匣の中

匣の中


ぐだデイ。ぐだの性別はどっちでもいいです。

プレゼントボックス…作中描写だとなんなんでしょうね。倉庫みたいなものってことにしました。




 藤丸立香が南極にいた時から通称プレゼントボックスと名付けられた資材の一時保管所は満員寸前の運用がされていた。それはただ藤丸立香が普通の高校生で、ありふれた欠点として片づけが苦手だからそうなったに過ぎない。

 四つの亜種特異点を踏破した後はさすがに使い切ったが、それはもうどれだけ前のことだろうか。ストームボーダー内のプレゼントボックスはかつてのようにギチギチと物が詰め込まれている。

 藤丸は蓋、扉を開けた。すやすやと眠る愛らしいをしただけの"獣"が眠り、手の平が掲げる種火が室内灯に輝きを持つ。そうした資源の間を横切り、五人の青年の前へと来た。

 デイビット・ゼム・ヴォイド。

 端的に、藤丸立香がなにも知り得ぬヒト型のもの。その写し、概念礼装、なぜだが生前の姿とおおよその人格を持った彼が五人に分かれてそこにいる。

 藤丸は保管したままの"概念礼装"どもを見て、何をするでもなくほほえんだ。コレクションに対するような、穏やかな顔だ。デイビットの内の一人が口を開く。


「オレを、オレの姿を描いた概念礼装を使用しないなら複数枚の交換は資源の無駄だ。忌憚なく活用するといい」

「そうかもね。……六月の日本は梅雨、雨季なんだ」


 青年の忠告を聞いたかそうでないのか、藤丸は不意に自分の話をする。雨が降りだす前の匂い、不規則な音、途端に込み合う最寄り駅までのバス道、魔術と何ら関りのない子供らしい不満。

 些細な物事だ。些細であるから焼き尽くされ、白紙化されたきり藤丸の世界に戻っていない、無為なものものだ。


「……そういった話は。マシュ・キリエライトに話すほうが有益だろう」

「そうかもね。マシュにも話したことはあるよ」

「そうか」


 さめざめと、ドーナッツの穴みたいに漫然とした輪郭で五人のデイビットが藤丸を見る。

 五人のデイビットがばらばらのタイミングで瞬きをした。そうしてその中の一人、一番手前にいて一番はじめに交換されたデイビットが口を開く。いっぺんに話しても仕方がないとデイビット同士で決めたことだ。存在として個体差が存在しないのだ、誰が話しても同じことだ。そうと、デイビットは思っている。


「ならば藤丸立香」

「また来るね」


 手前から二番目のデイビットが瞬きし、一番奥のデイビットが寝息を立てる種火の明滅から目を離した。別れの挨拶は五人がそれぞれ、ばらばらのタイミングで口にする。応対は一人で足りるが挨拶、ヒトの基礎コミュニケートは個々で行っても問題ない。

 挨拶の言葉そのものの聞き取りが不明瞭でも行ったということが趣旨だ。圧縮された生と認識の中でデイビットは必要だけ取り出し、そうと決めた。他者のために言語化した"覚え"のない認識が生前のまま横たわる。

 藤丸立香が立ち去ると自動で照明が落とされる。静寂の中、置くから二番目と真ん中のデイビットの視線が合った、ああして無為に訪れる勝者について何か思うような、そうではないような。どうとしてもデイビット達は敗北し、ここにあるのは例えば床に残されたシミのようなもの。自発的に外へ出られない点で、サーヴァントより地縛霊に近しいだろう。

 漂白の気配はないが藤丸立香のいない間の時間の認識と記憶は漫然としていて、故にまた藤丸立香が来ても有効な対応を取れずにいる。六月も半ば、白紙の地球では意味の小さなカレンダーが進み続ける。

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