友情の芽生え
虚夜宮
『茶渡くん、目が覚めたんだね』
カワキは立ち上がると、横になった茶渡を覗き込むようにして言った。
茶渡はカワキを見て、意識を失う直前のことを思い出し、悪夢に魘された朝のようにガバリと体を起こした。
カワキも己も、先程の戦いで負った傷が綺麗に癒えていることを認識して、ほっと安堵の息を吐く。
「カワキ……! よかった、無事だったんだな……」
『卯ノ花さんが治療してくれたお陰だよ。茶渡くんの傷もね。後で礼を言うと良い』
「ああ……。……カワキ、もしかして俺が起きるのを待っていてくれたのか?」
カワキのことだ。先に目を醒ましていたのなら、とっくに戦場に戻っている筈。
それなのに、まだここに居たことが気にかかって茶渡が訊ねた。
カワキは目を伏せ、考えるように間をあけた。ややあって、顔を上げて口を開く。
『……茶渡くんに訊きたいことがあって』
「……俺に訊きたいこと?」
首を傾げた茶渡が復唱する。『ああ』と頷いたカワキが、茶渡と視線を合わせた。
どこか探るような様子で言葉を紡ぐ。
『私を庇ったのはどうして? 私を庇わなければ君はもう少し戦闘を続行できたし、あれほどの傷も負わなかった』
茶渡は痛ましげな顔で眉を下げた。
「……そんな風に言わないでくれ」
茶渡はカワキの過去について、詳しくは知らない。だがカワキが常人と一線を画す殺伐とした価値観の持ち主だとはわかる。
その価値基準に基づき、自分を見捨てていれば……と言っているのだろう。
「虚圏に来る前、一護にも言ったが……俺達は仲間で友達だ。お前を見捨てるなんて出来ない。他の連中もそう言うだろう」
茶渡の言葉にカワキがパチパチと瞬きをして、黙り込んだ。
——仲間……友達……じゃあ、この感情が“友情”というものか。
未知の感情に名が付けられる。仮初だと考えていたソレが、本物となってカワキの中に収まった。
⦅友達ってこういうものなんだ……侵攻が始まるまでの数年だけど、仕事に関係ない部分では大事にしよう⦆
しみじみとそう考えて、カワキは茶渡に言葉を返した。
『…………そうか。うん、解った。さっきはありがとう、助かったよ』
「いいんだ。無事で良かった」
これで気になっていたことに結論が出たと、カワキが茶渡に次の話を切り出した。
ここからはやるべきことをやる時間だ。
『さっきの破面が一護の近くで更木さんと戦っている。私はそちらに向かうよ』
カワキの機動力は相当なものだ。怪我が癒えたばかりの茶渡では、カワキが飛廉脚で駆ける速度に追いつけないだろう。
そう判断し、茶渡は真剣な顔で頷いた。
「わかった。ただ、あまり無茶はしないでくれ……」
『約束はできないけど、心には留めよう』
そこはかとない不安が拭えぬ言葉を残して、カワキは戦場へと戻って行った。
◇◇◇
「ハハハハハハッ!!!」
戦場に金属音と哄笑が響き渡る。
「何遍も言わせんな!! 俺の鋼皮は歴代全十刃最高硬度だ!! てめえら死神の剣で斬れる訳が無えんだよ!!!」
あちこちに瓦礫が落ちた砂漠。カワキは第5十刃——ノイトラと更木剣八の二人が斬り合う戦場を遠目に確認して呟いた。
『——あぁ、生きていてくれて良かった』
報復が叶わない可能性も考えていただけに、杞憂で終わり安堵の笑みがこぼれる。
不意打ちすることも考えたが、カワキは敢えて激しい斬り合いの最中に堂々と姿を現した。
「!!!」
「てめえは……!」
突然の乱入者に、斬り合っていた二人は互いに距離を取ったままカワキを見遣る。
愉しみの最中に割り込まれ、両側から刺々しい視線がカワキを貫くも、当の本人は涼しい顔で恐れ知らずに申し出た。
『更木さん、悪いけど代わってもらえないかな? その男には借りがあるんだ』
「……あァ?」
場の空気が凍り付いた。刺すような霊圧が大気に満ちる。それは更木のものだけではなく、ノイトラのものも交じっていた。
更木が表情を消してカワキに歩み寄る。今にも斬りかからんばかりの剣呑な眼差しがカワキを見下ろした。
「……てめえ、どういうつもりだ? それは俺に“獲物を寄越せ”と言ってるってことで良いんだな?」
『ああ。私の復帰より更木さんの勝利の方が早ければ諦めたけどね。生きているなら報復しないといけない。私の番だ』
さも当然の権利かのように涼やかな声が語る言葉を、逆方向から発せられた苛立ちに尖る荒々しい声が遮った。
「あァ!? 何言ってやがる!」
ノイトラはその勢いのまま、怒りの言葉をカワキにぶつけた。
「てめえは俺に敗けた! 運良く拾った命で復讐にでも来やがったか!? 鬱陶しいんだよ、俺の邪魔をすんじゃねえ!!」
『君が戦いの途中でトドメも刺さずにどこかへ消えたんだ。だから私はその隙に回復して、続きをやりに来た』
『まだ戦いは終わっていない』とカワキは言った。
黙って二人のやり取りを聞いていた更木が、まだ自分との戦いの途中だと主張するカワキの言い分に渋々ながら刀を納める。
「ちっ。……戦いの途中だってんなら仕方ねえな。ただし……条件がある。情けねえ戦いをするなら俺に代われ、良いな?」
『わかった、その条件を呑もう』
好敵手と思えた更木が刀を納めたことにノイトラが苛立たしげに顔を歪めた。
カワキは調整を加えた銃を手にノイトラに向き直る。
『恨むならトドメを刺さなかった君自身を恨むことだ』
「死に損ないが……! 何遍やっても結果は同じなんだよ、すぐ終わらせてやる!」
***
カワキ…「仕事は仕事だと割り切ってるけど大事な友達だと思ってる」くらいに成長する兆しが見え始めた。ノイトラへの報復のために武器を調整済みで準備万端。剣ちゃんに「先を越されたなら仕方ないけど生きてるなら私の獲物。代わって」するクソ度胸。
チャド…その身と命をもってカワキに友情を気付かせた偉大なチャンピオン。カワキをストリートチルドレン(狂)と思ってるので「私を見捨てたら良かったのに」という旨の発言(違う)に心を痛めた。
剣ちゃん…マジで本っっっ当に交代したくないけど、渋々この場はカワキに交代してくれた。ちょっとでもカワキが劣勢になる様子があったらすぐに「俺のターン!」するつもりでいる。
ノイトラ…あの状態から入れる保険があるとは思いもしなかった。剣ちゃんと楽しく斬り合ってたのに、ついさっき倒した雑魚が割り込んで来た為ご機嫌斜め(殺意)。早く終わらせて剣ちゃんと続きがしたい。