呪術廻戦がドラマだった世界に飛ばされた虎杖

呪術廻戦がドラマだった世界に飛ばされた虎杖


夜明け前の薄暗い橋の上を、懐中電灯で雑に照らしながら歩く。

自分の足音と、風の音。  

それしか聞こえないほどに静かな橋の上。

中央で足を止めれば、残るのは風の音だけだった。

懐中電灯を消す音、それをしまう音さえ聞こえる静寂。

本来ならば何台もの車の往来で騒がしいはずのこの場所を、こんなふうにしたのは、自分だ。

フラッシュバックする記憶や取り留めのない考えに浸っているうちに、朝日が昇ってきたようだ。

切り替えなければ。

だからこそ、せめてもの罪滅ぼしと自分はこうして、あの男──加茂憲倫の放った呪霊たちを狩る為に、ここにいるのだ。

さり、と手を擦り合わせる音すら聞こえるほど静かになったこの場所に。

合わせた手を挙げ、少し開く。

一呼吸置いて、周囲に響き渡るように強く打ち鳴らす。

その余韻と入れ替わるように、背後から轟音が響いてくる。

ザバァと派手な音と水飛沫を上げながら、川から呪霊たちが飛び出して来る。


そして───


「カァーーートッ!!いやぁすっごく良かったよ!虎杖くん!」

カチン!と固いものが打ち鳴らされる音の後、知らない男が笑顔で近づいてくる。

「…え?」

困惑していると、ぞろぞろと見知った顔が集まってくる。

その顔は晴れやかな表情をしている。

何がどうなってるんだ?

わからない。

「おつかれさまでーす!」

「これにて呪術廻戦渋谷事変クランクアップとなりました!みなさん協力ありがとうございます!!」

「花用意して!花!」

「いやぁー!忙しかったなぁ!」

みんな何を言ってるんだ?

わからない。

「この現場とももうお別れかぁ…七海死んじゃったし」

え…ナナミン…?

「俺も今後再登場あるかなー。全身焼かれちゃったし」

「今から飲みにいかね?」

おい待てよ伏黒…?

「あっ!待ってよ僕も行くから!」

えっと…おい、待てよ!どうなってるんだこれ!おい!

「おい宿儺!いるんだろ出てこい!お前なら何かわかるだろ説明してくれ!」

忌々しい宿怨の存在すら、今の状況では頼りたくなってしまうほどに訳がわからない。

それなのに、こんな状況にあっては嬉々として自分を煽り立ててくるはずのあいつは何も言わない。

いや、そもそもその存在を感じられない。

「虎杖くんまだ役に入り込んでるの?役者だね〜w」

「刺青メイクつけてる時の演技すごかったね〜 ほんとに別人になってるのかと思ったよ」

役?メイク?演技?みんな何の話なんだよ。

「虎杖くんほんっと名演技だったね!」

は?真人…?

「ちょっとあれ本当に泣いちゃってたじゃないですかwwお互い役に入れ込みすぎでしょww」

釘崎…?あれ?生きて……?

「僕のこと本当に殺す気かよってなっちゃって!まさしく作中の虎杖悠仁って感じでしたね!」

作中…?虎杖悠仁って感じ……??いったい何を言ってるんだ?

死んだはずの人達が生きてて、封印されたはずの先生もここにいて、喜ばしい状況のはずなのに、おぞましいほどの違和感。

「……あのさ、虎杖悠仁って感じって何?」

聞いてから、後悔した。

「えー?呪術廻戦の虎杖悠仁のまんまだねって話じゃんw」

呪術廻戦…?

「ねー!ほんと漫画の中から飛び出してきたみたい!見た目もそうなんだけど、何よりあの演技力!」

漫画…?

「ホントもう痺れましたよね!こんなん虎杖悠仁本人じゃん!って」

「いや、虎杖悠仁本人だけど…?」

思わずそう返してしまった。

「またまたぁ〜w」

「いや、でも今回マジでハマり役だったから抜けるの時間かかるんじゃないですか?」

「あー、そっかぁ。ハマり役だと抜けにくいんだっけ?」

「そうそう!役者になるために生まれてきたようなもんだよね!」

役ってなんだよ。役者ってなんだよ。誰か説明してくれよ。

いや、落ち着け。きっと呪霊の攻撃を受けてしまったに違いない。

そうでなきゃ説明がつかない。

眩暈がするのも、きっとそのせいだ。

目元に手を当てていると、目の前に誰かが来たようだった。

「大丈夫か?」

それはここ数日で聞き慣れた静かな声だった。

顔を上げれば、予想通りの声の主が心配そうな顔で覗き込んでいた。

よかった。こいつはいつも通りなんだ。

「…脹「疲れただろ?早く帰ろう、██」

「……は?」

それは、俺じゃない。めまいがする。

「どうした?██。やっぱり具合が悪いのか?」

そんななまえ、しらない。あたまがいたい。

「██?██!?」

しらない。おれじゃない。やめてくれ。はきそうだ。

「██くんが倒れました!救急車!誰か!救急車呼んで!」

「いや、───」

みんなの声が遠くなる。ガンガン殴られてるような頭痛とぐるぐる回る視界のなか、プツリと意識が途切れた。

Report Page