千代の都に黄金の落葉・氷水絢爛

千代の都に黄金の落葉・氷水絢爛


三騎のサーヴァントに三人のマスター。対峙し膠着している中、それを破り真っ先に仕掛けたのはライダーである

太刀を抜き低く姿勢を落としたまま地面を滑空する様に迫る。その太刀を振るう対象はセイバーではなく、そのマスター

「御覚悟!」

「ーーーざっけんな!」

サーヴァントを倒せないなら、マスターを狙う。それは戦略としては正しいモノだが、いくらバーサーカーが加わったからと言って初手でマスター殺しに向かうとは流石日本人ナチュラルバーサーカー。セイバーが素早く阻止に動こうとするがバーサーカーがセイバーの前に立ち塞がる

「退け、バーサーカー!」

「悪いけど出来ねえな!」

セイバーの援護は望めないと判断、凌我は即座に魔術式を発動。身体に刻まれた魔術刻印によって詠唱を行わずに発動される魔術。単純な魔力障壁で、防御力にして小口径弾を防ぐので精一杯の防壁だが、それらを一瞬で5枚展開する

ライダーの狙いは首。曲がりなりにも武者の装いをしているライダーが御印ーーー対象首を狙うのは当然と言えば当然だが、こうもあからさまに狙って来られると一周回って笑ってしまう。いや、全く笑えない

ライダーの太刀筋は展開した5枚の防壁を次々と砕き、あっさり5枚全てを破壊して凌我の首を刎ねるべく風を斬り裂く。障壁を破壊した為に多少威力と速度が減退したものの、それでも人1人の首を刎ねるには十分過ぎる

「『逆巻く雨 景色を閉ざせ』!」

それでも、その一瞬が術式の発動を間に合わせた凌我の発動した魔術式は彼の足元から勢いよく水が噴き出し、スクリーンの様に水の壁が完成し、飛沫が上がる水の流れが凌我の姿を隠す

だが、その程度でライダーは怯みもせず惑も無い。迷う事なく太刀を水の壁へ沈ませる。太刀は水の壁を切り裂き、激しい飛沫となって地面に撒き散らされる

だがーーー

「ちぃっ!」

ライダーは舌打ちした。振り抜かれた太刀に掛かる抵抗は流れる水の圧力によるモノ。そしてそれは慣れ親しんだ人の肉や骨を断ち切る感覚とは似ても似つかない。つまりライダーの攻撃は空振りに終わり、狙った獲物は健在と言うこと

噴き出す水の壁が鎮まると共に姿を現した凌我。彼は姿勢を低くしてライダーの斬撃を躱していた

「ーーーおのれ!」

初太刀を何とか躱したが、こんなモノ初見でなければ通用しないびっくり芸でしか無い。次は効かないだろう

何が「おのれ」だ。いきなりセイバーを差し置いてマスター狙いに来るとかどんな思考回路してやがる。以前ランサーの奇襲を受けて、対策に緊急展開できる術式を組んでたが、もし間に合わなかったらそのまま終わっていたぞ畜生

だが、一発芸であれなんであれ、どうにかこうにか初撃を凌いだ時点で俺の勝ちだ

その一瞬を躱せれば、セイバーの援護が間に合うのだから

「ーーー何!?」

ライダーは背後から迫る灼熱の空気に、考えるより先に身体が動いた。太刀を下から上に切り上げる様に振り抜き、赤く光を放つ魔剣を受け流す。セイバーかーーーと思ったが、ライダーが受け止めた剣撃の向こうにセイバーの姿は無い。当のセイバーは2本の短剣を持ってバーサーカーと切り結んでいる

(何と出鱈目な男ーーー!)

ライダーは自分の事を棚に上げてセイバーをそう評した。投擲か蹴り出したのか、どの様な手段を用いたのか判らないが、セイバーが此方へ撃ち込んだ紅の剣の威力は重く、鋭く、とても飛ばした様な武器の破壊力では無い

矢弾程度なら簡単に弾き飛ばした反撃ひ移るが、この剣は余りに破壊力が強く力の流れを僅かに変える程度にしかできなかった

しかも、剣を太刀で受け流す僅かの間にも関わらず、籠手の下の腕や頬が僅かに火傷を負ってしまう。一瞬の接触だったのにも関わらずこれ程の熱を叩きつけてくるとは、まるで太陽を思わせる

よく見れば、バーサーカーの方も腕や胸に僅かな焼痕が見えた。あの剛力武者でもセイバーの相手は苦しいだろうか。以前のジークフリートとの戦いでも2騎掛かりで劣勢だったのだから然もありなん、と言うべきか

そして、今のセイバーからの攻撃を躱した隙にセイバーのマスターはとうに此方から離れてしまっている。こうなっては大人しくバーサーカーと協働してセイバーを討ちに行くほかあるまい

(この対応力……)

マスターである自身が狙われた時も、その前のバーサーカー達の奇襲の時も、不意を打たれた筈なのに、あまりにも対応が速い。武芸者である自分達は兎も角、この時代の人間にしては余りにも場慣れしている様に見える。少なくとも、聖杯戦争に着いて自分やバーサーカーのマスター達よりも一歩先んじている様に見えた

(マスター…無理はしないでください)

この後の展開を予測しながら、ライダーは空中を鋭角に飛翔して戻っていく魔剣を手にしたセイバーへバーサーカーの攻撃の間を縫う様に駆け出した


ライダーの攻撃を凌ぎ切った凌我はすぐさまライダーから距離を置き、呼吸を整える。いきなりの攻撃には流石に肝が冷えた

後はセイバーにライダーの対応を任せよう。セイバーも既に気が付いているだろうがあのライダー……隙さえあれば最短で勝ちを奪りに行くタイプだ。格好からして日本の武者、武士の類かと思ったが、所謂戦国時代の武士では無く、太刀を武器にしている点からも鎌倉時代かそれ以前の武者なのだろう

霊格の高さに加えて平安、若しくは源平武者辺りとなれば……真名は大分絞れた来たが、まだ断定には一歩足りないーーー

「ーーーっと、こっちが先か」

バーサーカーとライダーを同時に相手取る以上はセイバーにも余裕は少ない。手札を晒すとはいかないものの、今見せられる札で全力の戦闘を繰り広げている

後は……

「どうした?仕掛けてこないのか?」


ライダーの奇襲を凌ぎ切ったセイバーのマスターが、ゆっくりと此方へ顔を向ける。ライダーの奇襲に対してはかなり焦った様子を見せたが、すぐに落ち着いた様子に戻っていた

「まさかライダーの攻撃を躱して来るなんてね」

「場慣れしてるにも程があるだろ……」

あからさまな挑発。セイバーのマスターは魔術回路の回転率を上げていっている。何時でも魔術戦が出来ると言うのをまざまざと見せつける様に敢えて分かりやすく魔力を精製している

「どうした?仕掛けてこないのか?」

「……いい度胸じゃ無い」

と、挑発とわかって軽く受け流せない人が一名

「あの……美作さん?」

「今の魔術で思い出したわ……貴方、神水流家の魔術師ね!?」

美作は何か得心があった様に頷きながら、その中で沸々と煮えたぎる様な熱を感じさせる勢いで懐からかなりなら大きさのサファイアが嵌め込まれた指輪を取り出して指に嵌る

「そうだーーーと言ったら?」

セイバーのマスターは美作の発言に一瞬、呆気に取られた様な表情を見せ、直ぐに挑発的な笑みを浮かべ、右の掌に水の渦を形成し始める。その様子は魔術師として自他共に認める未熟の身である神永隼人も分かる程に精巧な細工の様に作り上げられていくのが分かった

「上等……!」

美作は何が思う所……では済まなさそうな対抗心をむき出しにして魔術回路を一気にトップギアへと引き上げた

「torrent. Cutting!!(激流、切断!!)」

指輪に嵌められたサファイアが光を放ち、凄まじい勢いで水が噴射される。魔力を内包した水はまるで刃物の様に放射線を描く事なく真っ直ぐ、セイバーのマスターへと迫る

これは宝石魔術に加え、彼女自身の魔術属性である水、更に自身の体を触媒に物理現象を発生させる呪術の複合により発動したもの。自身の血を触媒に多量の水を生成、魔術で思考性を持たせた上で高い圧力を掛けて噴射する。それによりまるでレーザービームの様に放出される水は謂わばダイヤモンドカッターと同じ要領で物理的な対物破壊能力を備えた水の刃と化す。元が炭素結晶構造体のダイヤモンドを切断、加工する為のウォーターカッターだ。掠っただけでも生物の肉を削り、まともに喰らえばアッサリと削り斬られてしまうだろう

下手な防壁は削り貫く。例え躱したとしてもそこから躱した方向に振って仕舞えば簡単に人体解体ショーの始まりだ

様子見なしの一撃。余りに殺意に満ちた魔術を繰り出す美作に若干引きつつ、隼人も数少ない礼装である人型を模した紙ーーー自身が使える式神となる形代を取り出す

厚さ20mmクラスの鉄板すらも容易に貫通、切断しうる破壊力の水流を前に、セイバーのマスターは不敵に笑い、水の渦を形成する右手を前に突き出した

「『氾濫の川/水底の虚』ーーー」

それは不可解な魔術詠唱。全く異なる2つの言霊が重なって鼓膜を揺らし、別々の術式がほぼ同時に成立していく

「『地を削げ/誘い呑込め』」

そして重なる詠唱と共に発動する全く違う二つの魔術。彼の掌に渦巻く水は二つに分かれ方や生きているかの様に肥大化しまるで嵐の日に氾濫する川の様な荒れ狂い唸る激流となって繰り出され、方や、透明な筈なのに底の見えない暗い水底の如き水の壁を作り上げる

「良い術だ。だがもっと精細に組み立てて見せろ!」

美作の繰り出した水圧カッターの如き水流は、暗い水の壁に突き刺さるーーーだが、貫かない

「っ!」

美作はすぐさま把握した。あの壁は水底ーーーでは無く深い湖が見せる暗さの具象。魔術を呪いを呑み込む虚である。呪いの類や同じ水を操る魔術では、恐らく許容量を上回る魔力量で圧壊させるか、より精度の高い術式で貫徹させるしかあれを突破するのは難しい

そして、もう一つ。まるで生きているかの様に唸りながら迫る渦巻く激流。地面や建物の壁を掠める度にその部分が綺麗に抉られている。初めて見る魔術だが、これは基本となるものは美作が放った水圧カッターのそれとほぼ同じ。強い圧力を加えられた水が螺旋を描く一本の水流となっている。違いは美作の繰り出した魔術はカッターの様に綺麗に直線に圧力を掛けることで高い切れ味を生み出して、操作や制御も容易にしている点

対して此方は圧力をかけた水を螺旋状に回転させる事でドリルの様な構造を持たせている。そしてその為か制御が難しく真っ直ぐなら飛ばすことが出来ずにこうして生き物の様に不規則な軌道を描いてていると言う所だろうが敢えて制御せずに不規則な攻撃を行なっている可能性もある

しかし、相当な圧力が掛かった水を勢いを殺さずに曲線を描かせる……そんな事を成立させる魔術式は精密かつ制御にも相当な集中力が必要な筈

それをしかも、他の魔術式とほぼ同じタイミングで、連続して繰り出してくる……人間技と思えない該当をやってのけた相手に美作も隼人も驚きを隠せないのは当然であろう

「何をどうしたら違う魔術をほぼ同時に発動させられるのよ!?」

「美作で分からないものを俺が理解できるか!」

「ああもう!Third. Frozen!(3番、凍結なさい!)」

もう一度宝石を投げる。込められた魔力が詠唱によって弾け、同時に激流の螺旋を包む。触れた箇所から削り落とされるーーーそんな破壊力を秘めた水のドリルは美作の放った術に触れた瞬間、先端から根元にかけて、躍動する蛇の様なフォルムを維持した状態で凍りついて行く

表面だけでは無く、正に芯まで凍り付くとはこの事だろう。螺旋を描く激しさをそのまま留めた様に完全停止する激流は、もう動くことは無い 

「良いねぇ!だがーーー」

その程度で神水流の魔術は止まらない。この日本に於いて、水を操らせれば右に出る者は居ない。魔術師としてはまだまだ歴史の浅い新参者であるが、呪術師としてならばその倍以上、技と知見を積み重ねた大家なのだから

「『氷瀑であろうとも、鯉登り転身せん』!」

凍り付いた水の螺旋は、バキバキと音を立ててヒビ割れる。至る所からヒビが入り、すぐにでも砕け散らんと粉氷を撒き散らす

「今度は何をーーー」

「決まってるでしょ!?手榴弾みたいに飛散させる気よ!」

美作はすぐに礼装を掲げ、水のドームを形成させる。水は循環を指し、地より天へ、天より地へと象る半球の防壁を作るのに相性が良い。更に言えば、見えないだけで地下の水分を操作して地面に対してもドームを作ることで地面を境に天上と地下を繋ぐ完全球体、即ち円環を形成する事でより強力な防壁となる

古来、水は地下より生まれ天へと登り、雨となって再び地下へ還る物とされた。現代でも常識的な昇華と凝華の関係であるが、古き人はそこに神秘を見出した。そしてその力は現代に於いても数少ない強く残る信仰の対象でもある

「これでーーー」

「良い術だが、読み違えたな」

地を境に空と地下を巡る循環の象徴の防御。確かに強固な守りとしてそれは具現する。魔術師の力量と魔力次第では簡易儀式を要する大魔術すらも防ぐ事が可能。そればかりが、氷を爆ぜさせ破片を撒き散らすクラスター爆弾紛いの攻撃ならば防ぐどころか倍にして跳ね返す事すらも出来るだろう

しかし、神水流の魔術ーーーその神髄はその程度では無い

ヒビ割れる氷。そのまま砕かれるかと思われたそれは、今度はメキメキと音を立てながら破壊とは真逆の変生を始めた

唸る氷、至る所に入ったヒビから今度は無数の小さい氷の棘が飛び出し、更に棘は割れながらその形を変えて行くーーーそれは荒々しくノミで掘られた細工の様に、鱗を持つ氷の大蛇へ変貌を遂げた

「ーーーっ!?」

「循環の象徴ならば、不死の象徴で破壊する!」

透き通る様な氷で創られた大蛇は、蛇腹の絡繰のような角張った動きで水の壁に牙を突き立てるーーー

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