千代の都に黄金の落葉・氷水炎雷

千代の都に黄金の落葉・氷水炎雷


水壁へ氷蛇の牙が突き立てられる。生命の循環を象徴する水壁を侵す魔力。蛇は神話に於いて不死の象徴であり、生と死を巡る円環を描く術に対して不死は循環を破壊する

更に水は圧力や速度次第で凄まじい破壊力を発揮する。防壁自体も見えづらい物の円環の様に回り続けており多少の物理干渉は巡る水の圧力で潰すたろう

しかし、対する氷は属性として水よりも硬度の点で勝る。更に循環に対応した停滞を意味する不死の蛇。突き立てられた氷の牙は水の防壁の力で多少削り取られた物の、水膜を突き破りドームに食い付いている

更に、突き立てられた牙を起点に徐々に防壁を形造る水が凍結を始めていた

「同系統の術なら俺に分があるさ!」

「くぅっーーー!」

美作は壁を突破されない為に更に魔力を込めるが、氷蛇の力は留まらず水壁を侵食する氷の勢いは留まらない

魔術師としての素質、魔術回路の量と質という点では、美作穂乃果は神水流凌我のそれに劣っていない。寧ろ瞬間的な出力で言えば魔術特性もあって上回っているだろう

しかし、それでも実際に魔術戦に於いて、2人の間には少なからず差が生じている。水の壁に対して氷の蛇の魔力量は美作の魔術が上回っている物の、行使されている魔術としての精度という点で言えば、凌我の魔術が上回る。これは凌我の技量もあるが、魔術回路自体が精密な魔力操作に長けた性質を持っているのもあった

水の壁を侵食する氷結の速度は変わらない。魔術師として魔術の支配権を完全に奪われてしまった

同じ属性を持ち、呪術を交えた魔術式を駆使した複雑な術式をこうも容易く駆使されてしまっては宝石魔術を基礎にする美作の魔術は瞬間的な威力は得手ではあるが断続性の領域争いは苦手分野となってしまう

それもあって完全に不利な態勢に追い込まれてしまった。神水流家、水を操る魔術にかけてはこの日本で最も優れた魔術家系で、遡れば美作とも繋がりが多少なりともあるーーーそこの魔術師に対抗心を燃やしたは良いが、向こうの方がこの場は一枚上手であった

「ーーーっ」

もう水の壁は保たない。間も無く全てが氷蛇に侵され粉々に砕け散る。その時のために既に宝石を袖に仕込んで対抗策は用意してある物の、あの神水流の男に一撃入れるためにはどうしても手が足りないーーー

「『狂言ーーー』」

視界の隅を横切る2枚の紙。人形に形どられた、所謂形代と呼ばれる紙は風に乗った様に結界を今まさに噛み砕く蛇の前に飛んでいく

そして、形代はひとりでに青い焔を灯し、氷の蛇がそれを呑み込むとーーー

「『ーーー連燐狐火!!』」

氷の蛇の、目に当たる部分から青い焔が吹き出し、そればかりか連鎖する様にひび割れ、蛇腹を形成する隙間から次々と青い焔が噴出していく

「へぇーーー」

凌我は感心した様に崩壊を始める術式を見る。恐らく、形代に髪か血かを編み込み、それを触媒に燐火を発生させて連鎖的に燃やす術式。簡単な物だが、陰陽道に通じる物だ

神永ーーー陰陽道関係では覚えがないが、土御門を筆頭に絶えた家系含めてかなりの数が枝分かれした以上そういう事もあるだろう

「よし!」

「ナイス神永クン!」

苦しむ様にのたうちまわり、砂の様に崩れ落ちる氷蛇。その奥でガラスの様にキラキラと光りながら花吹雪の様に水壁の破片が舞っている。そしてその更に向こう、眩く鋭い魔力を加速させ、サファイアを手に掲げるバーサーカーのマスターが術式を起動した

「『ーーーFirst, Cold flare, Extra Driveーーー(1番、冷たく燃え 更なる加速をーーー)』」

宝石の内側に秘められたるカタチを引き出す。冷たい炎、連なるは一撃に込めた祈り。宝石の内側に特別な加工技術で刻まれた刻印が浮き上がり、常なる宝石魔術とは根底が異なる、寧ろ錬金魔術にも似た工程を経て宝石そのものの形が変化していくーーー

パキパキと音を立てて変質したサファイアは角ばったエメラルドカットから丸みを帯びたロケットの様な形状へと変化する

「『ーーーIgnition!(ーーー点火!)』」

弾ける様に魔力が閃き、射出されたサファイアのロケット弾。そして、撃ち出された魔力は内部で爆縮を始めている

更に礼装を使い水を針の様に鋭く、雨の様に連続で発射し、牽制する

「これはーーー」

凌我は手を翳して水の障壁生み出す。障壁は3枚並べられ其々が逆向きの渦を巻く

牽制に撃ち出された水の針は全て防ぎ切る。そして残るサファイアはーーー

「『水戯び 水切り』」

盾を展開した右手とは反対の左手、指先から滴る水滴。そして滴る水を切る様に手を振る。指から放たれた人差し指分の量の水がサファイアへ向けて撃ち出された。飛翔する水は凄まじい速さを以ってサファイアとすれ違う様に交差する

そして、飛翔するサファイアは交差した水によって両断された

「な!?」

凌我の手で撃ち出された水は先に美作の放った魔術と原理は同じ。水圧カッターの様に圧力をかけて水を発射、人差し指サイズの量の水だが、その切れ味は宝石を容易く切断する威力で弾丸と同じ様に翔び、美作の頬を掠める。だがーーー

両断されたサファイアが強い煌めきを帯び、弾ける様に魔力が拡散する。拡散した魔力は雪の様に広がり、凌我の周辺を覆う

「……これは」

その雪の効果を直ぐに理解した凌我。魔術回路の動きが、鈍い

「成程。雪の持つ凍結と停滞の側面を利用した呪詛と言うことか」

魔力の雪に触れた物は停滞の属性によってまずは神経系、次いで筋系、血管系と動きを鈍らせている。そして魔術回路まで稼働を鈍らせて魔力生成を阻害し始めている。宝石魔術と錬金術の応用に加えて古い呪いーーー五行法に通じる物がある

これは確かに有効だ。魔術回路なら動きを阻害されて仕舞えばこれ迄の様な魔術を行使するのは出来なくなる

時計塔のロードならばいざ知らず、俺やそこらの魔術師の多くには有効な物だ

「解除の隙は与えない!このままーーー」

「ーーー悪いな」

コートの懐から淡く光る液体に霊薬に満たされた筒を取り出す。何処に監視の眼が在るか分からない以上、下手に手札を切るのは下策だと思っていたが、ライダーとバーサーカーのマスター。あの2人は全力で挑まなくてはならないかもしれない。少なくとも、此方の手札を一つも切らずに勝てる相手では無い

「『水面に浮かべ 汝溺れる者なれば』」


魔剣を受け止める度に、焼けるような輻射熱が身体を襲う。魔剣と太刀、鉞がぶつかる度に痺れる様な衝撃と灼熱が肌をジリジリと焦がす

魔力を熱として放射しながら縦横に振るわれる魔剣は風切り音一つとっても最早鉞や太刀。金属製の武器の物とはまるで違う、大気そのものと焼き焦がす様な鈍い音が聞こえる度に身体の何処かに熱を感じる

ライダーは最前線をバーサーカーに任せて一度距離を置き建物の壁面を駆け上がる

「オラァ!!」

「ムンッ!」

バーサーカーが力強く振り下ろす鉞を弾く真紅の魔剣。返す刃で薙ぎ払われる剣を柄で受け止める。上に弾かれた鉞は再び振り下ろすには遅く、強引に筋力任せで手元に引き戻した柄で受け止めた事で握りしめる両手でが灼熱の魔剣に晒される。鉞自体はこの程度の熱で如何にかなる物では無い。だが、生身の手はどうしようも無く灼熱を襲う

「ぐぅぅッ……!ライダー!」

「貰いました!」

肉体が焼ける様な痛みに耐え、稼ぐ数秒。それだけの時間があれば、ライダーには十分。既に建物の壁面を駆け上がり塀瓦の上を駆け抜けらセイバーの頭上を取ったライダーは太刀を構えて颶風の様に突撃する

「覚悟!」

ライダーの太刀は迷う事なくセイバーの首筋を狙い放たれる

速攻速断。セイバーは怪物だが、どんな生き物、魔物であっても生き物で在る以上、首を斬れば死ぬ。生前より繰り返してきた事実にして真理。そして世界が変わっても神話が変わっても、それだけは変わらない真実なのだから

「ーーーフゥン」

だが、セイバーは読んでいた。ライダーの攻撃はバーサーカーと対峙するセイバーの死角に回り込む様に斬りかかってきたが、セイバーは肩の武装でしっかりと受け止める

閃く太刀と肩当てのブレードがぶつかり火花が散る

「くっーーー」

なんと言う男なのか。この戦いが始まってから幾度となく仕掛けた攻撃が悉く読まれている。バーサーカーに匹敵する膂力に加え二体一と言う状況でも決して引けを取らない絶技にも等しい武技。そして自身の不意打ち奇襲を読んでくるばかりかーーー

「ーーー甘い」

太刀を受け止められ、一瞬怯んだライダーへ捩じ込まれる蹴りの一撃。鋭い槍の如き回し蹴りを咄嗟に片腕で防ぐが、セイバーの膂力の前に空中のライダーは吹き飛ばされるのみ

「ッアア!」

「ライダー!!」

ライダーが吹き飛ばされるのを見て思わず視線が一瞬ライダーへと移るバーサーカー

「他所見をする余裕は無いぞバーサーカー」

セイバーはさらに腰の短剣ーーーフロッティを引き抜き、同時に振り抜く

「ッッーーー!」

セイバーの動きに咄嗟に後ろに跳ぶバーサーカー。しかし、セイバーの攻撃を躱し切れず、胸板に浅い切り傷を残す

「そこだ!」

更にセイバーからの追撃が飛ぶ

魔剣を上に放り投げて腰の短剣を次々と抜いてバーサーカーとライダーに撃ち出す。弾丸の様に発射された短剣をライダーは躱し、バーサーカーは薙ぎ払う鉞の風圧で短剣を吹き飛ばす

「ーーーっ」

セイバーはそのままバーサーカーへ魔剣を蹴り込み、その勢いのままライダーへと吶喊する。ライダーに弾かれ中空を回転する2本の短剣を掴み取りライターへと斬りかかる

「セイバー!」

セイバーの攻撃を捌くライダー。幾ら短剣とは言えどもセイバーの膂力で繰り出される連撃の一閃一閃は重く、受け方を誤ればそれだけで太刀諸共圧し斬られてしまうだろうと、容易に想像がついた。更にセイバーもまたライダーが壁を駆けようとすればそれに倣いセイバーもまた壁面を跳躍する様に駆ける。羽のやうに軽やかに、自由に奔るライダーのそれとは違い、鍛えられた筋力と技巧により実現した直線的な動きだがその分最短でライダーへと喰らい付く

「ムンッ!」

「おのれーーー!」 

ただでさえ膂力では圧倒的にセイバーに分がある上に機動力による撹乱は通用せず、こうして短剣に持ち替え一撃毎の威力が低下した多分手数が増えて結果として防戦になってしまっている。この状況を打開する術は、やはり一つしかない


バーサーカーは迫る灼熱の気配に身構える。セイバーがライダーは駆け出したのを見て、自身もライダーに加勢せねばと思った瞬間、凄まじい魔力の渦が迫って来たのだ

「オッ、ラアアアアア!!」

飛翔して来たのはセイバーの得物。宝具と思しき真紅の魔剣。セイバーの膂力で撃ち込まれた魔剣は、それだけでなくセイバー自身が魔剣の魔力放射の方向性をある程度操作できるのか、魔剣から放たれる灼熱の魔力の一部がジェット噴射の様に放出され加速しながらバーサーカーを襲う

対するバーサーカーは鉞を肩に担ぐ様に構える。鉞に取り付けられたカートリッジ、込められた魔力は残り4発分。

魔剣を迎撃する為、カートリッジのトリガーを引く。込められた魔力が黄金の雷鳴を呼び起こし、刃を伝達し迸る

まともに受け止めれば灼熱の魔力に焼き尽くされかねない。しかし、己にはライダーの様に受け流す技量は無い。全て正面から迎え撃つのみーーー!

「吼えろ!『黄金喰い!!』」

地面を焦がしながら迫る魔剣に対し、打ち下ろされる雷鳴。解き放たれる黄金の魔力が稲妻となって太陽の如き魔剣を迎え撃つ

全力で叩き込まれた雷霆一閃。真紅の光芒とぶつかり合う。鉞と魔剣の魔力が渦を巻きバーサーカーの立つ地面を砕き溶かす。全力で振り下ろした一撃にも関わらず魔剣の勢いは拮抗している。寧ろ僅かでも気を抜けば魔剣の圧力に押されてしまいそうになるが、こんな物は生前、嫌と言う程に味わって来た

「ッッオオオオオオオ!!」

ぶつかりあう魔剣に対して、片足を乗せる。スキル「怪力」の恩恵を受ければこそ、瞬間的にはその膂力は人の領域を超えてみせようぞ!

「ハッケッ、ヨオオゥウイ!!!」

踏みつける様に足の力を上乗せして叩き込む雷霆撃震。正しく天より落ちた雷光の如し一撃は宝具の真名解放では無いものの魔剣の一撃を見事に跳ね返す

「グッ……!」

地面が抉られる様に割れて周囲の建物の塀にまで破壊と鎔解の痕が刻まれる程の魔力が吹き荒れた結果だろう

そして、バーサーカーも無理をした一撃で腕に深い火傷が残され、痛みに顔を歪ませる

しかし、このおかげで宝具の真名を明かさずに済んだ。バーサーカーの宝具は強力な分周囲へのダメージも相当に多い。マスターから「周囲には迷惑をかけない様に!」とキツく言い含められていたが、セイバーの力は想像を超えていた

この程度で済んだのだから多めに見て欲しい物だーーー

「バーサーカー!!」

「!」

夜の闇、セイバーを挟んで声を張り上げるライダー。セイバーと切り結ぶ最中に届いた声。そして同時にライダーを中心に高まる魔力。これまでの物とはまるで異なる急激な高まりと激変する雰囲気

ーーー宝具か

セイバーは即座に悟った。ライダーの宝具、一体どの様な物かは判らないが、この局面で使うと言うことは、必殺の覚悟で放たれる筈だ

『マスター』

英霊の象徴である宝具。その力の程を侮る訳には行かない。現状は此方が有利を維持しているが一撃でこの戦況を覆すーーーそれが宝具と言う物だ

万全を期して己のマスターに許可を求める。手札を一つ切る許可を


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