君が此処に来た日の話

君が此処に来た日の話


うぁい、と泣きじゃくり、ぼろぼろと零れる涙を必死に拭う子供を暫く見ていると、その小さな身体がぐらりと傾いたのが見えた。

「っ、おい!」

先ほど掴んで助け起こしたばかりの腕を再び掴んで支えてやると、衛島の抱えていた子供が修兵!と叫んだ。もう一人も駆け寄ってきて、六車の支えなしでは蹲るしかできない「修兵」の背を撫でる。

「……どこか悪いのか、そいつは」

そう聞けば、違う、と一人が首を横に振った。気の強そうな目が微かにおびえながら、それでも強い力を持って六車を見る。

「多分腹が減ってるんだ。もう三日くらい食べてなくて、水も昨日飲んだくらいで」

「霊力持ち、か」

今自分のいる地区の数字を思い返し、霊力持ちが生きるには辛い数字だと納得する。安定して手に入るものなど何もなく、大人は子供を護る対象ではなく踏み躙りやすい弱者と認識する。それが流魂街後半地区の在り方だ。

「なあ、あんた、死神なんだろ」

「ああ」

ぎゅう、と手のひらを握り締め、子供は六車を見上げた。

「死神ってのは、ちゃんと飯が食えるって聞いた。向こうにある門の向こうに行けるんだろ」

「……そうだな」

「修兵を、連れて行ってやってほしいんだ」

ぴくり。片眉を微かに持ち上げて何故、と問いかける。

「今さっき会ったばかりの人間にそいつを託すのか。友達なんだろう」

「友達だし、家族だ。……俺たちじゃ守ってやれない。腹が減ることは俺と牛次にはわからない。どうしてやれば良いのかわからない。これ以上一緒にいても、俺達は修兵を殺してしまうかも」

「……、お前達と離れた方が不幸になると思わないのか」

「思うかも。修兵は泣き虫だし。……でも。守れずに泣かせるよりずっといい」

「虎彦兄ちゃん、」

細い声で子供を呼んだその手を引いて、振り返った目と視線を合わせる。

「修兵、つったか。お前はどうしたい」

「……ぅ、」

「修兵」虎彦、と呼ばれた子供に促されて修兵は小さく呟いた。

「……行き、たい」

「……本当にいいのか」

「……二人共俺をまもるために頑張ってるの知ってる、から」

もう無理させたくない。大きな眼は潤んでいて、けれど虎彦とよく似た強い意志を持っていた。

「そうか」

腕を引いて立ち上がった修兵の脇に手を差し入れて抱き上げる。思わず蹈鞴を踏むほど軽い身体に瞠目しながら、背中に手を当てた。

二人と触れ合っていた修兵の手がするりと離れて、羽織の合わせを握る。

「藤堂」

「はい」

「こいつら二人、安全な場所まで送ってやれ」

「はっ」

すぐさま子供を抱えて消えた気配を見送り、六車は安定した姿勢を探して修兵をゆすり上げた。

「おじさん……」

「おじさんじゃねえよ。拳西だ、六車拳西」

「けんせー……」

羽織を握ったままの修兵は、今更寂しさを覚えたような淡い泣き声を六車の胸元に零す。そうしてそのまま、糸が切れたように眠ってしまった。

「いきなりだなおい」

「……隊長。正気ですか?」

一部始終を黙って見守っていた衛島にちらりと視線を投げると、衛島はなんとも微妙な顔をしていた。けんせーその子引き取るの?なんで?子供に泣かれるくせに?とやいやい言っている久南を宥めている笠城と東仙の声にも困惑が滲んでいるような気がする。

「正気も正気だが」

「子供を育てるのは大変ですよ。第一総隊長や他の方々にどう説明するつもりですか……調査任務の帰りに子供を拾ってきたってどういう状況か疑われます」

「そこはお前の腕の見せ所だろ。帰り着くまでに誰もが納得するような言い訳の知恵を出しとけ」

「人を詐欺師のように言うのやめてください、隊長」

「冗談だ。説明なら俺がする」

腕の中の子を自分に託し、泣くこともしなかった二人の子供の顔を思い出す。あんなに幼い子供が、こんな場所で育っている子供が、お世辞にもまともな風貌をしているとは言えない自分に家族を託した。それに報いないという選択肢は六車にはない。それだけの話だ。

「ま、別に特別誤魔化しは要らねえだろ。根掘り葉掘り聞いてくるような奴も数人いるがな……」

そのことを考えると頭が痛いような気もするが、今考えていても仕方がない。六車は緩く頭を振ると、瀞霊廷への道をゆっくりと歩き出した。

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