「今はそれでええんちゃう?」
今はバカの定義を議論するのではないと氷織が修正をかける。そうだなと潔世一と二子が頷き、話が本題に入った。
<馬鹿:社会的な常識に欠けていること>
「じゃあ、まずは社会的な常識に欠けていることからいくか」
「お願いします」
「社会的な常識って色々あるけど、基本的には日本国憲法と公共の福祉と法律と道徳だろ」
「何や範囲が大きいわあ」
「まあ、大枠的にはそうですね」
「じゃあ、犯罪をやって捕まっていない斬鉄はまず法律的に常識人だ」
「そうですね」
「次に、公共の福祉。社会一般に共通する幸福や利益のことで、基本的人権の尊重とそのバランスの調整のための制限。個人の人権が強く叫ばれるからと言って、公共の施設を占有して良いわけじゃないし、裸で街を歩いていいわけじゃない」
「まあ、それでいいでしょう」
「斬鉄は場所や物を使用する前に使って良いものかどうか、その場における必要なルールは先に確認しているじゃん。許可された範囲で行動する事を社会的な常識に欠けているとは言わないだろ。間違えたら素直に謝るし」
「なるほど」
「次に、道徳規範。例として、体の悪い人やお年寄りには電車の席を譲ってあげましょうとかかな」
「まあ、斬鉄君なら普通に譲るでしょうね」
「他に何かあるかな?」
「今のところはこれでええんちゃう?次いこか」
<馬鹿:知能が劣り愚かなこと>
「そもそも知能の定義って何?」
「まあ、簡単にういうと物事を理解したり、判断したりする力の事ですね」
「範囲が広すぎて逆にこれと言って定義されとらんやんけ」
「重要な3つの理論があって、いわゆる総合的なテストの点である一般因子知能、過去の経験に頼らずに課題を解決する能力である流動性知能、経験から学ばれたものである結晶性知能ですね。クトゥルフ神話TRPGでいうEDU、INT、アイデア+技能値がこれに当たると思われます」
「じゃ、まずは理解力と判断力。これはまあ、あるだろ」
「というと?」
「表現の言葉を探したり間違ったりすることはあるけど、物事の本質は分かっているから理解は出来ている。俺らの居た五号棟チームVで白宝以外は2次選抜で落ちていることから、一次選抜中の分岐となる何かの判断は己が主体であり、そしてここにいるエゴイストとして間違えなかった」
「なるほどなあ」
「一般因子知能はどうでしょうか」
「教科的な細分化された得意不得意じゃなくて、いわゆる総合的な学習能力って奴な。俺らに微に入り細を穿つ知識が必要かはともかくとして、落第とかしてねえんだし生きていくうえで問題なく身についてりゃあいいだろ。今まで事故とか過失による大怪我とかしてないんなら、危険予測能力や危機管理能力はあるし、学んだはずの知識の不足または忘失で初見の対応が出来ずに死ぬことはないだろうな」
「確かに大怪我しているとは聞いてませんね」
「バイトテロとか、アホな奴はほんとアホやもんなあ」
「次に、流動性知能」
「問題に対面した時にどう行動するべきかのアイデアを生む力やね」
「冷静にどうするべきかが浮かび上がって、思考した結果、自分1人では不可能だと判断して誰かに頼ることが思い浮かぶんならOKだろ。斬鉄は頼る相手を間違えないだろうし。相談できるから致命的な嘘に騙されることはないだろ」
「結晶性知能にあたらん?」
「一応思考力、暗記力、計算力が流動性知能で、言語能力、理解力、洞察力、想像力が結晶性知能ですね。とはいっても、明確には分類しにくいみたいですよ」
「意思疎通は出来とるし、本質を捕らえられるってことは洞察力も理解力もあるし、頼る相手を間違えないってことは、人間理解に基づき解決能力として適当を想像できるってこと?」
「危険予測も知識を現実に落とし込めるかどうかの想像力でもあるしな」
「知能は大丈夫そうですね」
<馬鹿:つまらないこと>
「斬鉄君はつまらなくないのでこれは当てはまりませんね」
「一応定義はみてみようや。面白くない、満足感が無くて寂しい、価値がない、不利益、意味がない、得るものや甲斐がないって感じやね」
「面白くないはないだろ。常に一生懸命に誠実に相手に向き合って話をして、話を聞いてくれようとするんだから。こんなに対人を尊重できる奴はあんまりないんじゃない?」
「満足感はスルーします。満足感に匹敵する対価を渡しているのかが不明なので保留です」
「僕からすればちゃんと話を聞いて考えてくれるだけで満足やわあ。求める話題があるなら相手を探すか相手に合わせる努力ぐらいせえやと思うし」
「次、価値がない、だな」
「誰か他人の価値を決めれる程偉いんかいな。ハイ次」
「不利益ですが、斬鉄君が人に不利益を出したことはありましたっけ…?」
「勉強を教えたのにテストで点が取れんかったとか?でもそれ家庭教師でもないのに見返りありきでやることなんか?」
「気の持ちようというか、教えることで学ぶこともあるって考えられねえのかな?危険予測はしっかりしてるから損害的な意味で不利益を出すことはないだろうし」
「次、意味がない」
「価値はもう出たし、正しくないとか、中身がないとか、嘘ってこととかか」
「少なくとも人に不利益を与えとらんかったら一つの正しい生き方やろ」
「中身はむしろ充実してますよね彼。健やかで毎日を目いっぱい生きているみたいですし」
「嘘もつかないしな。というか、意識的に取り繕う見えを切ることをしない」
「つまらないには当てはまりませんね。そもそもBLでここまで生き残っているんですから、彼がつまらなかったら僕らの侮辱にもなりますし」
<馬鹿:無益なこと>
「誰にとっての益やねん」
「親兄弟とか?」
「彼は家族の話をするときは大好きな存在を語るような感じですし、彼が生きているだけで、毎日自分を尊敬し大事にしてくれる存在がいる喜びという利益があるのでは?むしろ彼らの家族にとっては国宝では?」
「友人…二子や凪・玲王が友人として認めてるんだから、存在しているだけで大事にする、大事にされる、共にいても良いと思える程の益があるだろ」
「彼は僕の友人ですからね」
<馬鹿:役に立たないこと>
「何の役だろうな?生きる喜び?」
「役に立つか立たないかで友人を決めていないんで、分かりません。でも、会えると嬉しいですし、会話したら気分が晴れますよ」
「ならええやん」
<馬鹿:機能を果たさないこと>
「機能、とは」
「俺らにとっての機能ってサッカーじゃん。斬鉄の場合はピックアップするなら足の速さになるのか?」
「ここで生き残ってんのやから、十分に果たしとるやろ。潔君に脅威として認められとるし」
<馬鹿:記憶力・理解力などが人と比べて劣っていること>
「理解力は劣ってないな」
「単語を選び間違えるってだけで、物事の本質理解は出来てますしね」
「単語を間違えるんやったら、記憶力はどうやろか」
「単語のミスって記憶力かな?単語自体を覚えてはいるんだろ?」
「そうですね。単語を間違えるのではなく、使用するシーンで正鵠な表現が出てこないって感じですよね」
「でも、シチュエーションを間違えているわけじゃないから、周囲も即座に正しい単語の用法を訂正できてる。つまり、言いたいことや伝えたいこと自体は周囲に理解されているってことだろ」
「そんなら、記憶力はむしろええ方やろうね」
「記憶力が悪いわけじゃないんだけど、本質をとらえすぎてそれを表現する枠の中に収めるのが逆に難しいって感じじゃないか?直感で物事の本質を捕らえられるから、逆に正しい単語で表現するための思考の道のりをすっ飛ばしてる」
「ああ、物事の本質は何かを思考することで、単語を探っている面はありますからね」
「結果は同じでも、プロセスが逆なんやな」
「人はそれぞれ経験から思考するから、解釈も千差万別なのに、言いたいことが周囲に正確に理解される能力って逆に貴重な気がするけどなあ」
「彼、別に頭は悪くありませんからね」
<命題:剣城斬鉄はバカであることを証明せよ>
「まあ、こんな感じか。やっぱ、俺にとっては斬鉄は賢いわ」
「少なくとも、評価のフィールドが違うのに相手を下げて悦に入るような人間、品性を疑うわあ」
「人間性に問題があるか、フィールドが違えば評価が違うことを理解できないのか、同じフィールドだと絶対に勝てないって宣言しているようなもんですもんね」
「あ、もうこんな時間か。ありがとな、氷織、二子」
「いえ、こちらこそ楽しかったです」
「僕も十分楽しませてもろたわ。ほな解散しよか」
<結論---証明、失敗>
<命題:剣城斬鉄は馬鹿ではないことを証明せよ>
「潔は俺の事を賢いと思ってくれているのか」
「ん?そうだよ」
潔世一にとって、剣城斬鉄は賢い人間だ。物事の本質を見抜き、単語を間違えようとも言いたいことが周囲に理解されている。己に誠実で、他人に悪意がない。かといって、悪意がない世界だとも思っていないし、無意識や善意が人を傷つけることも知っている。
「だって、お前、他人の立場に立って配慮しようとするじゃん」
「そんなの当たり前だろう。俺がやりたくてやるんだから」
「だから、斬鉄は賢いんだよ」
斬鉄は人のために動かない。行動を起こすための動機に他人を使わない。全て、自分がやりたいからやると言い、好かろうが悪かろうが結果を受け入れる。人は見返りを求める生き物だ、それ自体が悪いとは言わないが、自分の意志で手を伸ばしたときはそれが振り払われる覚悟も必要なのだ。助けた人を、憎まないために。
「斬鉄は、賢いよ」
「ありがとう。嬉しい」
何時だって、真っ直ぐだ。人に本気で向き合うことの労力と心理的な重さを、その自慢の健脚で軽々と越えていく。人に信頼されることの難しさを、彼は易々とこなしていく。人を信頼する事への怯えと躊躇を、彼は持たない。
だから、それが貴重だと知る者達や知らなくても勘づいている者達は彼を大切にするし、彼を真の意味で馬鹿にしたり見捨てたりしない。
『俺ではお前の五感を理解できないが、お前が苦しんでいるときは寄り添いたい。だから、何をして欲しいのかを言葉にして告げて欲しい。無言でもいいし、無視してくれてもいいし、苦しければ罵倒でもいい。でも、独りで抱えないでくれ』
潔世一は時々許容量を超えて暴走する自身の五感の臨界を理解されたいわけじゃない。自分の感受性が高いことからくる苦しみや恐怖を他者に味わってほしいわけじゃない。でも、同情されたいわけではないし、安易な憐れみや同意、放っておいて欲しい時に善意で構われると、それが善意だとは承知の上で腹が立つ時がある。口や態度に出しはしないが。
だから、斬鉄の理解できないからこそ同情しない。でも可能なら寄り添いたいという願いは、潔世一の五感に関する事にとっては正解だった。
『これ位しかできないからな』
ちゃんと話を聞いて、口にした要望通りにしてくれる。ひっそりと寄り添ってもらえることが、何よりも有難い。
「ありがとうな、斬鉄。傍に居てくれて」
「潔は皆に好かれるから、こういったときじゃないと俺が独り占めできないからな」
「ふふ、ありがとう」
潔世一にとって、物事の本質を把握し、信頼に取るかどうかを判断し、信頼できるとあれば素直に忠告を受け入れ、分からないことを分からないと認め周囲に確認し、人に寄り添える彼は馬鹿ではない。
よって、剣城斬鉄は馬鹿ではない。
Q.E.D.