北海鳴らず③

北海鳴らず③


閲覧注意

《お品書き》

CP注意

過去捏造

曇らせ

流血表現

幻覚

自殺行為など

エミュが下手

キャラ崩壊

その他色々許せる人

どうぞ↓↓


前書き

アプ→ホ🥗主軸でキドホ🥗キラホ🥗ドレホ🥗要素ありです。今回、後半でがっつりドレホ🥗入ります。ホーキンス側からの矢印はありませんが、最低限、同盟関係としての信頼はあったものとして、ご了承ください。それと、今回めっちゃ長いです。

①→②→③→「狂騒の海」→③の順で見ると③の視点が変わります、是非試してください。狂騒の方はグロたくさんですが、アプーが如何にしてこうなったかがわかります。


ここのSSを勝手ながらご拝借していますが若干の改変があります🙏また、SSはこれが初めてですので駄文になります、お目汚ししましたらすみません....



 おれは知っている。“たられば”を考えたところで現実は変わらない。おれはずっと現実を見ていた。たとえ誰に間違いだと言われようと、進むしかなかった。あの日の選択を何度繰り返せたとしても、おれは、おれである限り同じ選択で歩き続ける。全てから嫌われても構わない、おれは生きる為、ただそれだけのために道を進んでいる。疲れた、苦しい、辛い、独りは嫌だ……そんな思いは防音室の中に閉じ込める。おれは進む。あの時、ホーキンスがこぼした一言、

「ごめんね」

これでおれの命運は決まった。おれが「元凶」だ。誰が何と言おうと、おれが心の底から愛してやまない女性が「違う」と言おうとも、おれはそうやって生きる……生きなければいけない。死にたい、殺してくれ、そんなつまらない考え、何度も巡らせた。だが、もう捨てた……おれは決めたんだ。命ある限り、おれはこの舞台で、歪んだ音を奏で続ける。和を乱し続ける。

 鬼ヶ島の中を、痛む傷を押しながらどうにか歩いていた……全く、ひでぇなこりゃ……でも生きているから儲けモンってやつだ……息を吐く。不意に浮かぶ顔……ホーキンス……麦わらがカイドウを打ち倒した今、百獣海賊団の者共がどうなっているのかサッパリだ。

 モノクロの世界を歩く。色褪せて、色褪せて、色褪せて、最初からこの色だった気さえする。

「五月蝿え……なんかに……」

キッドの声、か……。同盟にいた時、いつも足が重かった。コイツらと会うのが、億劫で仕方なかった。今も、コイツの声を判別してから足が重い。だが、理由が違った。あの時は面倒なだけだった。今のおれの足を引き摺っているのは、いつから持ったんだか、くだらねえ「罪悪感」って代物だ……。何度殴ってくれてもいいからよ……ホーキンスだけは頼む。おれにアイツを救う資格なんて、ねえんだ。お前とキラーにしか出来ないことだ。

「アッパッパ〜!!どうしたァ!!辛気臭ェ面しやがって!!」

重い空間、嫌な予感はしていた。キッド、ドレーク、キラーがいた。キラーが出血……して……おれは目を疑う。アイツ……アイツだ、キラーじゃない……だらんと力なくぶら下がった美しい金髪にへばりつく赤い血……キラーの腕に抱かれて……眠っている……ホーキンスだ。おれの心でどうにか保っていた理性が音を立てて崩れ始めた瞬間だった。

「アプー……テメェェェェェェ!!!」

憎悪と憤怒に満ちた顔が見える、刹那、おれの顔面は金属に殴り飛ばされた。

「げぇ……っ!!」

痛みに悶える間もなく、何度も何度も殴打される。

「ざっけんじゃねえ……テメェの……テメェのせいで……!!テメェのせいで!!!全部ッ全部……テメェのせいだァァァァァ!!!!」

……理解した、が、おれの脳は何も受けつけなかった。こんな終わり方があってたまるか……ふざけてるのはテメーらだろうが……!!

「いい加減にしろやァ!!!!」

怒りだけがおれの頭を占める。血管が切れそうなくらいに叫ぶおれを見て、キッドも流石に驚き、手を止めた。

「ハァ……ハァ……いてぇんだよ……怪我人に優しくねえ奴だな……戦いは、終わっただろうがぁ……!!」

「終わってねぇ!!おれが、元凶のテメェをぶっ殺すまで絶対にだ!!」

「……アッパッパ!!元凶??なんのことだぁ??」

またも殴られる。

「気づくべきだった……テメェがカイドウの情報屋だってことに!!気づいていたらおれ達はさっさとテメェなんかぶっ殺してた!!テメェさえいなけりゃ……キラーがホーキンスを殺すなんて、有り得なかったんだよ!!!」

キラーが……ホーキンスを……殺す?おれの口角は引き攣った。あまりの荒唐無稽なお話だ、笑ってやりたくて仕方がない。これも……おれが招いた結果か……あ……ダメだ……今まで、抑えられてたのに……やっとこの感情から解放されたってのに……いや……もう、良い。

「ドレーク、ホーキンスを頼む」

キラーの声が聴こえる。

「あいつを……ズタズタに斬り刻まねえと……おれも気が済まねェ!!」

「アッパッパッパ〜!!!!気が済まねえならなぁ!!やってみやがれ!!!」

そうだ……殺してくれ、おれを……。

「アプー!」

ドレークが叫ぶ。

「お前は何も言うな!黙っていろ!!」

黙るものか。もう、どうでもいいんだよ……何もかも。なあお前、分かってるだろ、おれの今の望みが何か……最後くらい望み通りにしてほしいんだよ、なあ、お願いだよ……。

「ドレーク!何故止める!」

向かおうとするキラーをドレークは必死に抑えている……おれはお前を見捨てたじゃねえか、何でいつまでも……おれを生かそうとしてくるんだ。本当に……ドレーク……お前が嫌いだ。

「今更こんなことをして何になる。冷静になれお前ら!ホーキンスの為だ!」

「……ホーキンスの為……だと……ドレーク!!おれはなぁ!!!ホーキンスの為にコイツをぶっ殺すって決めてんだよ!!!」

……ホーキンスの為?何だよそれ、誰が言ったんだ、アイツの口から直接聞いたのか??……アイツは優しい、アイツは殺したくなるほど人を恨むことなんてできねぇ、どれだけお膳立てしてやったって、どれだけ恨ませるように仕向けたって、そうしたところで、結局アイツはダメなんだよ、知らねえくせに……知らねえくせに!!!!

「オレは情報屋なんだよ!!!ただカイドウになぁ!!情報を渡した、ただそれだけだ!!」

怒りが、死に場所を求める自分をも乱暴に剥がしていく。コイツらに言っておきたい言葉が、頭の中で鍵まで閉めた防音室から、轟くような音を響かせて溢れていく。

「なんだとぉ……この野郎が……!」

首を締め付けられる。

「アッパッパッパ!!!怒りたきゃ怒ればいいぜ??だがな……カイドウの傘下になることを選んだのはアイツ自身だろうが!!!違うかぁ!!!」

キッドの目に、分かりやすい迷いが生じていく。

「おれは知ってたぜ???テメーら、全員そいつに惚れてたんだろぉ!!!だったら……どんな手使ってでも守ってやれば良かったじゃねえか!!!そんなにおれが許せねえなら……どっかに閉じ込めとけよ!!!操って思い通りのお人形さんにでもしとけよ!!!」

お前らはそうしたって良かった。お前らは出来たんだ、出来たのに、

「何でそんな簡単なことが出来ねえ!全部……全部テメーらがやったんだろうがよぉ!!!!テメーらにおれを責める筋合いなんてねぇ!!」

キッドの腕から、金属片がはらはらと落ちていく。

「信じ切れなかったんだろ??アイツのことを!!裏切り者って言ったんだろ!!……アッパッパ!!!!腕が片方無ぇじゃねえかァ!!!キラーァァァァァ!!!どの口が斬り刻まねえと気が済まないだぁ!!!惚れた女守れねえどころじゃねえ!!!テメーらみんなで殺したんだろうが!!なぁオイ!!!!おれは……ッおれは何もやってねえんだよぉ!!テメーら3人で殺し合えばいいんだ!!関係ねぇおれを巻き込むんじゃねえ!!!」

地面に落とされる。

「ハ……ッ……やっとわかったか……キッドォ……」

「……クソが」

キッドは吐き捨てるように呟き、ぎりぎりと唇を噛み締めていた……なんだよ、こっちはべらべらとつまんねえ言い訳言っただけじゃねえか、やり場のない怒りをお前らと同じようにぶつけてただけだろ?なんとか言えよ……おれが言ってることがどう考えても間違ってるって、分かるだろ。キラーも武器を下ろして俯いたままだ。お前らもおれも……すっかりおかしくなってやがる。

「悔しいが……アプーの言う通りだ。キッド、キラー、少しは冷静になったか」

静寂が生まれる。二人はその場で立ったまま動かない……おれはふらふらと立ち上がって、ドレークの方に向かった。

「アプー……」

ドレークはおれの顔を見ると表情を曇らせ、2人にバレないよう、少しだけ目を横に向ける。傍らで横たわるホーキンスの顔をちゃんと見てやるように、促している……安らかに、いかにも満足したって感じだ。おれ達はみんな未練タラタラだってのに、コイツだけが笑っている……こんなことになるなら、別に挙動がおかしくなっても、壊れても、思い出として取っておけたんだから……お前に、楽器を教えてやれば良かった。おれは独りになりたくて歩く、モノクロの世界を歩く。歩きながら下を向き、顔を抑える。

「ここは葬式場じゃねえぞお前ら」

驚いて声の方を見る。死の外科医……。

「そいつは生きている」

「……ほ、本当だ!微かだが……心臓の音が聴こえる!」

「なんだと!?」

後ろでキッドとキラーがざわつき出す。

「だが、放っておけば数時間も持たない命だ。今ならギリギリ間に合うだろうが……賭けでしかない。そいつの体力次第になる」

「賭けでも0じゃねえんだろ」

キッドが口火を切る。

「そうだな。ソイツが耐えられたら助かる、耐えられなかったら死ぬ。今なら耐えられる可能性の方が高い」

「だったら答えはひとつだ、トラファルガー」

「どうする?」

「コイツを頼む」

「ああ」

二つ返事でローはホーキンスを連れて行った。

「……何だよぉ……せっかく面白ェ鎮魂歌のフレーズが浮かんできたってのに生きてるんじゃなぁぁ!!」

おれは座り込んだ。

「死んでほしかったとでも言うのか、テメェ!!」

「オラッチはどうでも良いんだよ!お前らが死のうが生きようがなぁ〜」

足が、もう上がらない。

「キッド、こんな奴は放っておけ。まあ、少しでも可能性があって良かったじゃないか」

キラーが怒りに燃えるキッドを諌める。

「そうだけどなぁ……!!やっぱりコイツだけは……!!!」

「アッパッパッパ〜」

笑っていたらくらっと眩暈がしてきて、手をつく……生きてて、良かった……。

 ある夜、病室を抜け出し、ワノ国で起こった情勢の変化をモルガンズに伝えた。すると、受話器から延々と笑い声しか聴こえなくなった。気持ちはわからないでもない、と思いつつ、あまりにもうるさいので途中で切った。服を着替え、人気のない部屋へと足を運ぶ。本来、おれはここに来てはいけない人間だ。ドレークが融通をきかせて、この夜だけ訪問など諸々を許された。おれは病室を見ることも烏滸がましく、ただ、あるTDを受付に預けた。差出人は匿名、おれだと言わないようにと釘を刺した。

 おれが退院しても、ホーキンスはまだ目覚めない。あの曲を完成させTDにして渡したおれは、何もする気が起こらず、鬼ヶ島で見たホーキンスの安らかな、しかし、生気の全くない顔を幾度も反芻している。そして、この部屋は真っ暗になる。実は二度目だ、前もこういうことがあった。おれの筆跡の血文字で"殺してやる"という文字が、黒く覆われた壁に四方八方に浮かぶ。ただ、今回は訳が違った。ずっと、誰でもない、何者でもない、年齢、性別すらバラバラの声が聴こえる。何を喋っているのかも分からない、段々と過呼吸が激しくなっていき、呻きながら泣いていたら、ドレークが来て、無くなった。

「な、何やってる!!」

「……また、見える……今度は、聴こえもする……ドレーク……もう……ダメだ……」

おれはコイツとホーキンス絡みでいろいろ話していく内に、いくつもの弱みを握られていった。幻覚のことは、ドレークにだけ話している。

「やめろ!!!」

構えた銃は押さえつけられ、軌道が外れていく。

「落ち着け……大丈夫だ、お前が眠れるように暫く同室しよう。おれのことは気にするな」

幻覚を見ると、目を閉じてもそれは在り続け、眠れなくなる。でも、ドレークがいる時だけ、それはふっと消えて、おれはまともに眠れるようになる。これだけの弱さを見せているおれだが、ドレークは何故かそれを他人に言いふらしもしなければ、揶揄ったりもしてこない。その態度がいつも癪に触るが、おかげで秘密は話しやすかった。

 海……温かい。沈んでいく。暗い……底に、頭をぶつける。黒い床だった。

「私はね、この人のお嫁さんになるみたいなの」

黒いローブを羽織った骸骨と共に佇む、白装束の美しい令嬢をおれは見る。

「嬉しい?」

令嬢は無邪気に笑顔を見せる。

「お前が、それで幸せなら……おれは嬉しい」

「そう」

令嬢は笑って、ローブの骸骨の胸に手を寄せ、

「さあ……行きましょう」

と、コツコツ足音を立てて暗闇の中に消えていった。

「俺も行かないといけないな」

身体中を黒い糸が大量に掴む。おれを、床の中……永遠の闇に……吸い込んでいく。糸の声が口々に叫ぶ。

「裏切り者」

「かえして」

「償え」

「何万回でも殺してやる」

「反吐が出る」

「さっさとくたばれ」

「父の仇」

「死んでくれ」

「死ね」

そこにホーキンスらしき人の声はない。

 目が覚める。

「良い朝だ」

笑うおれの頬を、一筋の涙が伝う。ドレークは寝ている。湯水を張る。

 おれは、呆然と床を見るだけだった。

「馬鹿野郎!!!」

……今日こそ、うまくいくと思った。

「3日前は銃、2日前は服毒、昨日は能力、今日は入水……誰もがホーキンスのことを心配しているが、お前の方がよほど死に近いぞ」

ドレーク……もう、良い。

「どうせ死んだって誰も気にしねぇよ」

「おれが心配なんだ」

「退屈なJokeは壁の向こうへ〜……」

「じゃあ、おれのこの涙も冗談で済むと言いたいのか……っ独りになるな」

「人間はず〜っと独りだ!どれだけお節介かけようが、結局はテメーもおれも独り。そういう風に成り立ってんだよこの世界は。いい加減、諦めろよぉ??」

「黙っておれの言うことを聞け!」

……なんだよ親ヅラしやがって!

「聞いて何になるんだよ!!」

「とにかく黙って聞け。おれがお前を助ける理由は、と……友達、だからだ」

コイツが友達なんて死んでもゴメンだ。

「本気?」

「本気だ……おれは、友達として、その、お前が死にたくなるほど辛い思いをしてるなら、せめて、おれとお前が一緒にいる今だけでもなんとかしてやりたいんだ」

「テメーなんかの期待には、応えられねえよ」

「弱々しいことを言うな!!ホーキンスは今頑張ってるんだぞ!必死に生きようとしがみついてるのがわかるだろう!」

……。

「あのなぁ……あのな!好きなんだったらアイツが悲しむってわかる選択肢を取ろうとするな!お前のことを慕ってる人達もいるのに悲しませるな!勝手に何もかも背負い込むな!一匹狼気取るのも大概にしろこの野郎!だから、おれはそんなお前が、大嫌いなんだよ!!」

…………。

「……友達なのに、大嫌いかよ」

「大嫌いでも、友達だ……!」

「めんどくせ」

「どうとでも言え」

「……。……アッパッパ……今日のテメーはよく喋るな」

「な、おい!少しは何か……アプー」

「……ドレークッ……」

「なんだ」

「ドレーク、おれ……」

唇が震える。

「無理するな、辛いことなら言わなくてもいい」

おれは涙をこぼしながら言う。

「おれ……死にたくない……」

「!!」

「死にたぐ……ねぇぇぇ!!!!ホーキンスに、会いてぇんだよぉ!!!ずっと、ずっと、あいつが……目覚めないままだったら……おれ……怖くて……」

情けない面で号泣するおれを見ても、ドレークは笑わない。

「そうだな……」

と言って、おれの背中を摩るだけだ。

「うぁぁぁぁぁぁぁっ……おれが……おれが全部……おれが……」

「お前だけのせいじゃない。そう、アイツも言っていた。自分を責めるな」

「……じゃあ……誰が悪いんだ……」

「みんなだ」

「そんな……都合の良い話……」

「そういうもんだろ」

ドレークは寂しそうに笑う。そうやって丸め込んでしまう、だから、だからおれはお前が嫌いなんだ。

「ホーキンスみでぇなごど……言うんじゃねえぇ……」

「ほら、鼻をかめ」

コイツの前だとやたら涙脆くなる。でも、そうやって泣く度に、心が落ち着く。今までおれが生きていられたのはドレークがいたからだろう。口では恥ずかしくてとても言えないが……嫌いでも、感謝はしている。

 干した服を取り入れていると、窓の外から、活気に溢れ、楽しげな喧騒が聴こえる。

「今日は宴だな」

「オラッチは行かねーよ」

「そうか」

「もうここにはいられねえ」

「ホーキンスに、会いに行かなくてもいいのか」

ドレークは心配そうな顔でおれを見る。一応恋のライバルってことにはなるだろ、何でお前が、同じ女を好きになったおれに配慮してるんだよ全く……。

「……今日もしアイツが目覚めたら、教えてくれるか?」

「ああ」

「おれはあそこにいる」

港を指す。なんとなく、そこでやりたいことがあった。

 夜、少し冷たい風が吹く。月がよく見える港には誰もいない。今日は誰もが宴のために、普段を忘れて楽しんでいる。いつもそういう場所にいたおれだったが、なんだか今日はここの方が落ち着いて、退屈だとすら感じなかった。子供の頃に部屋で一人、指に沢山包帯を巻いてヴァイオリンの練習をしていたことを思い出して、自分の掌を見る。あの頃よりも随分皮が厚くなっている、トンファーを扱うようになったからだろう……練習の合間は短い童謡を好きなように弾いていた。それが終わればまた曲を練習し続ける、その繰り返しだ。楽しかった。何時間でもやっていられた……例えば、この曲もそうだった。

 おれは『ビンクスの酒』の演奏を始めた。こんな静かな夜だから、少しテンポを落とし、フレーズひとつひとつを丁寧に噛み砕くように、風と一緒に流れさせるようにして弾く。そして、何度も沢山の人と歌い、沢山の人が歌う中で弾き続けたこの歌を、今日は独りで静かに歌う。ソロは向いていない、と言われがちなこの曲だが、やってみると違った味わい深さがあるものだ。月明かりも相まって、とても美しく、気品のある曲に聴こえる。そういえば、業界人の中で、おれが生まれる前から受け継がれてきた録音に「ビンクスの酒」のそういった側面を開拓したピアノ独奏がある。当時それを聴いたおれは、良さを理解は出来ても、自分がやる気は無かった。不思議な巡り合わせだ。

 別れの唄だけ歌わなかった。カットを好まないおれだったが、今、この部分だけは絶対に歌えないような気がして、演奏が止まってしまう前にそこを省いた。最後の一音がゆっくりと空気を揺らし、遠ざかって、そして、鳴らなくなるまで、おれはその後の行方を見つめる。

「届いてるか……この音楽」

空に向かって、愛しい人を思い浮かべながら笑って呟いた。届くはずはない、おれはこんなに遠くにいるのだから。あの海は鳴らないだろう……今までも、これからも。

 ドレークが肩を叩くまで、その気配を感じ取れなかった。

「綺麗な音だな」

おれはヴァイオリンのエチュードの制作にひたすら没頭していた。

「お前でも一年使ったら弾けるんじゃねえか??コレ。まあ未完成だが、気になるってんなら今までの楽譜を売ってやるぜ〜!!楽器はテメーが買え」

「そういう類のものは高いだろう」

ドレークは顔をわずかに顰める。

「アッパッパッパ〜!!全く辟易とさせられる警戒心だなぁ!!せっかくぼったくろうと思ったのによ〜」

「そうだろうと思った」

ドレークはため息混じりに座り込んだ。

「ホーキンスが目覚めたぞ」

「本……当、に?」

「おれが嘘をつく人間じゃないことは、お前がよく知ってるはずだ。しかし……良かった……生きてて……!」

喜びに浸ろうとしていたところ、肩を強引に寄せられる。

「いっでぇ!!!!」

「良かった……良かった……」

ドレークは子供のように明るい笑顔でそう言って、おれの体を揺さぶる。最初こそ抵抗していたが、こんなドレークは今まで見たことがないので、おもしれーと思いながら様子を窺うようになった。

 去り際に、ドレークが訊ねる。

「本当に会わなくていいのか?」

「お前もわかんねえ奴だなぁ!良いって言ってるだろうが。もうここにも用はねえし聞くこと聞いたしずらかるぜ」

とても残念がっている様子のドレークに呆れ果てる。だからなぁ、おれとお前は同じ女を……ツッコミを入れるのも面倒だ。おれは歩き出した。

「アプー!死ぬなよ!!」

「こっちのセリフだわ海兵ェ!!!」

今日の月は一段と綺麗だ……その面影は、あの女性と重なるものがあった。それを背に、おれは、おれの道を行く。


〜北海鳴れば魔女が笑む〜

「ねえ、みんな。わかるでしょ?これを誰が贈ったか」

狭い病床を取り囲む船員達は皆、一様にして頷いた。船員の一人がむすっとした顔で言う。

「いくら匿名といっても、物が物ですからね」

「ウフフフッ、本当よ……全く、素直じゃない人」

楽しげに笑うのは、つい先日、高熱が治ったばかりのバジル・ホーキンス。布団の上に置かれたのは1枚のトーンダイヤルだった。

「聴くのが楽しみですね、船長」

「何を言っている!こんなもの、酷い曲だったら壊してしまいましょう」

「ただ……あのような所業をしておいて本当に認め難いところだが、あの男が音楽において船長を裏切ったことだけは、一度もない」

「そうなんだよなぁ」

「しかし、クロユリという作曲家も、この『逆位置の月』という曲名も、同名の作曲家こそいるもののこの曲名と結びつく情報はありません……一体どんな曲なんでしょう」

船員達もホーキンスも、皆目見当がつかない。

「気になるわね」

「逆位置の月は希望、解放……とにかく聴いてみないことにはわからないな」

TDはそれを流す。旋律は病床を満たしていく。

「これは……」

「美しい」

「く、やっぱり許せん!!面の皮が厚い奴め!!こんな曲を送りつけるくらいなら最初から……!!」

「うるさいぞ、文句は曲が終わってからにしろ」

船員達はザワザワしながらそれを聴いた。かたや、ホーキンスはというと目を瞑り、ただただ聴き入っていた。……その曲は、一言で表すなら「幽玄」である。ピアノの音と弦楽器が織り成すメロディや和音達は、極限まで練り上げられた美しさを表現しながら、哀しみや、儚さといった、どこか不安定な感覚を内包している。しかし、それを感じながらも、低音部は終始、どっしりとした落ち着きと語りかけるような優しさをもってその場を、不思議なまでに均衡をもったバランス感覚で、音の広がる空間をどこまでも支配している。ホーキンスは、眠る時にこの曲を聴いてたい、と思った。目を瞑っていると本当に寝そうになるくらいで、カクンと首を傾けると慌てて、大丈夫よ聴いてるわ、という風に目をぱちぱちさせた。

 曲が終わると、あれほどザワザワしていた病床はすっかり静まり返って、ため息が漏れる音さえも目立つくらいだった。最初に口を開いたのは船長だ。

「良い曲……」

思わず出たその言葉の語彙のなさに、口を抑えて彼女は照れた。

「これ、相当すごい人が作ったんじゃないですか!」

1人の船員が、興奮した様子で話す。

「綺麗だったな」

「でもちょっと怖い」

「明るいとは言い切れない感じがした」

「クレジットの名前はどうだ、相当高いぞ演奏家のレベルが。おそらく第一線で活動している」

「それが……船長、見てください」

船員はそう言って、簡素なTDジャケットをホーキンスに見せる。

「えっ!?全部、一人で……!」

船長の驚嘆を船員達も共有する。それはないだろうという言葉もありつつ、作編曲のクロユリという名前だけが各パートに並べられているのを、船員達は船長と一緒になって覗き込んだ。

「本当だ!本当に、全部同じ名前だ」

「じゃあこのレベルを全部一人でやってのけたっていうのか!?」

「作ったのもクロユリ……何者だ」

「チーム名ではないだろうか」

曲の話題は尽きなかった。

 城の小さな部屋では、その音楽がひっきりなしに流れるようになった。仕方がない、ここで治療をしている船長がすっかりその曲を気に入ってしまったのだ。

「綺麗な曲よね〜」

と、入浴中も流し続けるほどだ。船員は船員で飽きたわけでもなく、この曲の考察で盛り上がっている。今までは、TDに関して明確な答えを出してくれる「音楽家のスクラッチメンさん」がいた。しかし、今回は事情が全く違う。この人物を頼ることだけは、彼らのプライドと信念が許さなかった。そのため、なおさら議論は白熱した。

「何であんなに気になるのかしらね」

ホーキンスは頬に手を当てて、ファウストと顔を見合わせる。ファウストは困惑気味に少し考え込んでいる様子だ。

 夜もその音楽は流れている。

「ドレーク!……あっえっと……こ、ここに、座ってね」

ホーキンスはあの夜……ドレークと唇を重ねたあの夜を思い出し、どぎまぎしながら応対する。

「その曲は……」

聴き覚えのある曲が流れている。

「誰か知らない人が匿名でくれたんですって。誰でしょうね」

ホーキンスはくすくすと笑う。ドレークもその人物をよく知っている。そして、この曲が彼だけの手で作られた、彼から見たホーキンスという人物そのものを表した曲であるということ、全て伝えられていた。

「誰だろうな」

ドレークは、彼がホーキンスに何を思っていたか、未だに話していない。彼自身がそれを望んでいないからだ。ただ、

「本当は……生きていてほしかったのかしら」

彼のことを知っているようでその真意は何も知らないホーキンスを見ると、やりきれない思いはあった。

「お前が目覚めない間、少しアイツと話をした」

「私のこと、何か言ってた?」

どこまで伝えるべきか、ドレークはあまり内心が固まらないまま話し出す。

「別にお前が死のうが生きようがどうでもいい……ただ、誰からも愛されている人間が死んだ時の雰囲気は嫌いだ、と」

『おれのことを聞かれたら、そう伝えておいてくれよ』

「何よそれ。でも、あの人らしい」

ホーキンスは悲しみを滲ませて笑った。一時は心から恨んだ相手であれ、どうでもいい、という言葉に多少は思うところがあるようだ。だから、尚更ドレークはやりきれなかった。そして、自分が彼女を幸せにしてやりたい、と思った。敵わないと諦めた、彼の分まで。

「ホーキンス」

「どうし……あっ」

ドレークはホーキンスを抱きしめる。ふわ、と、花のような良い香りと、柔らかい彼女の肌の感触がドレークに伝わってくる。ホーキンスは混乱しながらも、彼の肉付きの良く引き締まった体に男性を感じ、心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。抱き合ったままお互いを見つめる。

「口ではそう言ってたが……その、寂しい気持ちはあったんじゃないか。違ったらこの曲を贈らないだろう。お前は本当にたくさんの人に愛されている。きっと、アイツも、人並みにはお前のことを気にかけてたんじゃないか」

「そうだと良いわね」

人並みどころではない、本当はアイツは、お前のために死のうとまでして……言いたいことを言えず、ドレークは、衝動のままにホーキンスの唇を奪う。

「おれは、お前のことを愛している」

ドレークは頬に桃色の花を咲かせ目を丸くしたホーキンスを見て、その美しさに、迫り上がってくる衝動と緊張を、唾と共に飲み込んだ。

「お前はこの曲のように……美しい」

ホーキンスは口をぱくぱくさせて震えている。ドレークは手をゆっくりと離し、そしてまた、座り込んで、ホーキンスの頭を撫でた。

「あ、あの、あのね、ドレーク」

ホーキンスは激しく脈打つ胸を抑え、たどたどしく話す。

「なんだ」

「う、嬉しい、嬉しいんだけれど、そ、その……みんな、見てて……」

ドレークの後ろを無数の気配が覆う。

「またお前らか」

「またじゃねえ!!うちの船長を、凝りもせずぅぅぅぅ!!!」

「「ケダモノめがぁぁぁ!!!!」」

船員達は襲いかかる。病室は罵声と怒号に満ちる。

「みんな……良いのに」

言葉達の中に紛れながらも流れ続ける音楽を聴いて、ホーキンスはひとり、心を落ち着かせていた。あんなにドキドキしていたのに、この曲を聴いてると、大丈夫だよ、と、そばにいてくれるような感じがする。ホーキンスは天井を見上げ、その曲の贈り主に思いを馳せた。

「ありがとう、とても良い曲よ」

逆位置の月……そのカードの意味は、不安の解消、夜明けの訪れ、希望。

Report Page