友達、パンケーキ、青春
これは初めてカナミがノノミとショッピングをしたときのお話。
「ほらほらカナミちゃん!こっちのお洋服も似合うと思いますよ〜☆」
「ノ、ノノミ…僕は白衣だけで十分だから…」
「そんなこと言ったらメッ!ですよ〜?
カナミちゃんだって女の子なんですから!おめかししないと〜」
休日僕らはショッピングモールに買い物に来ていた。
とはいえ本来僕は荷物持ちで、単なる付き合いのつもりで来ていたのだが
『折角来たんですからカナミちゃんも何か買いましょ〜☆』
……まあ、僕が何かを購入することでノノミが満足するならそうするけど。
それにしたってノノミは変わっている、どうして僕なんかに服を選ばせ買わせようとするのか。僕は所詮荷物持ちとして呼ばれたのだろうし、ノノミとは関係ない荷物をわざわざ増やすような行いは非効率だと思うのだけど。
「あ、ほら!この服とか似合ってると思いますよ〜☆」
「……ぅえ!?」
ただただ手と目を彷徨わせている僕にノノミが差し出したのは布が薄く、全体にフリルをあしらって肩を露出させたワンピースだった。
「こ、これは…流石に僕には…!
さ、さてはからっているね!?」
「えー?からかってなんかないですよ!
絶対カナミちゃんに似合いますって!」
否定しても頬を膨らませ怒る彼女に気圧されつつ、再び視線を服に向ける。
いやでも、流石に…とヒラヒラした服…服…?を訝しみながら見ている僕をノノミはニコニコと見つめていた。
アビドスに来てから交流を重ね、今ではすっかり…知り合い以上になれたと認識しているノノミ。
…いつか、友達になれる日がくるのだろうか。
なんて、頭によぎる。
「……高望みしすぎだね」
僕には合わないその服を元の場所へと戻す。
ただでさえ『普通』からかけ離れた僕がなんの間違いなのかこの日常に溶け込むことができて。
あまつさえ、ノノミのような優しい娘と交流することができて…僕は、浮かれている。
それは僕の望みで、夢で、とっくの昔に諦めていた景色で。
「どうしましたか?なんだか暗い顔になってますよ〜?」
「ううん、なんでもないさ」
でも、この一時を、仮初でも…青春ゴッコを謳歌できるのなら、それで十分。
でも、うん…友達、友達を得ることができるのは大分遠いだろうけど、その時はとても嬉しさを得るのだろう。
…来るかは、分からないけれど。
「あ!そうだ〜☆
丁度いい時間ですし、そこのカフェでランチにしませんか〜?
お腹が一杯になれば気持ちも晴れますよ☆
ほら、丁度友達フェアやってますし!
友達とパンケーキを頼んだらおそろいのマグカップがもらえるんですって!」
………
「…マグカップがほしいのかい?」
「?、確かにおそろいのマグカップは欲しいですね!
折角カナミちゃんとお友達になれましたし☆」
…ぁ
「あれ?カナミちゃん?どうしましたかー?
カナミちゃーん?」
困惑したノノミの声で混乱する意識が戻る。
いや、違うのだ、決して、決して普通の人間にとっては友達とは特別のことではない、気軽に名乗りなれるものなのだ。
だからこそ、これは…これ、は…
……
…僕は一体誰に言い訳をしているのだろう。
「…友達」
「えーと…嫌、でした?」
「嫌じゃない!!」
思わず叫ぶ。
「決して!そんな、そんなことはない!
とても、とても嬉しいしそれは望んでいた事で、なりたい!
け、けど、けど…!私は普通になれないし、皆とズレているし、気持ちも、り、理解できなくて…!人でなしで、異常者で…!」
…ああそうだ。
「わ、わた、私なんかが…!」
「なんかじゃない」
静かに、けれど響く声だった。
「カナミちゃんは、なんか、じゃない。
人でなしでも異常者でもない。
優しくて、素直で、不器用な…私の、友達だよ」
「、の、のみ」
ああ、明らかに彼女は怒っている。
また、また怒らせてしまった。そうだ、私は軽んじすぎたんだ、ノノミはどう考えたって私に良くしてくれて、友好を深めてくれて、側にいてくれたのに。
…ノノミだけじゃない。
失うのが怖くて、否定されるのが怖くて、知らないふりをして。
……ずーっと、私は私に言い訳をしてきた。
それに気がついても、もう遅いけれど。ああ、折角…折角、友達と言ってくれたのに、また
「大丈夫」
ぎゅっと、身体が抱きしめられる。
「カナミちゃんは、前に進める。
カナミちゃんは、進もうとしている。
カナミが、普通になろうとするなら…私は、カナミちゃんの側にいるし、支える。
隣で、友達として、支えるから。
ズレたなら直せばいいし、分からないなら知ればいいの、だから、だから。
…見放さないであげて、カナミちゃん自身のこと」
「……ぁ」
そうだった。今まで見放されて、突き放されて、その後、あと、は……
私は、私自身を、見放していたんだった。
「よしよし、大丈夫…大丈夫だよ」
「っ、ひぐ、ごめ、ごめん、なさ…」
「いいんだよ、カナミちゃん、安心して。
謝らなくていいの、いいんだよ」
「ぅう、ひぐ………ぅぁ…?」
……大人気なく大泣きしてしまった、と僕はそこで気がついた。
「わ、わー!?」
「わっ、カナミちゃん?」
慌ててノノミから離れる、大分、大分恥ずかしい事をしてしまっていたような気がする。
「い、いやええと、その!?」
茹だる頭はいつものように上手く回らず、ただただ混乱するばかりだった。
「…ふふ!もう大丈夫みたいですね〜☆
こういうのもなんですけどー、可愛かったですよ?カナミちゃん☆」
「か、からかわないでくれたまえよ!
と、とにかくパンケーキ!パンケーキを食べるという話だったね!?
パンケーキ…!パンケーキ…」
「…もしかして、パンケーキ嫌いでしたか?」
「い、いやそうじゃないんだ、ただ…
その、食べたことも見たこともなくてね…データ上では知っているのだけれど…」
そういえば、ノノミはポカン、と口を開けて、次には笑みを見せた。
「ならお任せください☆
最高の初体験をお約束しますよ〜☆」
「お待たせいたしました、フレンドパンケーキ2点でお間違いないでしょうか?」
「はーい☆ありがとうございます☆」
ことり、と眼の前に『パンケーキ』が置かれる。
なんてことはない、インターネット上で探せばいくらでも出てくるようなありきたりのパンケーキ、カスタードホイップとバナナが乗ってその上にチョコが軽くかけられた…ありきたりな、パンケーキ。
「…わぁ…!!」
…なのに、どうしてこうも心が動くのだろうか、これがパンケーキの魔力なのか、それとも。
「ふふふ!美味しそ〜☆いただきます!」
「あ、え、い、いただきます…」
言い慣れないその言葉を唱えて、普段踏み入れることのないようなこのお店で、関わることはないと思っていた…その、友達、と言ってくれた人物とともに。
パンケーキを、食べる。
それは、とても特別な事なんかではないけれど。
とても大切で特別な、思い出で、行動だと、僕は知った。
「ごちそう、さまでした」
「ごちそうさまでした〜☆
…あ!ほっぺにクリームついてますよー?」
「えっ、ほん、と…んむ」
言うなり、ノノミはナプキンで僕の頬に付いたクリームを拭き取った。
「はい☆これで大丈夫…どうしました?」
「いや…思いの外早くにやりたいことが叶ったな、と」
「やりたいこと、ですか〜?」
て店内を見渡し、空になったら皿を見て、ノノミの顔を見て。
ノノミはそんな僕の顔を覗き込んでいた。
「ああ、その、大したことではないんだ。
友達と買い物に行って、友達と食事をして…皆みたいな青春をしたかったな、って。
ただ、それだけの」
「でも、カナミちゃんにとっては大事な夢…なんですよね」
「…そう、なるね」
「それじゃあ、カナミちゃん!
私と、ううん、アビドスや他の学校の皆とも、青春しましょう☆」
「うえ!?い、いや…!そんなしようと思ってできるものじゃ…!
…第一、僕はもう卒業していて…遅いし…」
「先生に頼めば色んなところに行って色んな人と関われますよ☆
そ・れ・に。
青春に、遅いも早いもないんですよ☆」
ノノミは優しく微笑んだ。