各々の縋る先

各々の縋る先



深夜のマゴル城に乱れた足音が響く。

世界最強クラスの魔法使いでありながら、イノセント・ゼロの心臓を育てる培養器であり見目のいい玩具としても使われる息子達。

今宵城の主人に呼ばわれたのは、その三男であり違法魔法薬の開発から魔力に影響を及ぼす人工微生物まで幅広い分野の研究に携わるエピデムだった。


10年近い調教でとっくの昔に慣れてしまったといえ、やはり精神的な消耗は大きい。

兄弟を傷つける絶対者に触れられる恐怖や嫌悪を殺すこと。幼い頃から躾けられた結果容易く受け取れるようになった快感を無視し続けること。どちらもそう簡単ではない。


魔心臓で肉体のダメージこそ一瞬で治るものの、散々舐られて敏感になった肌や余韻の残る後孔はそのままだ。


手酷く身体を暴かれた後、凍て付いた無表情でフラつきながら歩くエピデムが向かうのはいつも鍛錬塔だった。



ここでは空気や瓦礫が引き裂かれる轟音が響きわたり、常人には視認できない速度で剣が振るわれる光景が日常だ。

兄弟最強である長兄ドゥウムが日頃から鍛錬に使う施設。

優しい優しい兄がいる場所。


「…にい、さん」


本人にすら気づかれないうちに口から零れた音の連なり。それは確かに助けを求める幼い悲鳴の成れの果てだった。

鍛錬塔の扉を開けてドゥウムの姿を視認したと同時に、糸が切れたようにエピデムの身体がその場に崩れ落ち──。

──立ち入った弟の気配を察知したドゥウムが、一瞬で移動し決して直接触れないようにタオルで包み込むように片腕で抱き止めた。


ドゥウムはよく知っている。

お父様に呼び出された後に与えられる人肌の温もりは、たとえ大切な兄弟のものであっても酷く悍ましい。

元々整った顔立ちで第二次性徴が始まる前は少女のような見目であったドゥウムにも、その恐怖と嫌悪は念入りに刻みつけられたから。


エピデムに顔を向けてタオルと一緒に一瞬で取ってきたグラスを差し出す。


「水だよ。」


心身を貪り尽くされた青年は完全に放心し、表情も視線も虚空を見つめたまま動かない。


ドゥウムは一切動かないまま、内心歯噛みした。

普段より状態が悪い。


「…手を出して、エピデム。」

「ゆっくりでいいから、飲みなさい。」


可能な限り柔らかな響きになるよう、痛いほどに祈りと願いを込めた声だった。

長時間に渡って刻みつけられた恐怖と無力感、今も腹に燻る快楽の余韻。

辛い現実から心を閉ざしているときのエピデムは、命令や高圧的な口調を受けたら身体が勝手に無意識レベルで応じてしまう。


その性質を洗脳に利用しようとするどこぞの外道と同じ穴の狢にだけはなりたくない。

自分は兄だから、絶対に弟の味方でいなければならないから。

それだけがドゥウムをドゥウムたらしめるものだから。


機械的に虚ろな目で、エピデムはグラスを受け取り口をつけた。

確かに水を飲み込んだことを確認すると、ドゥウムはエピデムにタオルを被せ横抱きにして鍛錬塔から風のような速さで立ち去った。



明日も命令が入っているが、今はこの繊細で引っ込み思案な弟が無事に現実へ帰ってこられるまで声を掛け続けることが優先だ。

1秒でも早く自室に戻らなければ。


いつの間にかエピデムの指がドゥウムの服を握りしめていた。

自室の辺りからファーミンの魔力を感じる。

自分と次男が揃っているなら、回復は早くなる。

ちゃんと自分を兄だと認識してくれているのだから、回復できる、はずだ。

いっぱい話しかけてエピデムが安心して息ができる環境を整えたら、きっと、おそらく昼前くらいには。


安堵で力が抜けそうな全身を叱咤して走り続ける。


今日もまた、兄弟の誰一人として失うことなく掬い上げられる。

現状がお父様の指先一つで崩れてしまう薄氷の上であることには変わりない。

それでも、今この瞬間だけは三男がまた笑ってくれる。


その希望だけがドゥウムの全てだった。



─────────



長男が20歳前くらい、ウイルス未完成で三男はまだ性感も表情も生きてる、わりとみんな性嫌悪強めで兄弟間でヤるとかはしんどい、みたいな想定。

2,3年後にはエピデムの心折れイベントが入るかな?


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