名探偵スターズオンアースの事件簿・前編

名探偵スターズオンアースの事件簿・前編

ミステリ好きのザリガニ


 父ドゥラメンテが死んでからからもう2年。姉たるスターズオンアースが父の探偵事務所を継ぐと言い出したときは不安だったが、存外うまくやれているようだ。「今日の依頼人はどんな方なんですか?」

「さあ」

「さあ、って。社会人なんだからクライアントぐらい把握しておいてくださいよ」

「それがタイホ先輩の紹介で顔も名前もわからないんですよねぇ」

スターズオンアースは兄であるタイトルホルダーのことを先輩と呼ぶ。学生時代に部内で兄と呼ぶのが気恥ずかしかった名残らしい。そんなものを恥じるのならもっと他には知るべきものがあるだろうとリバティアイランドは思う。

「それ大丈夫なんですかねえ」

「まーあの人女っけないんでどうせ友人とかでしょう、これで女の人とか出てきたらびっくりしますよもー」

そのとき、ノックがされた。依頼人だろう。スターズオンアースが促した。

「どうぞー!」

ドアの向こうの人影は白魚のような指でドアノブを回し、扉を開いて優美に一礼した。華やかな、それでいて鼻につかない抽象的な香りが漂う。

「本日15時から予約をしていた……ウインマリリンと申します。マスコミに嗅ぎつけられないように顔も名前もお伝えせずに、失礼いたしました」

緩くウェーブした栗毛が煌めく。そこにいたのは大ヒットした香港映画が記憶に新しい人気女優、ウインマリリンであった。

スターズオンアースは完全にフリーズしている。かくいうリバティアイランドも匂い立つような美貌に頭がやられてしまっているが、助手として最低限の仕事はせねばなるまい。どうぞ、と震える声でウインマリリンを席に座るように促して、お茶を出した。近づくと一層良い匂いがしてドギマギする。

「アースちゃん、アースちゃん!」

惚けたままのスターズオンアースを揺さぶる。スターズオンアースはようやく意識を取り戻したようで、頬を両手で叩いた。窓際のデスクから来客用のソファの向かいのソファに座り、口火を切った。

「うわめっちゃ良い匂いする……。そういえば、いい香りがする人とは遺伝子から相性が良いって」

「セクハラですよアースちゃん!」

前言撤回。惚けたままである。リバティアイランドは、この人こんなに美形に弱かったんだな、と思った。考えてみればスターズオンアースの部での指導員は2人とも整った顔立ちをしていた。一方は自分の指導員でもあるためあまり美醜を気にしたことはなかったが、一般的に言って男前の部類だろう。

ウインマリリンは自分の美貌で頭がおかしくなる人間には慣れているのだろう、眉一つ顰めずに「お気に入りの香水なんです」と答えた。さすが女優である。

仕方がないのでリバティアイランドはスターズオンアースの背を乱暴に叩くと、ようやくスターズオンアースは正気に帰ったらしい。「ご依頼というのは……?」

「友人を、探して欲しいのです」

「ほう」

ウインマリリンは細い指で写真を一枚差し出した。右手中指にきらりと指輪が光っている。写真の中にはウインマリリンと意思の強そうな瞳をした美人がピースをして写っている。

「学生時代の友人で、定期的に会ってはいたのですが連絡が取れなくなってしまいました」

「単に連絡先が変わった可能性は?」

「いえ……。弟さんに聞いたところ、しばらく家族の方も連絡がつかないと。職場の方でも連絡がつかなくて困っているそうなんです」

「なるほど」

「もしかしたら一連の少女連続誘拐事件に巻き込まれたのではないかと思うと、心配で心配で」

少女連続誘拐事件とは、ここ半年に起きた連続誘拐事件のことである。誘拐されたのは何も少女だけではなく、男性や成人女性もいるのだが、少女しか失踪していなかった初期にマスコミが大々的に少女連続失踪事件として報道してしまったのでその呼び名で定着した。現場には必ず「一着至上主義」の文字が残されていることから連続誘拐事件として扱われているが、犯人の要求は全くなく、それどころか密室から人が消えることも多々ある。

「分かりました。お引き受けしましょう」

「ありがとうございます」

「友人のお名前をお伺いしても?」

ウインマリリンは、慈しむように言った。

「タクト。デアリングタクトです」




ウインマリリンが去った後。探偵事務所では少女連続失踪事件についてまとめていた。

「人が失踪するのは1週間おき、毎週日曜日15時きっちり。被害者が発生したのは、中山、東京、京都、阪神。この四箇所が順番に事件の現場になっています」

「主要四場のある場所だけ。というか場所も主要四場のすぐ近くですね」

失踪事件が発生した場所を地図にポイントマークしたものをスターズオンアースが示した。「それと一度誘拐事件が発生した場所では2度と発生してない」

「防犯が厳しくなるからでしょうか」

「にしてはわざわざ一着至上主義の文字残すあたり、警戒心が強いのか弱いのか分かりませんねリバティちゃん」

すると不躾にドアが開けられた。鍵をかけているので鍵を持った身内である。

「お疲れ様、アース、リバティ」

案の定ドアの向こうから顔を見せたのはタイトルホルダーであった。

「ウワーッ臭いです! せっかくマリリンさんで良い匂いだったのが消し飛びました!」

「ごめんごめん。ちゃんと毎日お風呂に入っているんだけどなあ」

いつものやりとりである。スターズオンアースは父に対して発散できなかった反抗期を兄に向けている。しかし特に人間性に嫌いなところはないので、スメハラをするしかない……とリバティアイランドは分析している。あまり異性と関わるタイプではなかったスターズオンアースには、汗臭さとはまた別の男性特有の匂いが耐え難いのだろう。リバティアイランドもなんとなくだが感覚はわかる。

「許しません! 臭いです! 何か良い匂いの飲み物買ってきてくれないと許しません!」

「はいはい、スタバでいい?」

「白い方の新作がいいです! ブレべミルクに変更もお願いします!」

「よくそんな甘いの飲めるなぁ。リバティは?」

「黒い方でチョコチップ追加で」

「全くうちの妹たちは注文が多いなあ」

口では文句を言いつつも嬉しそうにタイトルホルダーが出て行こうとしたそのとき、スターズオンアースがその背に声をかけた。

「そういやウインマリリンさんとはどうやって知り合ったんですか?」

「え? それはまあ色々」

「エフフォーリアさんを介してとかではなく?」

「うん。アースはエフをなんだと思ってるんだよ」

「大阪杯のときは色々噂立てられてたのでそうかなーって思って」

「エフはそんな奴じゃない。エフとマリリンさんとは話したこともないよ」

「そうですか! じゃあシンプルにタイホ先輩が個人的に知り合ったことですね! 不潔です! 早く買いに行ってください!」

スターズオンアースは乱暴にタイトルホルダーをドアの外に追い出した。

「もう、アースちゃんあんなにキツく当たらなくても」

リバティアイランドが嘆息すると、スターズオンアースは窓際に向かって歩き、背を向けた。その後ろ姿が、探偵業を営んでいた時の父に重なる。

「リバティちゃん。マリリンさんのご友人の名前を覚えていますか?」

「デアリングタクトさん、でしたよね」

「リバティちゃん大正解です。デアリングタクトさんの弟さんはたった一人、エフフォーリアさんです! ウインマリリンさんはデアリングタクトさんの弟さんにデアリングタクトさんについて聞いたと言っていましたね?」

「はい。あれ? でもさっきエフフォーリアさんとウインマリリンさんは話したことがないって」

「そうなんです!

ね。ウインマリリンさん、嘘をついていますよ。多分、嘘をついていることもその理由も、タイホ先輩は知ってます」

スターズオンアースは窓を背に振り返った。逆光でもなお瞳には理知の光が宿っている。

父ドゥラメンテはよく、キレる男と称されていた。それは荒い気性を嗜めるものであると同時に、頭のキレを讃えるものであった。

そして父をそう称した人々は、こうも言った。三兄妹で最も父のキレを受け継いだのは、スターズオンアースである、と。




その後、リバティアイランドにはどうやったのか理解もできないが、スターズオンアースは次の事件の発生現場を特定し、そのホテルにコックとして勤めていた同期のドウデュースを食べ放題に連れて行くことで今週日曜の利用者リストを提出させた。そして、利用者リストとパソコンを一晩中睨めっこして、自分からリバティアイランドを寝かしつけたくせに自分からリバティアイランドを叩き起こした。

「ンアーッ! 大変ですリバティちゃん!」

「ムニャ……どうしたんですかアースちゃん」

「アース、被害者、次の被害者が特定できちゃいましたよ!」

「ええっ!?」

眠気が一瞬で吹き飛んだ。思わず布団も投げ飛ばす。

「一体誰が!?」

「落ち着いて聞いてくださいね」

そして、スターズオンアースが口にした名前はリバティアイランドがよく知った人の名前であった。

「そんな、お師匠さんが……!?」

コントレイル。トレーナー同士が師弟関係であったことから自然と教え子同士もそうなったリバティアイランドの師匠。リバティアイランドが敬愛し慕うその名前を、スターズオンアースは告げたのだった。


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