君の声

君の声


※ルフィ×ウタ

※RED生存if

※死ネタ













ルフィと、彼の名を呼んだつもりだった。

だけど自分でも驚くくらいに震えたソレは、静まり返った室内に溶けて消えていく。

清潔な部屋の中。

小指の先程の埃一つ見当たらない空間、そこにルフィはいた。

真っ白なシーツの敷かれたベッドの上で、身動ぎせずに横たわっている。

静かだ。

モンキー・D・ルフィという男は賑やかを体現したような人間だというのに、今のルフィはまるで人形のよう。

これではまるで――


「ウタ……?」


声が、聞こえた。

私が発したものよりずっと小さく、掠れた声。

いつのまにかルフィの顔がこちらを向いて、唇を小さく動かしている。

それは私の記憶に存在するどのルフィとも違う、弱々しい姿。

私の新時代を否定した時のルフィとは似ても似つかない。

脚ががくがくと震え出す。

すぐにでも彼の近くにいかなければならないのに、私は油の切れたガラクタのようにノロノロと歩み寄る。

僅か数歩の距離が、やけに長く感じられた。


「ルフィ……」


やっと近くに来れて、ああと気付いた。

ルフィの目は虚ろで何も映していない。

こんなに近くにいる私の姿さえ、曖昧にしか見えていない。


「ウタ……」


か細い声で私を呼んで、右腕をゆっくりと上げた。

ねえ、あなたの腕はこんなに細かったっけ。

私を抱きしめてくれた時、ピストルよりも強いパンチを繰り出した時。

あんなに逞しかった腕はどこにいってしまったの。


「ルフィ」


真っ黒い瞳が私を見上げた。

彼の震える手を精一杯強く握り締める。

私を探しているのかな。


「ウタ」

「うん」

「ウタ、そこにいるのか?」

「うん、いるよ。私はここにいる」


ああ、もう、見えていないんだね。

こんなに近くに、分からないんだね。


「ウタ、おれの手を握ってるの、ウタか?」

「うん、私だよ。ルフィの手、大きいね」

「ウタ、ウタ」

「うん、うん、ちゃんと聞いてるよ」

「名前、おれの名前呼んでくれ」

「ルフィ。何度でも呼んであげる、ルフィ」


右手でルフィの手を握り、もう片方の手で頬を撫でる。

ルフィはやっと安心したように微笑んでくれた。


「ルフィ……」


でも、私は上手く笑えないや。


「ルフィ……っ」


どうしてこうなっちゃったんだろう。

私の新時代は失敗に終わって、せめてものケジメで皆を現実に戻してあげて。

でも結局逃げる事も出来ずに助かり、気が付いたらシャンクスの船に乗っていた。


そうだ、私は助かった。

私だけが、助かってしまったんだ。


「っ……ぅ……」


トットムジカの攻撃による致命傷を抱えたまま、限界以上の力の酷使。

ルフィを終わりへと追いやるには、十分過ぎる要因。

誰も彼もが手を尽くして、それでも助けられない。

大きな体の魚人のおじさんは、私にこう告げた。

ルフィが最後に私と会いたがっているから、来て欲しいと。


ルフィがいる部屋に着くまでに彼の仲間とすれ違ったが、皆が涙を流し、顔を伏せていた。

私は、どんな顔をしていただろうか。


「ウタ、ウタのて、あったけェな…」

「ルフィの方が、ずっとあったかいよ…」


いつだってルフィはあったかかった。

冷たくなんかならないで。


「ウタ……」

「なあに?ルフィ」


微笑みながら、ルフィは小さな声で言う。


「ウタ……またしょうぶしような……こんどはぜったい、おれがかつから……」

「……っ、なに、言ってんのよ。私に負けっ放しの癖に…」

「おまえがずるばっかり…するからだろ……」


ぽたりぽたりと、ルフィの顔に雫が落ちる。

止めようとしても、止まってくれない。


「おまえにかって、しゃんくすのふねにのせてもらうんだ……それで……」

「うん…」

「それでうたと、いっしょにぼうけんして……」

「うん…っ」

「うたと、いっしょにいたいから……」

「…………いっしょ、だよ。私はルフィと、ずっと一緒にいる」

「……」


ルフィは嬉しそうに笑ったまま涙を零した。

私の目にはそれがどんな宝石よりも、ずっと綺麗に映り、


「ルフィ?」


もう返事はない。

ゆっくりと息を吐き、瞼も閉じていく。

私が握っていた手からは急速に熱が失われ、やがてシーツの上にドサリと落ちた。


「ルフィ……?」


部屋の中から聞こえてくるのは、私の発する声のみ。

小さくとも確かに発せられていた呼吸の音は、どれだけ耳を澄ましても聞こえてこない。


「ルフィ…………」


もう彼が、私の名前を呼ぶ事はない。私を抱きしめてくれる事はない。


「……っ……っだ…やだ……」


おかしいな。

こんなに近くにいるのに、ルフィをどこにも感じられない。


「るふぃ…!お、きて……!」


胸に顔を押し付けてみるけど、何も聞こえない。

ドクンドクンって、力強い心臓の男は聞こえて来ない。

ルフィが生きているっていう音、私が安心できる音はどこにも無かった。


「っなんで、こん、こんな、こんなのっ、やだ、やだよぉ……!!」


私だけになった部屋で、聞こえてくるのは私の声だけ。

もういない彼の声を、無駄だと分かっても必死に求め続ける。

そんな自分が惨めでしかない。


「ルフィ……」


どれだけ呼んでも、返事を返してくれる訳がない。

分かっているのに、その筈、なのに。


「ルフィ……」


私はただ、壊れた玩具のように彼の名を繰り返し口にしていた。

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