千代の都に黄金の落葉・水魔臨戦

千代の都に黄金の落葉・水魔臨戦


魔術回路を凍結させる雪の中、対峙する3人の魔術師。凌我は自身の魔術回路が徐々に稼働率が低下して来ているのを感じる。こうなっては自前での魔力生成ができなくなり、魔術刻印を利用した魔術も刻印を使わない魔術も非常に発動が困難となった 

(いい魔術だ……格上を相手取る為の魔術か、良く練られている)

時計塔のロードクラスならば対して効果は無いだろうが、数秒稼ぐ程度の事は出来るかもしれない。たかが数秒だが、魔術戦において数秒は砂金と同価値。それに俺の魔術回路を封じるには十分だ

五行法、若しくはそれに近い形の呪詛。水を使った形式の呪いは多数存在するが、雪ーーー水の零点による氷結、雪による静止、停止の概念による魔術回路を凍結させる結界。

解除にはそれなりに時間を要するだらうが、それをさせてくれる程流石に甘ちゃんでは無いだろう。現に追加で宝石を準備しているし決めに来ている筈

(だが、まだ甘い……)

魔術を行使する術は何も本人の回路を使ったものだけでは無い

思わぬ難敵に思わず口角が釣り上がる。この場で使う気は無かったが、あのライダーとバーサーカーのマスター。あの2人を木端の魔術師と違うと判断し、使わせてもらう

『マスター』

『セイバーかーーーこの魔力……』

セイバーからの念話が届き、意識を一瞬セイバー達の方へ割く。態々念話を届けてくると言う事は何か緊急で要件が、と思ったがセイバーとは異なるサーヴァントの魔力が急上昇しているーーー宝具か

『分かった。情報戦に固執して敗退する馬鹿はないな。手段は良い、凌げ』

『承知した』

セイバーとの念話を終え、意識を切り替える。魔術回路はもう殆ど機能していない。そして前方には此方を仕留めに掛かる魔術師の少女

魔術師に取って重要な事実を伝えよう。魔術師は別に強くある必要はないわー!

「トドメの一撃を放とうとする瞬間こそがーーー」

強いモノを作れば、それで良いのだから

「『水面に浮かべ 汝溺れる者なれば』」

懐から取り出した礼装を放り投げる。この礼装は小瓶に満たした霊薬を規定の文言で起動させる形式の物だがーーー

「『阿吽に猛り、我を守護する鋳型を積み上げん』」

地面に落ち、砕けて霊薬が広がり、細かく波紋を打つ

「これを、どう捌く?」

溢れる霊薬が、起き上がる様に形をとるーーー


魔術師にとって、魔術回路を封じるという事は武器を取り上げるどころか、手足をもぎ取る事に等しい。ほんの僅かの間だが、魔術師は無力となる。この瞬間を流せば、神水流の魔術師は必ず痛烈な反撃を繰り出してくる筈

此処が勝負どころ!!

「『X, Pemetration ZERO!(特殊型 貫徹鋭剣 零土式!)』」

宝石を投げる。宝石に刻まれた刻印が脈動し、宝石其の物が変質・肥大化する。カッティングされた美しい宝石が鋭い短剣の様な形へ変化する

そして、宝石が変形した剣は切先を向けて撃ち出される。弾丸の様に放たれた宝石の剣は躱されても命中しても変わらない。着弾か、目標にある程度接近すれば爆発し、マイナス50度の冷気の爆弾と凍結術式で凍死させる。そうでなくてもクラスター爆弾の様に飛び散る宝石の破片と氷の槍によって範囲内の敵をズタズタにする2段攻撃

この攻撃を躱しても防いでも、次の攻撃手段はまだ用意してある!

(神水流の魔術師相手に、やり過は無いーーー)

飛翔する宝石の剣を前に、セイバーのマスターとった行動は不動。魔術回路が封じられている筈、更に神経系や筋系までも機能を低下している筈なのに、焦る様子も無く取り出した小瓶を放り投げる

地面に割れた淡く光る霊薬。内包された魔力は魔術師2人分に高い魔力量ーーー

(魔術礼装ーーーでも、魔術回路は使えない!)

礼装を使う本人の魔術回路が使えない以上、大した礼装は使えないーーー

「これを、どう捌く?」

「っ!?」

聞こえて来た言葉に、思わず息を呑んだ

霊薬の水が、起き上がる様に形を取っていく。立ち昇る水の柱はやがて人形を取り、赫怒に嗤う般若の面が浮き上がる

「『水式口寄せ・破戒僧』」

「ーーーォォォォオォォォォオォォォォ」 

ーーー振り払われた薙刀が、宝石の剣を打ち砕いた

「なんだよ、アレ……」

彼等の目前に立ち塞がる巨大な水の人形。波打つ水が形造る般若の相貌をした巨大な僧兵。3m近い体躯を誇り身の丈程の薙刀を振るう姿は、人の形をしていながら異形という他は無かった

「ーーー水式口寄せ!神水流の十八番!」

不味い。アレだけの魔術、普通に考えて魔術回路を使わずに行使するなんて出来るはずがない。まさかーーー

「あの礼装……!」

魔術回路に依らず魔術を発動させる自立型魔術礼装。そんなモノを持っていたなんて。抜け目がない、と言うよりどんな用意周到さなの……

「ォォォオォォォォオォォォォ」

身の丈にして3mはあるだろう巨体の般若面の破戒僧が薙刀を大振りに振り下ろす

水の薙刀と侮れば最後、内側で渦巻く魔力の激流で破砕機宜しく人体なぞバラバラになるに違いない

「美作!!」

「ッバカ!」

振り下ろされる薙刀を何とか避ける2人。一重に狙われた美作だが、彼女は魔術回路を封じた筈の神水流の魔術師が強力な魔術を発動した事に意識を持っていかれ、反応が遅れたものの、一瞬速く動いた神永が美作の腕を引っ張る事で事なきを得た

振り下ろされた薙刀は地面を大きく抉り粉塵が舞う。ただの縦斬りの筈がまるで刃の形をした鑿岩機。薙刀を引き寄せ歌舞伎の見栄を切る様に構え直す破戒僧。サーヴァントには及ばないだろうが、それでも破格の戦力だろう。どうやって対処するーーー?

サーヴァントを呼び込む?ダメだ。相手のセイバーが強い。恐らく2対1の状況を崩せばやられるーーー!

「ォォォォ」

地面スレスレを払う様に振るわれる薙刀を後ろに跳躍して躱す。美作が礼装を使い、ウォーターカッターを発動させるものの、相手も水の塊。如何にダイヤモンドを寸断する威力でも、同じ水である以上、有効打は認めない

「赤変駆動・牡丹!」

神永もまた式神の基礎の一つ、人形に切り取った紙の形代を飛ばし、簡易的な爆弾として繰り出すが、薙刀が振るわれる度に切り払われてしまい有効な打撃には及ばない

「ーーーうおっ!?」

薄気味悪い唸り声を上げながら振るわれる薙刀を何とか回避する。だが、躱した所で反撃はどれも有効打になり得ない

恐らく、この破戒僧はこの反応速度で敵の攻撃を迎撃し、すぐさま反撃する反射運動を主軸とした自立型の魔術兵器ーーー!

恐らく魔術師では相当な大火力を用いなければ太刀打ちできない

どうする?令呪を使ってでもーーー否、何もかもが未知数の状況では下手な動きは命取りとなる

どううごくにしても兎も角、距離を取らなければならない。これ以上宝石を消費するのは避けたいが仕方ない

「ック、『Six. expーーー』」

「ーーー無駄よ」

美作の側を複数枚の形代が横切る。5枚の形代は風に吹かれる様な動きで薙刀を振りかぶる般若面の前に並び五芒星を描く

「ォォォォオォォォォオーーー」

再び振り下ろされる薙刀。しかし、鑿岩機の様に地面を抉る破壊力の薙刀は形代が生み出した星の壁に弾かれる

「あなたーーー」

「長くは保ちません。バーサーカーに宝具の準備を」

彼女の隣で形代を操り五芒星の壁を作り出したのは神永ーーー否。神永隼人にはまだこれ程の術式は扱えない

神永隼人の顔をしながらも、その雰囲気は彼のものでは無い。魔術的な意識の改変や自己暗示によるものとはまるで違う。人としての性質が反転したかの様なーーー

「ジュン、貴女ーーー」

「速く!この状況を突破するにはタイミングが全てです」

神永隼人。彼の内側にはもう1人の人格が存在する。中国から伝来した日本の魔術師思想の中には太極という概念がある。陰陽両儀を分ける太極図。両極の属性は八卦を生むとされ、八卦は即ちこの世の摂理であり、根源に通じるものとされた古えの密教において、人の人格形成が成される時期の子供に薬物と暗示を使い、男の子ならば女子の、女子には男の子の人格を生み出す事で、魔術回路の素養を二極化、より優秀な魔術回路と才能を生み出す儀式があった

神永隼人はその密教には関係はないが、偶然にも再来から同じ特性を有していた。人として陽に位置する隼人の人格に、陰に位置するジュンと名乗る女性人格

かつての聖杯戦争まで殆ど表に出ることもなく、戦いが終わっても相当な危険が隼人に訪れなければ出るつもりのなかった彼女がこうして表出した。その理由は言わずもがなだろう

彼女は魔術師としての才能の大部分を担い、彼が有する魔術回路の大部分が彼女のものとなっている。魔術師としての才能は、隼人とは比べるまでもない程に高く、かつての聖杯戦争にて彼女が表出した際は、キャスターの操る使い魔の絡繰り人形を自身の支配下に置くことが出来たほど

故に、神水流の魔術師が使役する水の破戒僧の攻撃を防ぐ事も訳はなかった。だが、逆に言えば、防ぐしか無かったわけで

ーーー支配権を奪えない

幾重にも張られたプロテクト。更に自律駆動しているかと思えば明らかに術者の操縦が必要な術形式に切り替わったり、暗号を織り交ぜて操作している部分も垣間見える

使い魔としての精度や完成度はかつてのキャスターの方が遥かに高い。だが、これは現代魔術師らしい発想で乗っ取られることのない様に工夫を凝らしていた

「これを奪うのは困難ね」

かと言って今の私が用意できる式神では、あの破戒僧には及ばないだろう。あの般若面。対魔術師用の使い魔にしてはあからさまに過剰戦力。ロードクラスともなれば話は変わるだろうが、それでもやはり魔術師では無くもっと違う何かを相手取ることを想定した様なーーー

(いえ、それよりも今は!)

「ちょっと!バーサーカーの宝具ってーーー」

「ライダーの宝具で戦況を変えます。隙は一瞬、それでバーサーカーの宝具でアレを破壊してください」

『ライダー、話は聞いていましたね?』

『ッーーーくっ、致し方ありません。主ーーー隼人の為ですから!』

『ありがとう』

予め念話を繋ぎ、やり取りをライダーに聞かせていた甲斐あって、彼女も協力してくれる様だ。後は、タイミングが全てーーー

「こっちはいつでも良いわ。タイミングは合わせるからさっさとやっちゃって!」

どうやら、美作さんの方も腹を括ったらしい。問題は宝具の真名解放で此方の情報が向こうに渡ってしまう点だ。あのセイバーとそのマスター。明らかに聖杯戦争を勝ち抜いたこちら側よりも一歩先を行くかのような立ち回りを見せている

此方の宝具にもすぐに対応してくるだろうし、真名も確実に見抜かれると思った方がいい

だがそれも、ここで仕留めて仕舞えば何も問題はない

(些か速いですが、勝負といきましょう)

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