向日葵の傍なら氷も解ける

向日葵の傍なら氷も解ける


俺も着いてくと煩いルフィを買い出し班が引き摺って行くのを見送り、直接薬草を卸しているという古い薬屋にお邪魔して数時間。

博識な主人と話が弾み、薬効の変化についての話も聞け、更には滅多にこんな話を出来る人達とは出会えないからと大目に融通してもらった薬草と航海中に使っていた他の島での薬草の成分を記したメモを交換して帰路に着くローとチョッパーはご機嫌だった。

「新鮮な薬草がこんなに揃ってるなんていい島だな!」

「ああ」

ウキウキと嬉しそうに跳ねたチョッパーの声に鞄に詰めた薬草の瑞々しさを思い出してローも口を緩ませる。

薬効に変化があるとしたら新鮮なものから古いものまで比較したいと思っていたからこれはいい買い物だ。

少し勿体無いが、一束程乾燥させてみるのもいいかもしれない。

「さて、買いたいものはこれで最後か?」

「本も買えたし、薬草も仕入れ終えた。ルフィ達が戻って来るまでに磨り潰したやつの成分くらいは測れるかな?」

「あいつらが戻ってくると騒がしくなるからな、先に終わらせておくのはいいと思うぞ」

生の葉と、元々それを使った薬との薬効の比較と、保存用のと…と蹄を折って数えるチョッパーを見ながら首元で動いたものに声をかける。

「お前には退屈だったろ」

それに応えるようにファーに埋もれた赤い目が開く。

「鬼哭、たまに背中側に垂れてたぞ」

「…ああ、寝てたのか?」

「多分な」

それを否定するようにローの頬に小さな前足がぺたぺたと押し付けられる。

「ふは、別に気にしなくていい。自分の興味のない話を延々されてたら寝るよなぁ?」

「おう!ルフィとかゾロとかもそんな感じだ!気にすんな!」

納得いかないと言わんばかりに小さな耳を動かす鬼哭を指の腹で撫でてやれば大人しくファーに沈み込む。

「しかし不思議な事もあるんだなぁ」

「まあ…この【偉大な航路】では何が起きてもおかしくないからな」

かの海賊王が旅した海、その果てにあるという宝。

その航路がまともなわけがなく、そこを旅する海賊たちも当然まともではない。

悪魔の実を食べた能力者しかり、覇気を極めた猛者しかり、そしてそれと一線を画す『存在』しかり。

それに比べたら妖刀から小さな犬のような分身が出てくるくらい普通だろう。

口に出せばチョッパーもツッコむだろうそれはローの胸中で留まった為、彼の意識を聞ける首元の鬼哭ことコラソンくらいしかツッコめなかったのだが、そのコラソン自体がロジャーに鍛えられてる内に常識外の事ばかりだったせいでそんなもんかな…と思い始めてしまっているので残念ながら否定する人がいなかった。

つまり全部ロジャーのせい。

「後学の為に調合を見ててもいいか?」

「おう!なら俺も縫合のやり方で聞きたい事があるから意見交換って事でどうだ?」

「乗った、じゃあとっとと戻るか」

遠く背後で聞こえる騒動がこっちに来る前に、と二人で頷く。

ばたばたと走っていく海軍とか、騒いでる声が聞き馴染みがありすぎるとか、段々近づいてるような気がするだとか全てから目を逸らし、シャンブルズで船に戻るべく路地裏へと滑り込む。

「…いつもこうなのか?」

「いやいつもじゃ…あれ…いつもかも…?」

否定しようにもできない事にチョッパーの声が震える。

いや流石にルフィもこんなにしょっちゅう騒ぎを起こしてるわけじゃない……でもあの時も、あの時も、うん?

考える程にまともに騒ぎが起きていない時を思い出せず、冷や汗がだらだらと流れる。

「いつも、なんだな…」

ローの視線に憐みだとかねぎらいとか、そういったものが乗ってくるのが切ない。

でも否定できないのでチョッパーは諦めた。

「……ルフィだからな!」

「ああ、麦わら屋だからな…」

疲れた声に同意され居たたまれなくなってくる。

「トラ男は…ルフィの事嫌いか?」

問いかけにroomを張ろうとしていたローがぱちくりと目を瞬かせた。

「何でそうなる?」

「だって…ルフィが巻き付いてるのも読書の邪魔されてるのも嫌そうにしてるし、俺たちは楽しいからいいけどトラ男からしたらクルーと引き離されて勝手に乗せられてるわけだし…」

それを聞いて確かに、と頷く。

どこにも着いてくるのは確かに煩わしいし、巻き付いてくるのも慣れない。

船に乗ったのはローがクルー達を激怒させてしまったせいなのでまあ良いとして、確かに今の状況だと嫌ってもおかしくない。

「…俺は確かに勝手に乗せられてるわけだが…それはうちのクルーが言い出した事だし別にいい。巻き付くのも邪魔するのも少し落ち着いてきたし、もうちょっと言い聞かせれば何とかなるだろう」

無理じゃないかなと思ったが口には出さない。

流石のルフィだってこれだけ言われれば聞き分けてくれると…いいなぁ、とチョッパーは遠い目をした。

「だが、別に麦わら屋が嫌いなわけじゃない。じゃなけりゃ同盟なんて言い出さねえだろ?」

そう、打算はあったが同盟を組もうと言い出したのはローだ。

うっかり単独行動中にルフィに見つかって勧誘され、だったら同盟でも組むかと投げやりに言ったら即答でオーケーが出てしまっただけなのだが。

そしてまさかの他のクルー達からもあっさり許可が出てローの方が困惑したのは記憶に新しい。

ちなみにハートには電伝虫を借りて連絡を入れた所『何であんたはそう自由なんですか!?』と怒鳴られた事は未だに解せない。

自由なのは麦わら屋だ。

「そっか…エヘヘ、嫌いじゃねーのか」

「あくまで今の所、だがな」

この同盟はあくまで途中で破棄される事を前提としたものだ。

表向きは四皇・カイドウを討つ為のもの。

だがローの目的はその前、ドレスローザにいるドフラミンゴを討つ事。

カイドウに辿り着く前にローが離脱する事を念頭に置いた、一方的に利用するための同盟だ。

物思いにふけっていれば騒ぎが近づいてくるのに気付き、改めて手を伸ばす。

「話しすぎたな、続きは船に戻ってからにしよう」

「お、おう、ごめんな」

ふわりと翳した手の下に空気が輪を作り、青いドームが張られる。

遠くで、あ、トラ男!と聞こえた気がするが気のせいだ。

「シャンブルズ」

路地裏の二人が消え、代わりに小石が二つ転がった。


入れ替わったのはローが使っているベッドの上。

もしもの場合に備えていくつか交換出来るものを集めておいたのが役立ったようだ。

「いつ見てもすげえな、これ!」

「そうか?面白びっくり人間ならこの船のが多いだろ」

「おもしろびっくりにんげん」

「?」

「いやまあ、確かにそうかもしれねえけど」

首を傾げるローにチョッパーも口を噤む。

多分これ、素で言ってるんだろうなと考えてツッコミを放棄したのだ。

「手を洗ってから薬草の選別するぞ。あの調子じゃあいつらもじきに戻ってくる」

「おう、そうだな!」

鬼哭本体をたてかけ、首元をちょいちょいと指で弄れば一度首を上げ、またファーに沈む。一緒に行くらしい。

僅かに早足なのはこれから帰って来るルフィが絶対に煩いからで、折角の医者同士の話が切り上げられてしまう事を考えたからだ。

同じ事を考えていたらしいお互いを見て思わずといったように笑う。

手を洗いながら、部屋に向かいながら、時間を惜しむように話す二人を丁度通りかかったロビンが微笑ましそうに見送る。

そして直後に騒がしくなった船内に、あら、と口にして小さく笑った。

船医同士の話はどうやら、うちの船長によって強制終了してしまうらしい。

でも、まあ。

「うちの船長さんと一緒にいる時のトラ男くんも可愛いものね」

「ロビンちゃん、あれ見てそれ言えるの?」

着いた席にさっと差し出されたコーヒーを受け取ればサンジが騒ぎの中心へ指を指す。

早速巻き付かれてげんなりとしたローとさっき無視しただろとぷんすかするルフィとそれを威嚇する鬼哭。

チョッパーも慣れたようにローから荷物を受け取って被害が出ないようにしている。

「ええ、いいと思うわよ?」

ローのようなタイプは手を引いていかねば輪の中に入ってこないから、その点ではルフィとの相性はいいのだろう。

視線の先では呆れたような顔をしていたローがふと柔らかに笑む。

言い合いをしているルフィと鬼哭は気付いていないようだが、偶然見れたロビンが小さく笑う。

「お兄さんしてるわね」

「やんちゃな弟持って大変だな」

「聞こえてんだよお前ら!」

肩を怒らせたローが叫び、飛び火しては大変だと二人で両手をあげる。

「俺はトニー屋と話があんだよ離れろ!」

「俺も行く!」

「医学の話するのに邪魔だ」

確かに医学の話などちんぷんかんぷんだし、ちょっかい出しちゃいけないと思ってもじっとするのも無理だろう。

「いい加減にしねえと柱に腕片結びすんぞ」

「ゴメンナサイ」

据わった目で言われれば本気を感じたのだろう、そっと腕と足を巻き取ってしゅんとする。

それを見て長い溜息をつき、頭を撫でる。

「…どうせ同じ船の中にいるんだ、引っ付かなくても近くにいんだろ」

「!…そっか、そうだな!」

じゃあいいか、と完結し、そのままサンジ達の所へ向かってくる。

「サンジ、腹減った!」

「先に手ぇ洗ってこい!」

そんなやりとりを見ていたローとチョッパーがやれやれといったように肩を竦め、揃って廊下の先へ消える。

「本当に仲が良いわね」

「ルフィの手綱引けてる間はいいが、相手はあのルフィだからな…」

少し早めの昼飯を並べながらサンジが憂う声で呟く。

「あら、彼が気に入った相手を逃がすとでも?」

「…あー」

「ね?」

納得したとでも言いたげなサンジにニコリと笑い、騒がしく戻ってくるルフィを見る。

「(暖かな太陽は氷を解かすものだから)」

あれだけべったりとくっついていれば、刺々しい氷も形無しだろう。

だがそれを彼が許容するだろうかという疑問は先の言葉通り、ルフィが手放さないという答えが出ている。

つまり同盟を組んだ時点でローの負けは決まっているのだが、彼は未だにそれを知らない。

「期待してるわよ」

「ん?何か知らんがわかった!」

そうして並べられた昼食前の間食を頬張るルフィを見てロビンは微笑んだ。


結んで、開いて。

宙に舞う糸が形を成し、眉を潜めた男の指が振られて解かれ消える。

「ドフィ」

「ああ、ヴェルゴか」

独特の形をした椅子が並ぶ部屋でドフラミンゴとヴェルゴが顔を合わせる。

「定期連絡は受け取っているが、こうして顔を合わせるのもやはりいいものだ」

「俺もそう思うよ。ところで何をしているんだ?」

「これか?」

どこか楽し気に宙に糸を出し、もう一度形を作る。

先程のものよりピンクを多く混ぜた白の輪はやはりドフラミンゴには気に召さなかったらしくすぐさま解かれ消える。

「何、放浪癖のある猫にはそろそろ首輪が必要だと思ってな」

「ドフィ自らの手作りか、中々に贅沢だ」

「フッフッフ、それだけ可愛がってるって事だ」

白を基調にした、薄く赤みがかったもの。

それが意味するものを理解してヴェルゴも顎を撫でる。

「ドフィの色なら青じゃないのか」

「それも思ったんだが、よく知られてるのはこっちの色だ」

そう言ってサングラスを指で軽くあげればなるほどと頷く。

「昔からあいつはフワフワしたものが好きだからな。『コラソン』のコートには色味が派手な方が映える」

色味を変えながら何度も輪を作っていたドフラミンゴの視線がまっすぐにハートを象った椅子へと向けられる。

空白のまま、ただ毎日綺麗に磨かれているそれに座る姿を幾度夢見た事か。

白い帽子の下から覗く黄金が、ドフラミンゴを見据えるその時はそう遠くない。

「構いすぎると嫌がられるぞ、俺はそれで嫌われた」

「お前動物飼った事なかっただろ」

「そうだった、俺は動物を飼った事などなかった」

機嫌良く笑うドフラミンゴの手の中で真白な首輪が形作られ、満足げに糸を切る。

「やはりあいつには白が似合う」

全てを白に奪われ、世界を壊す事だけを求めた彼だからこそ、始まりの白こそが似合う。

首輪の真ん中に赤のハートを飾る。

血のように赤い宝石で出来たそれは陽の光で鮮やかに輝いた。

「楽しみだ。ああ、本当に愉しみだ!」

そう笑う姿をヴェルゴは静かに見ている。

ドフィがそう言うなら、自分の仕事はローがそれを自ら望むまで躾け直す事。

「わかるよ、ドフィ。そうしたらファミリーでローの帰還祝いだ」

「フッフッフ!ああ、盛大に祝うとしよう」


――そう笑いあう二人を覗き見ていた影がそっと場を離れ、裏手から軽やかに城を抜けだす。

「こっちこっち」

「コアラ」

見張りがいないのを確認し、抜け道へと誘う声を頼りに進めばオレンジの髪が茂みから覗いている。

「どうだった?」

「当たりだ。色々厄介な事になってるっていうのは本当らしい」

目立つ髪を隠すのに被っていたフードを払い、明るい金髪が輝く。

「出来ればルフィに連絡を取りたい所だけど…」

「流石に連絡したらバレるから駄目。というか用件人間がちゃんと伝達出来る?」

「相手がルフィとエースならちゃんと出来る」

「胸を張るところじゃないんだけど」

深い溜息をついた少女に青年が笑う。

「とにかくまだ様子見だ。国王が何かきな臭いってのはわかった。後は証拠を固めないとどうしようもない」

「ええ。じゃあとりあえずサボ君は単独行動した分連絡しといてね」

渡された電伝虫に苦笑し、サボが慣れた手つきでコールする。

「俺です。実は――」

隣で聞いていたコアラがその報告にジト目になっていくのに気付かず、サボは用件だけを淡々と報告していく。

『ちょっと待てサボ、ローって言ったか?』

「言いましたけど」

『…トラファルガー・ローの事か?』

「そこまでは判りませんけど」

電伝虫の顔が遠い目をする。

『彼の事だとしたらルフィが一緒に突撃する可能性がある』

「え」

『トラファルガー・ローとルフィは海賊同盟を結んでいる。その状態なら揃って上陸する可能性が高い』

「…つまり、ルフィと逢える上にエースの命の恩人に逢えると?」

『その可能性があるだけだが頼むから暴走しないで』

『コアラ!ドレスローザの美味しいお菓子買っとこう!』

『暴走するな!コアラ、悪いがサボを』

「報告は以上です!」

笑顔で言い切ったサボに電伝虫が沈黙し、コアラは肩を落とした。

ドラゴンさん、私には無理だと思います。

そんなコアラを尻目に一気に浮かれたサボがもう片方の電伝虫を手に取った。

「…待ってサボ君、どこに掛ける気?」

「恩人が来るならエースも呼んだ方がいいと思って」

「あなたまだ生存報告もしてないんでしょ!?その状態で何て言う訳!?」

「俺生きてた。エースの恩人がルフィと一緒にドレスローザに来るらしいって」

「ドラゴンさん私やっぱり無理だと思う!」

僅かに胃の辺りが痛んで、何となくドラゴンが時折している死にそうな顔の正体を知って顔を覆う。

「あ、これ白ひげの番号で良かった?エースそこにいるか?」

後ろで聞こえる声にもうどうにでもなれ、と投げやりに座り込んだのはコアラのせいではない。

その後聞こえた爆音の号泣も、やっぱり彼女のせいではないのである。

「誰か…誰かこの自由人の手綱握れる人…」

どこかの船の船室でくしゃみをした医者の事を、彼女は今はまだ知らない。

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