勝負と大切な物

勝負と大切な物


ジューー

 人体から鳴ってはいけない音を鳴らしながらルフィ大佐は用意された氷水に両腕をつける。白い煙が立ちのぼりそれだけでその両腕が途方もない熱量を持っている事がわかる。

「ったァ〜〜」

「我慢して下さい。あんな無茶な戦闘した罰なんですから。」

 染み込んでくる痛みに耐えるルフィ大佐に彼の部下であり医療班の女性は、傷口の消毒をしながら説教をする。ルフィ大佐はといえば全身に傷口を作り、両腕はまるで溶岩にでも突っ込んだのかと思える程真っ黒に焦げ付いて高熱を放ち続けている。腕や顔には打撲傷が浮き出ており彼が行った戦闘の過激さが窺える。

「仕方ねェだろ。相手は7億の賞金首だったんだからよ。」

「それでも…です。大将赤犬からも散々言われてましたよね?"噴火口"は反動が大きいから連続で使うのは禁止だって。なのに両腕使って6連続も。」

 言い返すルフィ大佐に女性は嗜めるように言葉を返す。全身の手当てをされながらそれでも捲れた顔をしたルフィ大佐を見て相変わらずだなと女性は思う。そんな空気の中急に大きな音と共に部屋のドアが開け放たれる。

「ルフィ!大丈夫!?」

「ウタ!?なんでここに?いや、それよりも…ライブはどうした!まだ途中だろ!」

 その音の主は、現在表でライブをやってる筈のウタ准将その人であった。ルフィ大佐が今回このような大きな傷を負ったのは、ウタ准将を狙いに来た7億の賞金首をライブの邪魔をされない為に倒したのが原因だ。そのウタがライブを中断してここに来るのは本末転倒である。

「ライブなんかよりルフィの方が大事だよ!そんなに傷付くまで無理して!」

「なんかってなんだよ!ライブはお前の夢に必要なものだろ!おれは大丈夫だからさっさと戻れって!」

「またそんな無理して!わたしの前でそんなに強がらなくても良いんだよ!大体ね!」

「ここは病室です!病室ではお静かに!」

 ヒートアップしていく2人に女性は誰よりも大きな声で2人を制圧する。それでも尚不満そうな顔をしている2人を女性は強引に引き離す。ここまで来るとこの2人のはお互いに引かないので暫く距離を置かせるのが1番だと経験則として知っているのだ。

「ちょっと…まだルフィとの話が終わって無いんだけど!」

「ルフィ大佐は今は怪我人、絶対安静が不可欠です。なので!大人しく大佐の手を握ってられないのなら出てって下さい。」

 上官であろうとお構いなしに強引に背を押し部屋から叩き出す。この病室の長はこの女性である。いくら若くして准将になった天才が相手でもこの病室の中では女性に逆らう事が出来なかった。叩き出されたウタ准将は渋々ライブ会場に戻って行った。

 ウタ准将を叩き出した女性は扉を閉めるとぐるりとルフィ大佐の方を向く。未だに頬を膨らませ不安そうなルフィ大佐を睨み付ける。

「大佐も大佐です。怪我人なんですからいつもの調子で准将と張りあわないで下さい。あなた方の争いを止められる人材はうちの部隊には居ないんですよ?」

 女性は慣れた手つきで包帯を巻きながら説教をする。彼らに振り回されるのは初めてでは無いが、それでも意地張った言い争いは少しは抑えて欲しいと言うのが本音だ。

「体の方は大体終わりました。後はこの腕だけですね。」

 終始無言のルフィ大佐を気にも留めず女性は手当てを続けた。

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「なぁ…何があったんだ?」

「ウタ准将とルフィ大佐が大喧嘩だとよ。もう3日も口を聞いてないらしい。」

「マジか。あの2人が3日もねぇ。」

 ライブから帰る軍艦の中で海兵達が愚痴を溢す。その原因は彼らの上官2人が喧嘩したまま口を聞かなくなった事だった。良くも悪くも周りの空気を振り回す2人がお互いに拗ねたままなせいで軍艦内の空気は淀み、歌を歌おうにも肝心のウタ准将は不機嫌と。まるでここが地獄だとでも言いたいのかと思える状況だった。

「今回はどのくらい続くんだろうな…」

「早くて今日にでも仲直りするだろ。」

 どのみち長くは続かないという事を彼らは知っている。だからこそさっさと解決してくれとも思ったりしてるのだが。

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 薄暗い自室でウタは布団に体を落とす。今表ではウタとルフィに次ぐNo.3の部下が指揮をとっている筈だ。ルフィも表にいるだろうが、ダメだ。彼には指揮なんて取れない。

「なんであんな事言っちゃったんだろう…」

 ふとした呟きは誰にもきかれず闇に消えていく。ムキになって言い過ぎたとも思うし、ルフィがライブが大事だって事も理解はしている。だが、それとこれとは話が別なのだ

 ウタにとってルフィはもはやかけがえなない存在であり、無くしたく無い存在であった。そんな彼が自分の知らない所で無理をして体中を傷だらけにするのは耐えられなかった。

「嫌だよ…ルフィ…」

 自分の知らない所で生き絶える彼を想像して涙を溢す。もし部下達にこの事を言えば、そんな事はあり得ないと口を揃えて言うだろう。だが、彼は無茶な事を平気で通そうとする人間だ。それが己の夢の為ならば、そこに自身の命を乗せる事を厭わない人間だ。だからこそいつか、自分の知らない所でその命を使い切らないかと不安になるのだ。

 自分だけが存在する闇の中で、ウタは夢へと落ちていく。

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 太陽の日差しが当たる見張り台の上でルフィは帆を支える梁にもたれ掛かる。深く落ち込むルフィの心の中とは対照的に頭上の太陽は輝いている。

「静かだな…」

 静寂に耐えきれなくなったルフィは懐にから持ってきた私物の音貝を取り出すと、それを耳に当て中に保存された曲を再生する。

 その中身はウタの曲。それもウタがいつでも寂しく無いようにと作った特別性だった。入りから完璧に計算された上で録音された楽曲は、ルフィの心をざわつかせる。ただのファンなら大満足の一品だろうが、幼い頃からずっと一緒に過ごしてきたルフィにとってこれでは物足りず、むしろ彼女から離れている寂しさを深めさせるだけだった。

「ウタ…」

 結局、一周する前に音を止め眼を瞑る。眼を瞑れば心の奥底から流れてくるウタの歌声。ルフィはウタの夢を全力で支えるつもりだった。その為に自分の命も惜しくはないと思ってる。だが、自分が死んで彼女がどう思うか分からないほど愚鈍では無い。包帯を巻かれ動かなくなった両腕を眺める。

 もっと強くならなければと覚悟を決めながら、ルフィは夢の中に落ちていく。

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ー海賊船です!!」

 見張りの報告でルフィ大佐とウタ准将は飛び起き甲板に出て来る。が、お互いに眼を合わさると露骨に不機嫌な顔になり歪み合う。

「怪我人でしょ?大人しくしてたら。あの程度わたし1人で充分だから。」

「そっちこそ。ライブの疲れまだ残ってるんだろ?今回のは大分大きかったからな。大人しく部屋で寝とけよ。」

 接近してくる海賊船もお構い無しに歪み合う2人の上官に流石に周りの海兵達が止めにかかる。

「あーもうわかったよ。勝負だ!あの海賊戦に乗ってる海賊を多く倒した方の勝ちだ!」

「やったろうじゃない!負けて大恥かいても泣かないでよね。」

「誰が泣くか!」

 2人は周りの海兵達を振り解き、標的を海賊達に定める。お互いに海賊船の方を向き直りスタートダッシュの準備をする。

「「3 2 1」」

「「月歩!!」」

 動き始めたのはほぼ同時だった。軍艦に残った海兵達は競い合うように海賊船に向かっていく上官を見届け、次の手を考える。捕縛した海賊達を連行しやすいように接舷出来る位置に軍艦を誘導し、海賊船ごと引っ張って行く為のロープを用意する。見張り役の海兵は伏兵に備えて周囲に眼を光らせる。

「あっ…」

 そんな状態の中、1人の海兵から気の抜けたような声が響いた。その海兵の視線の先を見てみれば、先程上官達が向かっていった海賊船が輪切りにされ崩壊する所だった。おそらく2人の勝負がヒートアップし過ぎたのだろう。

「あのね!なんで沈めちゃうかな。ちゃんと連れてかないと意味無いでしょ!」

「おまえだって派手にやってたじゃねェか!!嵐脚ぶっ放しといて何言ってんだ!」

 全てを察したような海兵達も元に降りてきて想像、彼らの上官は喧嘩を続行する。部下達からすれば2人揃って悪いだろうと言いたい所ではあるが、この争いに割り込んで良い思いをした者は居ないのでグッと堪える。

「でも、わたしの方が多く倒したからこの勝負はわたしの勝ちだね。」

「何言ってんだ!おれが追い上げてた!お前が沈没させなければおれの方が勝ってた!」

「出た!負け惜しみ〜」

「負けてねェ!」

「ふふっ…」

 先程まで険悪だったのに、ふと気付けばいつも通りのやり取りをしている。そんな2人の様子に、見ていた誰かが耐えかねたのか笑いをこぼす。それが皮切りとなった。

「「「アハハハ」」」

 軍艦は笑顔に包まれ、空気が和らいでいく。

「この前はごめんねルフィ。もうちょっとしっかりするべきだった。ライブをほったらかすんじゃなくて、休憩時間を作るとかして。」

「おれの方こそ悪かったよ。無理し過ぎた。他にも方法はあったかもしれないのによ。」

「なんかお互いにくだらない事で喧嘩してばっかみたい。」

「本当だな。」

 お互いに謝罪をした2人は胸の奥でつっかえてた物が取れたように感じ笑い合う。その手は自然と伸ばされ、お互いに指が絡み合いしっかりと繋がれる。

「よーーしお前ら!!ウタのライブ大成功を祝して、宴だーー!」

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