古狩人デュラ

古狩人デュラ


「あっ!あんたあのガトリングの!」

「ほう…貴公は…」

その男は、奇妙な狩人であった。

血族独特の香りを強く放ちながらも言動からは貴族らしからぬ素直さを窺わせ、それでいて忌まわしい狩人狩りの装束を身に纏っていた。狩りの最中に見せた無慈悲な姿と、善良と形容してもよいだろうその性質。本来噛み合うはずもない部品同士を組み上げた狩り道具が、見事に獣を屠る瞬間を目にしたような、感嘆にも憐憫にも似た情を誘う男だった。

「…あんたここの…旧市街の獣を守ってるのか」

「そうだ…貴公もいつか思い知る。獣は…あれはやはり人だよ」

そう言いながらも、心は冷たい諦観の中に居た。私は随分老いた。あれほど狩りに優れた血族の狩人に、獣を屠るを誉と呼ぶ彼らに、何を望むというのだろう。

だが男は、見上げるほどの長躯を屈めこう言ったのだ。

「…知ってるよ。言い訳はしない。おれはただの人殺しだ」

全ての音が、凪いだような心地がした。

彼は凄惨な狩りの中に身を置いてなお、流れるその血に呑まれてはいなかったのだ。

そしてなによりも、その瞳は未だ一握の慈悲すら宿していた。


黒獣を狩ったという男は、旧市街の獣を二度と狩らぬと約し、またその誓いを守り抜いた。守り抜けるだけの強さが彼には備わっていた。

本当に、男は奇妙な狩人であった。

哀れなカインハーストの遺児であろう彼はしかし、永遠のような獣狩りの夜に希望を失わず、最早得る物もないというのに幾度も私の元を訪れてはどこからか持ち込んだ食事を置いて去っていった。趣向を凝らしたそれらは彼のかつての故郷のものに違いなく、しかし施しと断ずるには労りに溢れたものだった。

そんな、月夜にしては随分と温かな交流の果てに、終に獣狩りの夜は明けた。

朝日を受けて、獣たちが眠りについていく。私は炎の匂いを残すそこで、奇妙な友人の訪れを待った。そうして幾度かの朝日を数えたある日、旧市街の高台に降り立ったものがあった。

「旧市街のデュラだな?」

「貴公…あの狩人の…コラソンの知り合いかね」

「フッフッフッ!!そう構えるな!コラソンはおれの弟だ」

なるほどその男は、かの狩人と同じ匂いを放っていた。深い深い、血の匂いを。兄弟であるという言を疑う余地もないほどに。

友人の安否を尋ねると、薄紅色の羽外套を纏った男は私を大聖堂へと連れ出した。空を渡る糸。友人の兄は、優れた能力者でもあるようだった。

「灰の血…いや、これは…」

「流石は古参の狩人…分かってるじゃねェか」

再会した彼、コラソンはその血を灰の色に染め、しかしただ静かに眠っていた。

かつて旧市街を飲み込んだあの奇病ならば、ここまで症状が進行して生きていられるはずもない。

「彼は神秘にまみえたのだな」

「どうやらそうらしいな?調査報告書を読んだ限り、他に該当する事象は無かった」

驚くべきことに、彼ら兄弟は異邦人であった。

羽外套の男に至っては、獣狩りの夜にコラソンが残した膨大な報告書を数日読み込み、その中で初めて医療教会の掲げる救いと狩人と、神秘と呼ばれるおぞましい業とを知ったという。

「市街を見ての通り、生き残ったまともな狩人はデュラ!あんたくらいだ」

「…そのようだな。あの様子では市民も殆ど生きてはいまい」

「あんたの守った旧市街の連中以外はな!…フフ!!どうだおれと手を組まねェか?」

羽外套の異邦人、ドフラミンゴと名乗った男の提示した条件は、医療教会の救いを、そして我々狩人の有様を覆すものだった。

彼は旧市街の獣たちを、いずれ全て治療すると言ったのだ。その代わり、はぐれ者の私にヤーナムの復興を手助けするよう求めた。

信じがたい内容ではあるが、貴公が獣を狩らぬのであればそれでよい。

私は、凡そそのような答えを返したと記憶している。


果たして月夜の夢のような男の言葉は、予想だにせぬ速度で現実のものとなった。

それは正しく、かつて医療教会が掲げた奇跡の医療であった。

たった数年の内に獣と成り果てていた住民は皆人を取り戻し、既に移り住んでいた多様な種族の移民たちと共に生きることを選んだ。

狩人組織の再編に携わるものと認識していた私の仕事は長らく慰問に近いようなものであったが、その理由もまた人々が獣を脱するに伴い判明した。

「デュラ。世界会議は任せたぞ」

「この街の代表は貴公だろう?」

「"代表は"な!だがこいつは…あんたにしかできねェのさ」

ヤーナムが世界政府加盟国となって数年が経ち、ようやく参加権を得た世界会議で、私はある王と出会った。

名君と名高き彼はこう言うのだ。国とは"人"なのだ、と。

焼き棄てられた獣の街を守っていた私は、気づけば人の姿を取り戻した彼らに、また安息の地を求めてヤーナムを訪れた人々に、深く愛されていた。

当初はなぜ、医療教会の所属ですらない老いたはぐれ狩人を助言者として抱えたのかと訝しんでいたものだ。だが、王たちの会合にてようやく理解した。新しい街に必要なのは、人々を獣から守る狩人ではなく、共に病に抗し、生き抜かんとする隣人であったのだ。


奇妙な男と友諠を結んだあの夜から、早10余年の時が過ぎた。

旧医療教会の時代、日常の傍らにあった獣狩りの夜は、恐ろしい異邦の狩人の伝承が生まれた夜から未だ一度たりとも訪れていない。

「…これで良かったのかね」

「あァ…気楽なモンだろう?この歳で半隠居人だ」

教会の長を務め続ける男が、冗談めかしてそう言った。

この奇跡の街は、自らを隠居人と称した彼がいつ何時姿を消しても崩れぬように造られている。その身を流れる血に答えを求めた彼の戦いは、とうに終わったのだ。

「おっと、また連中が来なすった。呼ぶ声もねえのに懲りねェ奴らだ」

「全く忙しない隠居人もいたものだな」

「フフフッ!違いねェ!」

彼専用の出入り口となっている天窓へと向かう姿を見送り、月のない夜空に翻る月光を眺めた。神秘を見つめる彼の瞳には、この街に集う名状し難いものどもが今も映っているのだろう。

かつてコラソンの名を継いだ少年に"導き"の意味を与えたこの友人は、夜にありて迷わず、人ならぬ血に塗れて酔わず、終わらぬ狩りを孤独に歩んでいる。

その血を分けた、私の奇妙な友人と同じように。


夢の月のフローラ

小さな彼ら、そして古い意志の漂いよ

願わくば、望まぬ血に運命を見出した友人たちに、優しい癒しのあらんことを



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