及ばぬ鯉の滝登り
「待って」
行って欲しくなくて、今行かれたら全部が『終わったこと』になるような気がして引き留めた。
腕を思い切り掴む。
年上の、あの新世代世界11傑CBの、ドン・ロレンツォの腕。
片手で一周できるような細くて血管の透き通った生白い手。
言いたいことがたくさんあって言葉が詰まる。
どれから話せば伝わるんだろう。
何を言えば響くのだろう。
考えれば考えるほど泥沼にはまっていく。
そうしてる間にも浮世離れしててどこかズレてる俺の想い人は「お前はなぁんも悪くねぇから気負うなよOK?」とか言ってきて。
どうすれば引き留められるのだろうか?
考えて、考えて、考えて、パンクした俺の頭は、何か言うよりも先にロレンツォの唇に食らいついた。
下手くそなファーストキス。
さっきの口移しはキスだと認めない。絶対に。マジで嫌。
ロレンツォの腰のあたりを力一杯抱きしめて、何度も何度も角度を変えてちゅっちゅと戯れるようにキスを降らせる。
背が高いから俺が背伸びをする形になって。
たまにべろりと唇を舐めるとびくりと震える。
ロレンツォのことが好きだ。
ロレンツォのことが大切だ。
ロレンツォのことが心配だ。
どれも本当のことだけど、酷く不適切な感じがする。
何を言っても言っても結局本質的にはロレンツォに伝わらない気がして。
きっと誰の言葉も届かないだろうけど、それでも伝えたい。
おかしいって。変だって。もっと他に方法があるだろって。
気持ちよかったし嬉しかったよ。あぁ、認める。
認めてやんよ。興奮して気持ちよくてSEXだってしたくなった。
だけどさ、付き合ってもないし。というか多分、いやきっと。
好きあってもないのに体を許すのはおかしいんだよ。
スナッフィーだってそう。
ロレンツォは家族を理解してないのかもしれないけど、きっとスナッフィーはロレンツォのことを家族として思ってる。
そんでも、俺の中の定義ではSEXもフェラチオも性欲処理も家族同士ではしないんだよ。
俺とロレンツォは文字通り住んでる世界が違うけど、きっとイタリアでもドイツでもどの国でもそれは変わらないと思う。
俺は、潔世一はドン・ロレンツォのことを心底惚れてしまって、大切に思ってて、サッカーの才能に尊敬してて、どうしようもない生き様に心配してる。
多分あいつとかそいつとかの中では1番真っ当な感情を向けてると自分でも自負してる。
でもさ、知ってる。
ロレンツォに愛を教えるのは自分じゃないんだ。
ロレンツォを救ってくれた人で、ロレンツォが恩返ししようと思ってる人で、多分ロレンツォの好きなヒト。
わかってるから、それでもいい。
ロレンツォの好きな人が自分じゃなくても振り向かせてみせる。
これは諦めじゃなくてほんの少しの慈悲で、ロレンツォへの愛。
俺にはできなくて伝わらなくて、分かってもらえなくて、実力不足なことがひどく悔しいけど。
身動きの取れないように壁に押し付ける。
隙間のないよう密着して、ロレンツォの手を引っ掴む。
ロレンツォの薬指。
俺が噛んだせいでグルッと一周円のついた、薬指。
俺の欲深さの証。彼の罪の証。
「ロレンツォ、いつか追いつくから。追い越すから。追い抜くから」
俺のこと忘れないで。今日のこと焼き付けて。
傷跡を覚えてて。やったこと後悔して。
それで、それで……
少し、疲れて。眠くなった。
きっとさ。ロレンツォは、俺が寝たらスナッフィーのところに戻るんだろうけど。
それでもいいから。わかっているから。
あともう少し。まだもう少し。
「行かないで、そばにいて」