可哀想な方の正実モブ

可哀想な方の正実モブ


行かなきゃ。

ある程度嘔吐感が鎮まったのを見計らい、行動食を口に詰め込み、水道水で流し込む。どちらもおいしいと感じるようなものではなかったが、今はその味の悪さが自分を罰してくれているようで、むしろ都合がよかった。

一番長持ちする、粉と油の塊のようなそれを一袋。どうにか胃に収めドアを開ける。


学園に着いてからは普段通りに巡回に参加することに。途中、イチカ先輩に体調について聞かれたので、昨晩は眠りが浅かった、と誤魔化した。目敏い人だ。本当にみんなのことを見てくれている。覇気がないのはそれが原因ではないが実際、最近は寝つきが悪いので、そんな人相手でもきちんと誤魔化せている、と思いたい。

「ねぇ、聞いてる?」

「……あ、ごめん。ぼーっとしてた」

「最近元気ないね?」

「えっ、あ、うん……。そう、かな」

休憩中に仲の良い子とのいつものおしゃべり。よくないな。おしゃべりにも集中できないなんて。午後は気を引き締めなきゃ。

これ以上ミスを重ねるわけには行かない。そう決意した瞬間、端末にメッセージが届く。

「どうしたの?顔、真っ青だよ?気持ち悪い?」

「なん……でもない」

届いたのは、怖い人からのメッセージ。

なんで?どうして?いつの間に?もう逃げられない?助けて。どうしよう。怖い。逃げたい。一生このまま?どうしよう。どうしようどうしよう。

肌の粟立ちが止まない。また吐き戻しそうになる。お昼なのに視界が暗い。頭が狂いそうだ。心が壊れそうだ。人から離れないとこれはバレてしまう。離れないと。

「ごめん……帰るね」

「えっ、うん。わかった」

そうだ、行かなきゃ。ここから離れなきゃ。私は、悪い子だから。罰を受けなきゃ。罰を受ければ、秘密にしていてくれるから。こんなこと、もう誰にも知られたくないから。だから、行かなきゃ。

「……ずっと画面真っ暗だったけど何見てたんだろ?」


それでも、せめて誰かに一声かけてからにしよう。鉛のように重たい足を理性と正義感の残り滓だけで強引に動かす。両足とも負傷したかのようにずりずりと牛の歩みで進む。……あと、二歩。あと、一歩……。さあ、次は声を出すだけ。ズル休みは良くないけど、私がいれば解決できた事件があるかもしれないけど、みんなから失望されるのだけは嫌だから。

「あの、ハスミ先輩」

声絞り出した瞬間。ある考えが頭をよぎる。

助けを求めるべきだ。

そうだ、ここで声を出せば解決する。

「えっと」

言わなきゃ。

「その」

酷い人に虐められています。

「ええと」

助けてください。

「体調が優れないので。帰ります」

「ええ、わかりました。気をつけてお帰りください」

「はい失礼します……」

「……?なぜ、私に?」


なにを、何を言ったんだ私は?なんで?どうして?そもそもどうしてハスミ先輩に話しかけた?イチカ先輩だとバレそうだったから?そこまでして抜け出したかった?ゴミ屑だ、最低だ、何が正義だ。

今でも間に合う、引き返して赦しと助けを乞えばあの人たちはきっと私を助けてくれる。でもどうして、なんでこの足は止まらない……!

「はは、終わってるなあ……」

そう思うなら止まれよ。わかってるならやめろよ。

「無理だよ、もう引き返せないよ」

そう独り言を漏らしながら廃工場の錆びついた扉を開ける。

ここは私が壊された場所。私の正義が死んでしまった場所。滅多に人が寄らなくて、女の子1人が叫んだくらいじゃ誰も助けに来てくれない場所。そんなところに、私はまた壊されるために来た。来てしまった。


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