口火を切る

口火を切る

便利屋の災難すぎる一日

“空崎ヒナ”の鏡写しのようなそれは、ジュリの娘に比べて明らかに成熟していた。

便利屋たちの預かり知らぬところだが、

血統という点ではキヴォトスを救う者とサラダたちの創造主という二親から産まれたジュリの娘の方に軍配が上がる。

多数の特に取り柄もない生徒たちと、キヴォトス屈指の強者と言えどキヴォトスを救うに至らない母から産まれた“雛”は雑種も同然だ。

一方で彼女たちにとって滋養となるのが個体の強さや神秘であるなら、

神秘を持たぬ先生と強さという観点では大したものではないジュリから生まれたジュリの娘は栄養不足の未熟児に等しく、

片や“雛”は多数の生徒の神秘を吸ったサラダたちが空崎ヒナというゲヘナにおいては最上の母体から一つとなって生まれ直すという、

この生命体が出現した数多の平行世界においてさえ頂点に位置する個体なのだ。

ひ弱な純血統(ピュアブリード)と強大な交雑種(クロスブリード)、この地に生を受けた最初の二人はどこまでも対照的だった。


その“雛”の顔に浮かぶのは明確な、激しい怒り。

その圧に冷や汗を流しながら社長が口を開く。

多少は身構えていたとはいえ、突発的な遭遇に社員たちもジュリたちも動揺している。

切り替えねばならない、そうでなければこのままこの怪物に呑まれるだけだ。


「先生をお医者様に診せなきゃいけないの、通してもらえないかしら?」

「いやよ、そんな人のために」


にべもない拒絶に眼の前のソレが風紀委員長とは別物である事を否が応でも理解する。

空崎ヒナなら、エデン条約の調印式で先生を必死に守ったという彼女ならばそんな事を間違っても言う事はないだろう。


「その人はおかあさまのために何もしてくれなかった」


“雛”の言葉は続く。


「本当におかあさまを思ってくれるのなら、万魔殿、高客気取り、盲撃ちの土竜ども、どいつもこいつも野放しにしたままになんてしないわ……当然、貴女達もよ無法者」


それは物事の一面だけを見た、浅はかで残酷で独善的な見方。


「その人も、使えない駄犬どももいらない。おかあさまには私だけいればいい」


産まれたてらしい独占欲と


「私がおかあさまをわずらわせる全てをこのキヴォトスから取りのぞけば、おかあさまがもう悩むこともない」


子供らしい母親への思いやりに溢れた考えだった。


「だから、貴女達もこれでおしまいよ」


粘液に塗れた銃身が便利屋たちを向き、その前に立った者を目にして僅かに銃身がブレる。

なぜそうしたのかは自身にもわからなかっただろう、震えながら手を広げて立つ、ジュリの娘。


「どきなさい」

“雛”が煩わしそうに声を上げる。ジュリの娘は動かない。

「どきなさい」

ジュリの娘は動かない。

「どけっ!」

ぴぃ、とジュリの娘が悲鳴を上げて身を竦ませる。


その肩にぽんと便利屋の社長の手が置かれる。

先程まで気圧されていた姿はもう無い。

社長だけでなく社員まで、子供に守られるという“アウトローらしくない”姿を晒してしまった恥への怒りが恐れを上回っていた。

「私達はもう大丈夫だから、貴女のお父さんを頼むわよ」

そう告げて前に出る。


「おしまいって言ったわよね」

向けられる銃口に気圧される事なく前へ

「貴女には残念だけど、そうは行かないわ」

愛銃片手に肩で風を切り

「私たちは便利屋68、風紀委員長であろうと誰だろうと退けてきた」

訝しげに見やる“雛”に負けじと視線を合わせる

「何でも屋よ」

刹那、社長の足元を抜けて“雛”の眼の前で閃光弾が炸裂した。



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「こざかしい、マネをっ」

大音響で麻痺しかけた耳は階段を駆け上がる足音を捉えていた。

同族、創造主、先生は居る。

だが便利屋たちが居ない。

逃げるなら上ではなく外のはずだ、すなわちこれは“追って来い”という明確な挑発だ。

怒りに目の前が赤くなるような錯覚を感じながら母の愛銃を天井に向ける。

良いでしょう、受けてやる。

「巻きこまれたくないならとっととどきなさい!」

放たれた怒声にまだ部活棟内に残っていたサラダたちが宿主を引きずって次々と逃げ出していく。

「絶対にゆるさないわ、無法者」

己の身を弾丸とした碧緑の弾幕が次々と天井を穿ち始めた。



一方で取り残されたジュリもふらつきながら先生を背負って移動を再開する。

彼女を補助するように先生の足を持とうとしたジュリの娘の前にからりと落ちたものがある。

首を傾げながら摘み上げたそれは一枚のカード。

半ば黒く焼け焦げ、所有者の名前も見えないそれに戸惑いながら、彼女の母の後を追った。

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