名前呼び
アディショナルタイムは一分!! チームメイトの声が聞こえる。勝つためにはこのワンプレーで点を入れなければならない。潔は走る。他の誰のものでもなく自分のゴールを求めて。
ボールは今嵐山のもとにある。あの潔をヘタクソと呼ぶ先輩と潔の関係はお世辞にも良いとは言えないが、嵐山は情でパスする相手を選ばない。一番ゴールを獲れると判断した相手にだけ、嵐山はチャンスを与える。潔が自分のゴールを得るためにはまず嵐山に選ばれなければならない。そしてそれすら出来ないならば、潔は自分をストライカーとして認めない。
メタ・ビジョンでフィールド全体を眺め、動きを操作する。相手チームのマークを掻い潜り、潔は自分の感じる一番ゴールに近いところへと、辿り着いた。
「ヘタクソにしちゃ悪くない位置取りだ」
相手チームの選手の声、自分のチームの選手の声、観客たちの声。大きくざわつく空気の中で、嵐山の声はやけにはっきりと潔の耳に届いた。まるで周囲の音が消えたかのように。
嵐山の足がボールを蹴る。そのボールは吸い込まれる様に潔の元へと飛んだ。見えない糸でも付いているかのような、滑らかな動きだった。いつも通り不機嫌そうな顔をした嵐山が言う。
「お前がストライカーなら、これくらい決めて見せろ」
「ああ。これは俺のゴールだ……!!」
相手チームはDFもGKも反応が追い付いていない。潔の直撃蹴弾はそのままゴールネットへ突き刺さる。それと同時に試合終了の笛。潔は駆け寄ってきた仲間たちに揉みくちゃにされながら、ゆっくりと歩み寄ってくる嵐山を見た。
「良いシュートだった。潔世一」
「嵐山さんもパスありがとうござ……て、は!?」
急に大きな声を上げた潔にチームメイトがなんだなんだと顔を見合わせる。しかし潔にとってはそれどころではない。嵐山が名前を呼んだ。今まで潔のことはヘタクソとしか呼ばなかったのに。何で急に? チームメイトとロッカールームに戻ろうとしていた嵐山は困惑しきりの潔を振り返ると、片眉を上げる。
「何ボーッとしてんだヘタクソ。試合は終わりだ。引き上げるぞ」
「……はい」
呼び名はいつものヘタクソに戻ってしまっている。もしかしたらさっきのはゴールの興奮で聞き間違えたのかもしれない。またヘタクソ呼びか……潔がそう肩を落としていると、嵐山はふん、と鼻を鳴らした。
「この程度で満足するような質でもないだろ、お前」
はっと潔が顔を上げた頃にはもうチームメイトの姿はなかった。そして嵐山は歩き出していて。潔は急いでその後を追いかけたのだった。