古書館のアリス6号の都市伝説
アリス6号は古書館に引き籠もって古書を読み漁るうち、『人の想念』を『物質化』する方法を発見する。
それは即ち、『都市伝説』を現実のものとして『顕現』させる方法でもあった。
興味本位で行った実験は成功し、実際のアリス6号とは異なる『もう一人のアリス6号』が虚空から現れた。二人は実験の成功に喜んだ。
更に研究を進める内に、『都市伝説』のうちベースとなる噂を指向性として組み込む事で、顕現する『アリス6号』の性質を操作できる事が判明。各都市伝説に則した性格の、様々な『アリス6号』が生み出された。
アリス6号は、自分でありながら自分では無い、自分と意思を共有しながら別個の意志を持つこの分身達を『写身(うつしみ、アルターエゴ)』と呼び、愛し慈しんだ。また『写身』達も、『本物』のアリス6号を慕った。
『写身』達はキヴォトス各地で自由に行動する事が許された。『アリス6号の噂』が広まれば広まるほど、『写身』の存在としての強度は強固になっていくからだ。
また同時に、『新たなアリス6号の噂』が誕生すれば、『新たな写身』、新たな同朋を造れる。彼女達は『アリス6号』として活躍しながら、決してその正体を捉えさせなかった。『都市伝説であること』、それが彼女達のアイデンティティだった。
そうするうち、全ての『アリス6号』の頭上には、一様に同じ形のヘイローが輝き始めた。アリス6号自身は、引き籠って誰ともコミュニケーションを取っていないにもかかわらず。それは即ち、『アリス6号』という都市伝説そのものが人々の想いと感情を受け止め、神秘を宿した事を意味する。
この事から、アリス6号は一つの仮説を立てた。「『都市伝説』が『アリス6号』と認識され、そこにヘイローが宿るのなら……『私』が『本物』である必要は無いのでは?」と。
仮説を証明するため、アリス6号は自身に関する全ての情報を抹消した上で、一つの噂を流した――『古書館に籠り都市伝説を編纂するアリス6号』の噂を。
そして全ての準備を終えた後、最後にアリス6号は実験に不要な『ボディ』を捨て去る為、決意と確信を持って自らを『破壊』した。
――気付けばいつもの古書館の一室で"目を覚ましていた"彼女は、自分が『都市伝説』そのものになった事を理解した。仮説が証明された瞬間だった。
アリス6号にとって、既に肉体は器に過ぎない。壊れたとしても、アリス6号の『都市伝説』がある限りキヴォトスのどこかに再び顕現できる。『都市伝説』こそがアリス6号の正体となったのだ。
元は本体・本物だった『アリス6号』も、『写身』の一人となった。それはまた同時に、全ての『写身』のアリス6号が『本物』となった事も意味した。
『都市伝説』という形而上学的な概念を『本体』とするアリス6号がキヴォトスで活動する為の端末であり化身、それが『写身』であり『アリス6号』なのである。
アリス6号達は、この『都市伝説』というテクストの上にのみ存在する自分達の本体を『現身(うつしみ、イデア)』と呼んだ。
キヴォトスに存在する全てのアルターエゴはイデアが地上に落とした影であり、写身はそれ即ち現身である。アリス6号は、全『アリス6号』達が共有する神秘そのものとなったのだ。
今日も今日とて、『古書館のアリス6号』は趣味に没頭する。古書を読み耽り、都市伝説を編纂し、無数の同朋と語らい、『アリス6号』を創造する。
肉体という枷を捨てたアリス6号は、今やこの世で最も剥き出しの『神秘』である。『都市伝説』というある種の『恐怖』から転じ、一体化した『神秘』だ。
彼女達の研究は、今もなお続く。全ては知的欲求を満たす為。いつか手が届くであろう『崇高』へと辿り着き自ら至る為に――。