厄日

厄日


ウォーターセブン、最高峰の造船所を抱えた水の都。トップの人の良さと手腕のおかげか普段は治安の良い土地であるのだが、島のシンボル、政府から海賊までなんでも請け負うガレーラカンパニーの器の大きさはしばしば厄介事を呼び込む。

今日もこうしてまたその厄介事の種───最早ガレーラにとっては日常と化した、海賊による料金の踏み倒しが行われようとしていた。


普段であれば返り討ちにするだけであるそれは何時もとは異なり、そしてただ不運であったのが。

狡猾な海賊共は直接暴力を伴った談判を船大工たちに行うのではなく、人質を取り脅迫することを選び。

その人質として目を付けたのが、屈強な男達の中ではどうも悪目立ちした弱そうな雑用係……服部ヒョウ太であり。

彼を攫うのが白昼堂々ではなく誰の助けも及ばぬような夜更けであったことだろうか。



「ガレーラにゃ恨みはねえがこちとら海賊なんだ、呪うなら自分の運のなさにしときなァ!」

なんという不幸か。身一つの少年に対し武器を携えた十数人で囲み、にやにやと卑下た笑みを浮かべた海賊達。


「あーあ、ついてないなあ……」

無力に見える少年が不運を嘆く言葉を零す。それにギャハギャハと品のない笑い声をあげた海賊のリーダー格の男がヒョウ太へと手を伸ばして、 ───次の瞬間には、後ろへと倒れ込んでいた。

「えっ?」

どたりという音、広がる血液。誰かの呆けた声があがる。万が一にも反撃されることなどないと高を括っていた彼らにとっては、目の前で起きていることが理解出来なかったのだ。

ズボンのポケットに手を入れて、倒れた男の頭を踏みつけている黒い影。 先程までは確かに感じていたはずの弱々しさは微塵もない。

「いやァ、やっぱり雑用だけじゃ体もなまるよね?発散させてよ、不幸な海賊さん」

朗らかなはずの笑みは脳が危険信号を発する程の圧力を放っていた。それを見てようやく、狩る側であった自分達が今度は狩られる側に回ったのだと悟る。目の前の、羊の皮を被っていた化け物によって。


一方的な闇夜の蛮行は、正義の執行へとすり変わった。

「い、今何をしやがった!?」

「『剃』」

動揺した部下の一人が銃を向けるより早く標的となるはずの影は掻き消えて、すぐに背後へと現出する。

「ッひ……!ぐぇっ!!」

「賞金首ってことは把握済み、目的も分かってる。うーん、拷問は必要ないかな」

首を掴まれ持ち上げられた仲間の姿に顔を青ざめさせた他の面子は慌てて飛びかかるが、直情的な攻撃が当たるはずもなく。難なく躱した後に無造作に持ち上げていた一人を投げ付ける。

「これならガレーラの方がよっぽど体力使うなァ~、訂正訂正」

気絶した彼らをちらとも見ずヒョウ太が呟けば、海賊達の顔色は更に悪くなった。

「お、お前ら!!相手はたかだかガキ一人だろうが!!!さっさと殺せェ!」

怒号と共に武器が再び向けられ───だがそれは、一つとして彼に届くことはなかった。

「……もういいか」

何の気なしにといった調子のままに、常人には見えない速度で周りを全て薙ぎ払ったのだ。身一つ、足の一本であっという間に全員が地に伏して、辺りに静寂が訪れる。


「チッ、一匹逃げたか」

その静けさの元凶は足下の海賊達に目線すら遣らず、徹底的な秩序のために裏町へと続く細い路地へと踏み出した。



「オレたちが悪かった!なあ、か、金なら払う!!あるだけ全部持ってっていいから、だから助けてくれ!!!」

「言いたいことはそれだけ?」

「ひ、」

鈍い音が暗い路地に響き渡る。ギリギリ意識が刈り取られていないのは温情でも、ましてやその海賊の耐久性のお陰でもない。単にヒョウ太が加減をしているだけだ。

「君たちは海軍にまとめて突き出す。これは決定事項……というか、海賊やってるなら覚悟してるでしょ?」

その上でと前置きし、ヒョウ太よりもずっと身長の高い海賊の頭を軽々壁に押し付けたまま、笑顔を崩さず語りかける。

「今晩のことは黙っててよ。これでもぼく、弱気で通ってるからね~」

ふわふわとした語気とは裏腹に、眼光は鋭く冷酷なままだ。

「あ……ああ……!」

恐怖に震えた声が引き攣った喉から捻出されると同時に、ヒョウ太の瞳孔がきゅうと引き絞られる。さながら肉食獣のようなそれは暗闇の中においても光を湛えていた。

「お仲間さんにも言っといて。……分かった?」

こくこくと海賊の首が縦に振られたのを確認して、今度こそ意識を飛ばすほどの強さを込めて叩きつけた。

近くに積まれた廃材の山から縄を引っ張り出し、意識のない大男を慣れた手付きで拘束していく。倒すよりもこちらの方が手間だなんてぼんやりと考えながらの作業。


「戻って後始末もしないと、ッ!?」


不意に、背後に人の気配を感じた。

反射的に飛び退くと、つい先程までヒョウ太がいた地面に亀裂が走る。誰かが、上空から蹴りを入れたのだ。

「安心しろ。後始末はこちらでしておいた」

「聞きたいのはそれじゃないんだけどなァ」

声の主は黒い外套に身を包んだ長身の男だった。牛の面を被り顔を隠したその姿は個人を特定させないためだろう。だが、ヒョウ太にとっては見覚えのある格好でもある。偶然の一致に驚きつつも、警戒を解くことなく口を開く。

「……一応聞いておくけど、後始末って」

「殺した」

「………………そう」

なんの感情も含まない、簡潔な回答。全身に纏った黒装束では分かりづらいが、匂いまでは誤魔化せない。絡みついた血の臭いが、あまりにも濃すぎる。

僅かな緊張が全身に走る。ヒョウ太が身を置いてきた場所は暴力こそ日常茶飯事であれど、命の取り合いなどはない。だからこそ、目の前の男が自分とは全く異なる世界で生きてきたことを肌で感じ取った。

「一度は話さなきゃとは思ってたけど、よりによって今とはね……ルッチさん」

「…………」

名を呼ばれても、牛面の男は──ルッチは動じなかった。ただ、沈黙をもって返答とする。

「それでなんの用?いきなり攻撃までしてきて。言っておくけど、ぼくには敵対する気も理由もないよ」

「……我々は、お前が思っている以上にお前を危険視している。今回の件で警戒は更に強まった」

「何が言いたいの」

問いかけに一拍の間。

「六式。見様見真似で行う奴らもいるがお前のそれは違う、我らと同じく手本に沿った動き方だ……どこで習得した?」

「……言っても分からないよ」

事実である。もし素直に異世界から来ました、なんて突拍子もないことを言ったとして信じられるはずもないのだから。その返答が気に入らなかったのか、フンと鼻を鳴らして続ける。

「服部ヒョウ太。おれと同一らしいお前の存在は、世界政府に不都合となり得る……尚更ここで殺しておく必要があるな」

牛頭越しの声は冷徹そのもので、ヒョウ太は小さく息を吐く。あちらも『服部ヒョウ太』の正体はとっくに分かっていたらしい。向けられているのは純然たる殺意───どうやら、本当に運が悪いらしい。

「随分と用心深いようで。まァ立場が違えばぼくもそうしてただろうけど」

やれやれと肩を竦め、ヒョウ太は静かに構えを取る。それを合図にルッチもまた臨戦態勢を取った。


「さっきも言ったように、ぼくには敵対する気はない……一応聞くよ。見逃してくれる気は?」

「愚問だな」

即答。会話は終わりだとばかりに、地を蹴る音と共に一気に距離を詰めてくる。

「『指銃』」

「『紙絵』」

突き立てられた指がヒョウ太の体を捉える前にひらりと身を翻す。そのまま勢いを殺すことなく背後へ回り込み足を払うが、避けられる。


「チッ」

「……っ!」

舌打ちしたのは二人同時。互いに相手を捉えきれないまま、再び距離を取り合う。

「何処の手先だ、何が狙いでガレーラに取り入った?」

「ぼくは一人だし……狙いも何も、偶然だよ」

「ハッ、偶然?にしては出来すぎているだろう。よりによって俺の潜入先にピンポイント、だ」

「それにはぼくも驚いたって」

「白々しい」

忌々しげに吐き捨て、再度攻撃を仕掛ける。それをヒョウ太は持ち前の動体視力でもって躱し、地面を思いっきり蹴り飛ばした。何をしようとしているのか察しがついたらしい。

「逃げる気かッ!待て!!」

待てと言われて待つ馬鹿はいない。飛んでくる斬撃を避けつつ、ヒョウ太はそのまま空気を蹴り建物の屋上へと飛び上がった。


軽やかに屋根伝いを跳び回る。

どうにかして撒けないかという希望的観測を頭の片隅に置いたものの、振り返らずとも追ってくる気配は分かる。世界こそ違えど自分自身であるからこそ、このまま逃げ切ることは不可能に近いと知っていた。騒ぎを起こしたくはなかったが、仕方がない。

「……やるしかねェな」

先程の軽い手合で理解した力量を考えれば余計な演技に気を割いている余裕などない。顔を覆う邪魔を取り外し、屋根から広めの空き地へと降り立った。


少し遅れて牛頭がヒョウ太の目の前に降り、鬱陶しそうに仮面とマントを外して横へと投げ捨てた。

そうして出てきたのはヒョウ太と同じ顔である。鏡のように向かい合っている様は、傍から見れば奇妙の一言であった。

「ようやく薄気味悪い演技を止める気になったか」

「言ってくれるな、アレが一番情報を得やすい……それに、腹話術師が言える義理ではないだろう」

軽口の応酬はあれど、警戒だけは双方解かずに。

「冤罪でくたばる訳にはいかん、……本気でいかせてもらう」

「やってみろ、出来るものならな」






本戦闘を書ける技量がないので終わり

この後両方ともボロボロの状態(生徒会長は簀巻き)でブルーノの酒場のバックヤードとかにinする

めちゃくちゃ悪態付き合いながら原作側の誤解を解いて不干渉条約でも結べばいいんじゃないかな


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