厄ネタ死神の行く千年血戦篇2
やたらと足が重い。ギリギリのところで意識を保ちながら歩く視界が歪んでいるような気がして、紫苑は深く溜め息を吐いた。息をするだけで命が削られるような感覚はだいぶ薄れてきてはいるものの疲労は濃く、果たして四番隊の誰かに会えるまでもつかという部分だけが不安要素だった。
(……なんであいつは、私を殺さなかったんやろ)
多分紫苑が一撃で殺せなかった時点であの黒髪の滅却師との勝負はついていたはずだ。あのまま戦っていたら簡単に殺されていた。
けれど紫苑は生きている。
――アンタを殺したいのは俺じゃないだろうからな。
意識を失う直前にそんな言葉を聞いた気がするけれど、それが一体なんのことなのか考えるのも今は億劫だった。
けれどその意味を、紫苑はこれからそう経たないうちに知ることになる。
◇◇◇◇◇
「俺はてめえを待ってたんだぜ、死神」
「……暇やねえ。他にすることなかったん?」
ちりちりと空間が焦げている。半ば無理矢理離脱させた平子たちは無事だろうかと頭の片隅で考えながら、紫苑は乱れる呼吸を整えた。初めの侵攻で対峙した滅却師の一人――バズビーは紫苑の挑発に一瞬眉を歪めたものの彼女の疲労を感じ取ったのか余裕を崩さずに応える。
「前に俺を退けたからって、今回も勝てると思ったら大間違いだぜ」
伸ばされた四本の指が橙に光る。頬に熱が届いたと思った次の瞬間には、紫苑の右頬ぎりぎりを抜けて焔が道を作っていた。
「―――………」
焦げた死覇装の裾を横目で見遣りながら、ざん、と地面を踏み締める。体力はもう限界に近かった。
「どうした、死神」
背後で焔が悲鳴を上げている。次は避けられないという予感があった。心臓が煩く脈を打つ。
死を意識したのは本当に久しぶりだ。
ざり、と草履の裏で瓦礫を擦る。脚に力を入れるのにも一苦労な自分の疲労度に半ば呆れながら離脱を試みる。蹴った瓦礫ががしゃん、と音を立てた。
「遅ぇよ」
「……ッ!」
――声と共に、特徴的な色と形の髪が視界に入る。あ、と思った時にはもう遅かった。
「バーナーフィンガー」
「ぁ……っ、」
「3!!」
至近距離で感じた確かな熱。
それは今度こそ過たず、紫苑の腹を貫いていた。
―――――――
――――――
―――――
死ぬんは嫌やなあ。
薄れる意識の中で紫苑が思ったのはそれだけだった。
死ぬのは怖い。内臓が焼け爛れる痛みを知っている気がする。あれは炎ではなかったと思うけれど。
(……いつの記憶やろ、それ)
天井を見つめていることしか出来なかった日があった気がする。神子さま神子さまと好き勝手に紫苑を崇めていた誰かが、病には勝てないのかと失望したような台詞を吐いていたような。
いつの記憶かは分からない。死神に生前の記憶なんてないはずなのだ。
でも、死ぬのが怖いということだけは知っている。わかっている。
――死にたくない。
「それなら助けてあげようか」
そんな声を、頭の中で聞いた気がした。