同室ハーレム
朝、食堂に向かう途中。雪宮は隣を歩く氷織に言った。
「氷織くんって、意外と意地悪だよね」
「そんな言われる覚えは無いんやけど……」
困ったように笑う氷織はいかにも穏やかで人畜無害ですといった風情だが、実際には結構シビアな面があることを雪宮だけではなく、少なくとも同室の潔も黒名も知っているはずだ。
シビアだよね、ではなく意地悪だよね、と雪宮が表現したのは氷織に意地悪をされた経験があるからだ。別にいじめを受けたとかそういったことではなくて。
「自覚ないの意外だな」
「どこらへんがそうなんか教えてもらってもええ?」
「だって氷織くんたまに」
たまに? と首を傾げた氷織と、答えようとした雪宮に声がかかる。いつのまにか歩みが遅くなっていたらしく、潔と黒名がそれに気付いたようだ。
「二人とも何してんの? 用事あるなら先行っとくけど」
「空腹、空腹」
「いや、なんでもないよ」
別に重要な話でもなんでもない。別に今しなくちゃならない理由もない。ただの雑談だし、興味があるならまた時間のある時に。雪宮と氷織はアイコンタクトを交わして足を早めた。
「潔……♡」
「潔くん……♡」
夜。こうして有り余った熱を発散するのは珍しいことではない。どうしても溜まるものは溜まるし、それを身近な奴と触れ合うことでどうにかなるなら悪いことではない、と思う。状況を把握しているはずの絵心も何も言わないし。――絵心はシモの話題だからって口に出すのを躊躇したりしない、というのは皆の共通認識だった――今までダメと言われていないのなら黙認されていると認識しても構わないはずだ。
一足先に布団に入っていた雪宮はそのままうとうとしていたらしい。黒名と氷織が潔を呼ぶ甘い声で目を覚ました。出遅れてしまったな。でも今から混ぜて、などと言えるものか。羞恥心と欲を天秤にかける。
「雪宮は寝てる?」
「疲れとんちゃう? まあ混ざりたかったら自分から来はるわ」
呼ばれた自分の名にびくりと肩を揺らす。ちらりと氷織の視線が雪宮に向けられたのを感じた。目敏い彼ならば雪宮が目を覚ましたのに気付いているはずなのに、氷織は気付かないふりで混ざりたければ自分から言いに来い、なんて言う。
「潔、潔。俺もいる」
「忘れてないよ黒名。ほら、ちゅーしよ」
「ん」
可愛らしいやりとりの後にリップ音。黒名は鋭い歯ゆえに舌を入れるのが苦手で、バードキスをよくする。今日もそうなのだろう。
氷織は逆に舌同士を触れ合わせるのが好きだ。こういうところでも彼は器用だし、潔も学習能力が高いせいでもはやバトルみたいになっている時がある。
もう同室のそういったことまで知っているくらいにはいつも行われているやりとりだ。今日違うのは雪宮が乗り遅れたこと。
いつもならば俺だって潔に触れてもらえているのに。潔の青い、熱を湛えた目で見てもらえているはずなのに。そう思っている間にも黒名と氷織の甘ったるい声が雪宮を誘う。潔の熱が欲しければ声を上げろと誘っている。
雪宮はついに自分のベッドから抜け出すと三人の方へのそのそと近付いた。眼鏡もつけないまま。耳まで赤くして。その様子に思わず黒名と潔がおお……と声を出すくらいで。
「やっぱり氷織くんちょっと意地悪だよ」
「口ではそう言うたって、ほんまはユッキー、こんくらいが素直になれてええもんな?」
氷織の優しげな顔が微笑みの形を作る。言われた内容も、潔相手だとつい意地を張ってしまいがちな雪宮には反論できない。思わずここまで来てしまったものの限界を迎えた雪宮が黙り込んでいると、黒名と氷織が雪宮の手を引いた。ベッドに雪宮が乗り上げるとスプリングがぎしりと軋む。
潔の前に引き出されて、左右から囁かれる。
「ほら、素直にいうてみ?」
「意地を張るな。率直、率直」
「潔くん……」
潔は雪宮の呼びかけになんだ? と返す。この場面でなんだってなんだ。思わず八つ当たりをしそうになるがぐっと抑え込んで。
「お、俺にも触って……!!」
「よく出来ました。花丸、やね」
「良い子、良い子」
よしよし、と左右から頭を撫でられる。なんて事言わせるんだ。羞恥のあまり雪宮の頭は茹ってしまいそうだった。思わず眼鏡を押し上げようとした手が空を切る。
「いーよ。ほら、もっと近く寄れ」
雪宮がもそもそと近寄って顔を上げると、潔の目はギラギラとした光を放っていた。背筋を電流が走るようで、雪宮は座っているのがやっとだった。
潔が雪宮の腕を掴む。引き寄せられればすぐ潔の胸の内だ。
「頑張ってくれた雪宮にはご褒美だな」
「羨ましい」
「ユッキーはそういうとこずっこいわあ……」
「二人はまた今度な」
潔に頭を撫でられて、雪宮はもぞもぞ身動ぐ。落ち着こうと深く息を吸うと、青い監獄備え付けの石鹸の香りに混ざって潔の香りがした。
「な、素直になって良かったやろ?」
内緒話のように耳打ちされた氷織の言葉に頷いて。それから雪宮は目を閉じる。せっかく手に入れた機会を、味わい尽くすために。