単発ss 後編
そして数日後――とある山付近。
二つの影を乗せ、疾走する赤きバイクが一台。《ブーストライカー》である。
それを駆る英寿の後ろには、キタサンブラックの姿が。
二人は休みということもあり、出かける運びとなったのだが――そこで問題が起こった。
「うひゃあ、ますます強くなってきてますよ!」
帰りがかり、急な大雨に見舞われたのだ。時間が経つにつれ勢力を増し続ける雨量にたまらず、二人は雨をしのげる場所を探していた。
「あ、あれ!」
そして何かを見つけたのか、キタサンが叫ぶ。そこは――もう使われていないバス停であった。
渡りに船だ、と言わんばかりにそこへ近づき、ブーストライカーを停車させる英寿。
二人は急いで屋根へと身を隠し、一息つく。
「大丈夫か?」
「はい!」
手渡されたタオルで頭を拭き、笑って見せるキタサンブラック。
ますます強くなる雨音を聞きながら、彼女が呟く。
「なんだか……不思議な感じですね。二人だけの場所、って感じ」
「なんだそりゃ」
「あっ!いえいえ何でもないです、忘れてください……あれ?」
そう言って誤魔化す彼女の手を、何かがつつく感覚があった。
「あ、コンちゃん……」
その正体は、紅い狐――『ギーツモード』となったブーストライカーの鼻先であった。
僕もいるぞ、と言わんばかりにいななくそれを撫でるキタサンブラック 。
そんな時――
「うわっ!」
「今のは――近いな」
強い地響きと轟音が、二人を襲ったのだ。どうにも近くで何かが落ちたようだ。二人は目を合わせて頷くと、音の方角へ駆け出した。
「あれじゃないですか!?」
「多分あれだな……」
そして数分後、カーブの地点までたどり着いた二人。着くころには雨は止んでいたものの、新たな問題が起こっていた――
「なるほどな……雨で緩んだのか」
そこには、道路を埋め尽くす大量の土砂と落石があったのだ。
そして、その前には立ち往生する一台の車とその主が――
「大丈夫ですか!」
駆け寄り、声をかけるキタサンブラック。
「ん?ああ、私は大丈夫だよ。ありがとうお嬢ちゃん」
そう答えるのは、壮年の男性。
「それより、今は材料の方が心配でね……」
「材料?」
「これは明日のパンの材料でね……ああ、私はパン屋なんだけどね。早いうちに仕舞わないとダメになってしまうんだが……先に進めないけど、救助を待っている時間も惜しいぐらいでね……」
それを聞いたキタサンブラックは少し考えると、男性の方へと向き直る。
「お店の場所……どこですか?」
「ああ、それなら……」
男は少し困惑の色を見せながらも地図を開き、指をさす。
「ここなら……うん、いけそう。お爺さん!」
「おじっ……なんだい?」
「その食材、トレセン学園へ一旦お運びしましょうか?あそこならちゃんとした設備もありますし、そのお店からも近いので、今日中にはお店へ運び込むのも間に合います!」
「気持ちは嬉しいけど……いいのかい?」
「任せてください!……いいですよね?トレーナーさん!」
「ああ、責任は俺が持つ。一応、名刺を」
「浮世……英寿……『エース』か……ふふ」
「では、お願いしてもいいかい?私も後から向かうよ」
「任せてください!お助けキタちゃん、本領発揮です!」
そうして数十分後。陽も沈みかかった頃のトレセン学園。
「これでよし、ですね」
「ああ」
英寿がたづなへと頼み込んだ上で無事に食材を運び込み、保管することに成功した二人。
後は彼を待つばかりとなっていたのだが――
「……なんか騒がしくないですか?」
「そうだな……」
なにやら正門の方から騒がしい声が聞こえ、二人は向かってみることにした。
そこには――
「本当なんです!信じてください!」
「そうは言いますがね……」
「あーっ!さっきのお爺さん!」
「……しまった、警備員へ伝え損なってた!すまんキタ、俺のミスだ……!」
「そんなことより、説明しなきゃですよ!」
「そうだな」
そこには警備員に止められ、学園へ入れないでいる先ほどの男性がいた。
二人は慌てて止めに入り、事情を説明することとなった――
「いやはや、ありがとうございます!搬入まで手伝ってもらっちゃって!」
それから数十分後――学園近くのパン屋。食材を運び終えた三人。男性は英寿とキタサンへと頭を下げ、礼を述べる。
「喜んでいただけて何よりです!……余計なお世話かもしれなかったですが」
「そんなことはないよ。おかげで明日、美味しい新商品を皆に届けられる。お嬢ちゃんのおかげだよ!」
「えへへ……」
照れくさそうに笑うキタサンを見つめながら、男は英寿へと言う。
「貴方の担当、とても優しい娘ですね。今時珍しいぐらい、純粋で真っ直ぐだ」
「……ああ」
「……そうだ。お嬢ちゃん」
そしてキタサンへと向き直り、目線を合わせる男。
「何ですか?」
「一つだけ、言わせてほしい言葉がある。いいかな?」
「……?はい!」
男は元気な返事を受け、少し言葉を溜めてから――口を開く。
「その優しさは……きっとこれからも君を君でいさせてくれる。君の強さとなってくれるだろう。だから忘れないでほしい。その優しさを失わないでくれ。弱いものをいたわり、互いに助け合い、どこの国の人達とも友達になろうとする気持ちを失わないでくれ。たとえその気持ちが、何百回裏切られようと。それが私の、変わらぬ願いだ」
「どうだい? 今の話…わかったかな?」
男はしっかりとキタサンブラックへと目を合わせ、そう告げる。
「ええ!あたし、もう迷いません!お助けウマ娘の名にかけて!」
それに力強く答えるキタサンブラック。
「うむ、いい返事だ!」
にかりと笑い、返す男。
(……その言葉。そうか……成程な)
そんな二人のやり取りに、何かを察する英寿。
そうして、店を出た二人。
「またおいで!」
「はい!今度はダイヤちゃんたちと一緒に行きますねー!」
「……あ」
「どうしたんですか?」
そんな最中、英寿が呟く。
「お前の門限……そろそろマズいな、これ」
「え゛っ゛!?何で言ってくれなかったんですかー!」
「すまん、あんまり楽しそうだったからつい、な……」
「ついじゃないですよもぉー!あ、また来ますねー!」
急げ急げ、と去ってゆく二人の背を見つめながら、男は笑みを浮かべる。
「ふふ、よい若者たちだ……あれなら、この世界は安泰だな……さて、私も頑張らねばな」
そして手のひらを空へとかざし、男は呟く。
身に着けた指輪は暖かな満月の光に照らされ、強く輝いていた。