(単発SS)(チンピラに絡まれてる娘を結果的に助けた?一般通過クイーン14歳)
路地裏でしつこいナンパをしてくる男達に罵声を浴びせて追い払おうとしたら、逆ギレしたそいつらに拳を振り上げられて。
殴られる、と咄嗟に瞼を閉じた娘の意識を持って行ったのは、痛みではなく急に鼻腔をくすぐった甘い匂いだった。
「……薔薇の香り?」
状況も忘れて目を開く。
薔薇は『花の女王』で、ダマスクローズは『薔薇の女王』。つまり女王の中の女王だから凄まじく芳しい。娘は薔薇を庭で育てるのが趣味であり、ブルガリアに旅行に訪れた際にはもちろん本場のダマスクローズの香りも嗅いだ。その時と同じ匂いがする。
視線の先には美しい少年が立っていた。まだ小学校も卒業していないくらいに見えるが、東洋人は他の人種からすると幼く映るのが通例だ。それを鑑みれば中学生くらいの歳ではあるのかもしれない。
だが特筆すべきは年齢よりも彼の醸し出すオーラだ。頂点の薔薇たる芳香に負けずとも劣らぬ、自身が花であり茨であると主張するかのような麗々しさと刺々しさ。未だ蕾の可憐さを残しつつ既に大輪の華麗さをも放つ少年は、薄暗い路地裏の出入り口に逆光を背負って佇んでいた。
男どもの暴力が未遂に終わったのは、彼らも娘と同じく少年の匂いに惹き付けられ、姿に目を奪われ、動きが止まったからだ。
「なぁ──そこ、俺が今から通るんだが」
退けなんて言われていない。
にも関わらず、男達も娘も揃って壁際に身を寄せて少年に道を譲った。そうするのが当然だと思った。
次いで少年の薄い唇がまた開かれる。
「でも道がきたねぇな。靴を汚したくない」
娘も上着を脱ごうとしたが、男達がそうするほうが早かった。
ナンパの最中に買ったばかりのブランドものだと自慢していた、お値段ウン万円のコートを躊躇うことなく地面に敷き、その傍らに2人して跪く。
さながらレッドカーペットで主人を迎える侍従のように。
「いい子だ。褒めてやる、後でコートに残った俺の靴跡を舐めて良いぞ」
少年の声と足音が違法薬物にも似た多幸感を男達に与え、娘は自分が恩賞を頂く機会に出遅れたことに絶望した。
艶然と歩き去ってゆく少年の背中を見送る男達の頬は紅潮し、瞳は潤み、口は緩んでいる。
こうして今日も涙と涎にまみれ、スペインに新たなマゾ犬が産声を上げた。