君宛てなら本命
ふわふわとした金の髪のつむじを見ながら「そこまで悩むものなのか」と心の中で考える。
女性客ばかりでごった返したデパートの催事場ではなんとなく目立っているようで居心地が悪くもあるが、一緒に行くと行ったのは僕なので文句は言うまい。
「なぁ雨竜、オカンにあげるとしたらおもろいのと珍しいのどっちがええと思う?」
「お義母さんは新しいものが好きなんじゃなかったかな?前に言ってただろう?」
「せやねんけど、やっぱりインパクトって大事やん?」
だからといって現世からチョコレートのゴリラが贈られてきても困るのではないかと思うが、義母のことだから案外面白がるかもしれない。
しかし食べにくそうなので、ひとしきり笑った後に文句のひとつでも言われそうだからやめた方が無難だと思うのは僕だけだろうか。
似た母娘が二人揃って言い争っているところは微笑ましくもあるのだけれど、妻が勝てた所を見たことがないのであまり勧めようとは思わない。
やはり生きてきた長さが違う方が口が達者なのだろう。妻と僕で争ったとしても……そもそも妻があまり親しい相手との口論では強くないだけかもしれない。
「うーん……やっぱ山椒とか入ってる珍しいのにしよかな」
「それならあっちの店だね」
「雨竜はなんか欲しいもんある?ワニとか買うてもええけど」
「いや……僕は別に、特別ワニに思い入れもないし」
妙にリアルな動物にかじりつくのも叩き割るのもなんとなく気が引ける。欲しいというなら止めはしないが。
黒崎なら食べるかもしれないが、僕はそれほどチョコレートを好んでいるわけではないので単純に手に余る量というのもあるが。
「食べたいものを買えばいいよ、一緒に食べるんだろう?」
「そうやけど……アタシからの本命チョコ欲しくないん?」
「君が好きなものが僕の欲しいものだよ」
「うー……そないなこと言うても出るのはチョコだけやからな」
チョコが出るなら十分じゃないか。バレンタインにそれ以外というのはないでもないがあまり出番がないだろう。
そういえばなにか贈るものによって意味が変わるだのなんだのがあったような気もするが、ここで売られているようなチョコレートのクッキーやら飴やらを見るとあれも適当なようである。
「そういえば、海外ではそもそも贈るものはチョコレートじゃないらしいね」
「そうなん?他所では家族で過ごすの日本では恋人同士が~みたいなやつかと思っとったわ」
「それはクリスマスだね」
「こんなに海外からもチョコ来とんのに不思議やなぁ」
海外でのバレンタインのように花を贈るために、帰りに花屋に寄って帰るのもいいかもしれない。いや、花瓶はあっただろうか。
あった気もするけれど、出す手間を考えたら既に籠に纏められているような花を買うのでも……と考えていたところ、ふときれいに並べられたチョコレートが目についた。
「食べられる花……本物の花なのか」
「あ、かわええなぁ!お花はええね」
「……すいません、これをひとつ」
「え?雨竜これ欲しいん?バレンタインこれにしよか?」
「僕から贈る用だよ」
きょとんと僕を見上げる妻を横目に手早く会計を済ませる。心なしか店員に微笑ましいものを見るような目で見られている気がするが気のせいということにした。
なにも贈る花が飾るものでなければいけないということもないだろう。チョコレートと名前がつけばそれでいいのだから、そこも同じだ。
「海外でのバレンタインは、男性から花を贈るそうだよ」
「あ、それで、これ、えと、ありがと……」
「ほら、後はお義母さんへの贈るのと僕にくれるチョコレートを買うんだろう?立ち止まったら買い物が終わらないよ」
「雨竜がハードル上げるから悪いんやん、もう!」
耳を赤くして仔犬のようにきゃんきゃんと怒る妻からは迫力は全く感じられない。繋いだ手を離そうとすらしないのだから、あるのは可愛げだけだ。
結婚する前からこういうところは全く変わらない。それを知っているから、どうしたって甘やかしたりからかったりしたくなってしまう。
「悩むならコーヒーでもいいよ、あそこにチョコレート用のコーヒーを売っている店が出店してるだろう?」
「それも買うて帰りたいなとは思うけど、ここでコーヒーに逃げたら負けやもん」
「別に競うものじゃないんだし、逃げてもないよ」
僕としては家で二人でコーヒーでも飲みながらゆっくりとチョコレートを食べるバレンタインというのは妥協でもなんでもないと思うのだが。
変なところで闘争心を燃やしているなと眺めていると、妻は少し話づらそうにそわそわしてからくいと手を引いた。
「だって、二人で買うたの食べたいもん。……だめ?」
「君の好きなものが欲しいと言ったよ、ダメなわけがない」
「とびきり甘いのでも嫌って言わん?」
「その時はコーヒーも買って帰ろう」
どうせ君よりも甘いものなどここにはないのだろうし、と言わないだけの理性は僕にはあったけれど。
さすがにチョコレートの匂いでいっぱいの甘いの場所ではそんな言葉も浮かんでくるのだと、手を引かれながら気恥ずかしさに少し苦い顔をした。