勝手にSS-if-
『今日まであたしのトレーナーでいてくれて、本当にありがとうな!トレーナーさん!』
そう言ったエースは、ほぼ泣き顔の笑顔のまま俺とハイタッチを交わし、トレーナー室から出て行った。
直ぐに追いかけたかった。
でもあんなエースを見てしまった俺は、慰めるだけでなく、余計な事をしでかすかもしれないと思い、足を動かす事ができなかった。
「何をしでかすと思ったんだよ」
「それは…トレーナーと担当ウマ娘の枠を超えた感情表現とか…ギリ不純異性行為に値するスキンシップとか……」
「普通に告白とかキスとか言えや」
後頭部にわりと重いチョップをしてきたのは、同期であるミスターシービーのトレーナーだ。
彼とは担当を通じて交流させてもらい、今ではこうして、居酒屋のカウンター席で酒を飲み交わす仲にまでなった。
「ってかもうカツラギエースはお前の担当ウマ娘じゃなくなったし、トレセン学園の生徒でもないんなら、付き合っても問題ねぇだろ」
「いや大人と子供だよ!?世間にロリコントレーナーって認識されちゃうよ!」
「いうて今日卒業した連中はみんな成人してる歳だし、歳の差なんて一回り以内なら誤差だ誤差」
「しかし付き合うにしても卒業したその日には早すぎるだろ!」
俺はあれこれと必死にエースに告白しなかった理由を彼に言いまくる。
するとシービーのトレーナーは深い溜息をつき、少し垂れた切れ長の目で俺を睨んだ。
「……何でそんなに言い訳をする、お前、ずっとあの娘の事が好きだって言ってたじゃねぇか」
「………」
「お前らの事はしょっちゅう見てきたが、カツラギエースもお前の事を好いているようだったし、今からでも…」
「エースにはっ……エースには、幸せになって欲しいんだ……」
ずっとずっと、ミスターシービーやシンボリルドルフと言った、生まれと才能に恵まれたウマ娘達の中で、1人もがいてきたカツラギエース。
花の女子高生の時間を殆ど走る事に費やして、誰にも見られなくても、怪我をしても、現実に打ちのめされて折れかけても、あの娘はずっと走り続けて、最後の最後に夢を掴んだ。
そんな彼女だからこそ、残りの人生は幸せになってほしい。
……俺が彼女を幸せにできるのかは、別の話だ。
「トレーナーとして支える事は出来たけど、人生のパートナーとしてエースを支える事は出来るのかなって……幸せに出来ないんじゃないかって……自信が、出なくて……
……あの娘だけは、もう悲しませたくないんだ」
こんな中途半端な覚悟で、エースを縛り付けて、不幸にしたくない。
「………幸せに出来ないとか、悲しませるとか、んなの、今から考えても仕方ねぇだろ」
「え…」
「今大事なのは、お前の気持ちをカツラギエースにぶつける事なんじゃねぇか?まだ始まってもいねぇのに、今からその先の事でぐだぐだ悩んでも仕方ねぇだろ」
「で、でも……」
「俺は、あの娘を幸せにできるのは、お前しかいないと思ってる」
「!!」
「……明日10時の電車で実家に帰るんだろ、彼女
きっとそれがあの娘と真っ向から話せる最後のチャンスだ、連絡先を知ってるからって余裕ぶっこいてんじゃねぇぞ
あの娘の事を本気で想ってるなら、お前の溜め込んでる気持ちは、明日、全部お前の口から直接カツラギエースに伝えるんだ、いいな」
そう言って彼は残っていた酎ハイを一気飲みし、1万円札を置いて居酒屋から出て行ってしまった。
1人残された俺は、彼の言葉を頭の中でリピートさせながら、まだお猪口に残っている酒に映る自分と見つめ合っていた。
それから、どうやってアパートに帰って来れたのかは分からない。
着ている服を脱がず、シャワーも浴びずに俺はベッドにダイブする。
アルコールが回っているのもあってか、目を閉じた数秒後に意識が沈んでいった。
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『あたしの名前は、どこだよ……ッ!!』
宝塚記念を勝利した後、世間はミスターシービーとシンボリルドルフの対決を望む声で溢れ、エースが掴んだ栄光を称える声は、聞こえなかった。
自分の存在が誰にも認められていないと、エースは雨の中で泣いていた。
俺は、ただ見ている事しかできなかった。
エースのトレーナーなのに、慰める事も、渇を入れる事も、傘を差してやることもしないで、ただただ立っていた。
結局エースのために出来ることをしようと決めたのは彼女が立ち去った後だった。
今でもその事をずっと後悔している。
そして、もう2度と、同じ事を繰り返さない、そう誓ったのに。
『もう全部、心残りはないぜ!』
また俺は、あの娘を悲しませてしまったじゃないか!
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「!」
一気に意識が覚醒する。
部屋の中はすっかり明るくなっていて、俺は直ぐにスマホの画面を確認した。
<9:45>
映し出された時刻を見た瞬間、考えるより先に体が動いていた。
ボサボサ頭で昨日から着たままの服で部屋を飛び出し、鍵を閉めることなく駆け出した。
アパートから駅まで徒歩20分の距離を、人にぶつかりながら、車に轢かれそうになりながら、俺はひたすら走った。
エースに会いたい。
俺にはもうエースの隣にいる資格なんか無いけど、この気持ちを伝えたい。
許されるなら、今度こそ本当に、エースを悲しませないから。
どうか間に合ってくれと心の中で祈り、駅の中へ駆け込んだ。
「はあ!はあ!はあ!」
エースが乗る電車の改札口に辿り着き、時計を見た。
<10:01>
「はあ…はぁ……ちく…しょお……!」
間に合わなかった。
次の電車に乗ってエースを追いかけようにも、財布もスマホも置いてきてしまっているから、またアパートまで取りに戻らなければならない。
そんな気力と体力が今の俺にはなく、ただ絶望と後悔だけが俺を満たしていた。
「こんな日に運転見合わせなんてついてねーなぁ」
聞き覚えのある、聞き間違えることないその声に、項垂れていた頭を上げて、声のした方を見た。
「まぁまぁそう言わずに、さっきの構内放送だと直ぐに運転再開するみたいですし」
「そうですわ、私、まだエースさんとお別れしたくないですもの…」
「ありがとうなカワカミ、パーマーもタルマエもヤエノも、ここまで見送りに来てくれて」
「エース、アタシもいるんだけど」
「シービーとはなーんかどっかで会いそうだから、そんな寂しいって気がしないんだよなー」
「ひどーい!」
数人のウマ娘達の向こうに、求めていた彼女の姿を見つけた。
『間もなくー〇〇線、〇〇方面行の列車の運転が再開いたします、ご利用のお客様は、ホームにてお待ちくださいー』
「っと、じゃあなみんな、またどっかで!」
「っ!!」
エースは俺に気付くことなく背中を見せ、改札の向こうへと行こうとした。
走る力が残っていない俺は、肺がいっぱいになるくらい息を吸い込み、
「エーーーースーーーーーーっ!!!!!!!!!!」
裏返る程の声で、彼女の名を叫んだ。
その場にいた誰もが俺の方を向く。
エースを見送りに来たウマ娘達も。
そして名を呼ばれたエースは立ち止まって、耳をくるりとこちらに向けた後、体ごと俺の方に振り返ってくれた。
「トレーナー…さん…?」
エースと目が合う。
思わず彼女に駆け寄ろうとした俺だが、足がもつれてそのまま前に倒れてしまった。
「っトレーナーさん!!」
エースはウマ娘達を、人を掻き分けて俺に駆け寄って来てくれた。
「大丈夫か!?怪我は…」
倒れる俺を起こして、体に触れてこようとしたエースの肩を、掴んだ。
「うお!」
再度目が合う。
エースの瞳に映る俺は汗だくで、シャツはくったくたで、みすぼらしい姿だった。
こんな奴に今から告白されて、嬉しい人はいないだろう。
けれど俺はそんなこと知るかと、息が整わないまま、先ほどよりも声を抑えて叫ぶ。
「好きだっ!!!!」
「っ!?」
「君の事が好きだ!カツラギエース!!
俺は、もっと君と一緒に走っていたい!!
もっともっと君と一緒に野菜を育てたい!!
もっともっと、もっと君と手を繋いで、色んな所へ行きたい!!
…ずっと、ぶっ倒れて死ぬその瞬間まで、君に隣にいてほしい…!!
だから…エース!!
俺と結婚してください……!!!!」
途中で泣きそうになりながら、息を入れながら、溜めていた思いの丈をエースにぶつけた。
だが言った後に気付く。
「結婚は早すぎないか?」と。
「………」
ポカンと口を開けたままなエース。
そのまま黙って顔を下に向けてゆき、前髪で表情が見えなくなるまで俯いた。
「………結婚って…あたし達、付き合ってもいないだろ…」
「ゔっ」
やっぱり突っ込まれた!
エースがどんな顔をしているのか分からない。
流石に引かれたかと少し…いやかなり不安になり、エースから手を離した。
しかし、すぐに彼女が俺の手首を掴み、離れられなくされる。
「……でも、そんなの関係ないか…
だってあたし達、ずうっと一緒に、走ってきたもんなぁ……」
「えー…す…」
ゆっくりと上げられたエースの顔。
潤んだ蒼い瞳からボロボロと大粒の涙がとめどなく零れ、頬と鼻の頭は赤みを差していて…。
今まで見てきた中で一番美しく、可憐に微笑みながら、
「……あたしでよければ、よろこんで、あなたのお嫁さんにしてください、トレーナーさん……!」
エースは、待ち望んでいた以上の言葉をくれた。
瞬間、抑えていた涙腺が、爆発した。
「~~~~っエースぅぅぅ!!」
俺は彼女を抱きしめた。
もう離さないと、強く、きつく。
「エースーー!愛してるぞーー!!」
「はは!あたしも!愛してるぜー!」
俺の叫びにエースは応えてくれて、更に愛おしさが込み上げ、愛を叫ぼうとしたが…。
<…パチパチパチパチ>
耳に入ってきた拍手の音に周囲を見渡し、自分達が改札口のど真ん中にいる事にやっと気付いた。
「やるじゃねぇか兄ちゃん!」
「おめでとー!」
「ウマ娘のお姉ちゃんおめでとうー!」
「エースさん!トレーナーさん!おめでとうございます!」
「すごい…こんなことってあるんですね…!」
「あ、あまりにも情熱的で…!感動しましたわぁ~!」
「よっかったねーエースー!」
「幸せになれよー!」
だんだん大きくなる拍手と、俺達を祝福してくれる声の数々に、感情の制御が効かなくなった俺はエースを横抱きにして立ち上がった。
「ありがとうございます!!俺!絶対に彼女を幸せにしまーーーーーっす!!」
と、神に誓う前に、見ず知らずの人達に宣言した。
<うおおおおおおおおおおお!!>
<きゃああーーーーーーーー!!>
レースで1番人気のウマ娘がゴールした瞬間のような喝采が上がる。
その間エースはと言うと、若干恥ずかしそうにしていたが、俺の首の後ろに腕を回して、嬉しそうに笑っていた。
~~~⏰~~~
「……で、お前の大プロポーズは街中に伝わり、今じゃ一種の都市伝説と化してるワケだ」
「やめてよして恥ずかしい!!」
あれから数年後、俺はトレセン学園でトレーナーを続けている。
もちろん、ミスターシービーのトレーナーであった彼も。
ちなみにあの告白をした後、校外で騒ぎを起こしたと理事長に叱られ1週間の謹慎処分になったのだが、謹慎明けに学園を挙げてお祝いされ、ある意味公開処刑された気分になった。
「っていうか君こそ騒ぎの裏でちゃっかりシービーと婚約して…自分達に意識が向かないよう俺に発破をかけて囮にしたんじゃないのか!?」
「んなワケねーだろ、ちゃんとお前らの事を思ってなぁ……っと、すまん」
彼はスマホを取り出し、画面を見た途端険しい顔になった。
「どうした?」
「…今俺んとこのカミさんと子供が、お前ん家に遊びに行ってるそうだ」
そう言って彼が俺にスマホの画面を見せてくれる。
映し出されていたのはメッセージのタイムラインで、そこに1枚画像が貼られていた。
画像には彼の奥さんのと思われる指が端に見切れていて、口の周りをクリームだらけにしながらケーキを頬張る彼の子供と俺の娘と息子、息子の後ろには笑いながらピースする嫁が映っていた。
その画像の下には、『晩御飯もご馳走になってきます。』とメッセージがあった。
「相変わらずフリーダムだね」
「俺の飯の事考えてねぇのかねアイツは…」
「でも、そういう所に惚れたんだろ?」
「…うっせ」
口を尖らしてそっぽを向く彼、顔が赤くなったから図星だろう。
俺は少しだけ彼をからかい返せたことに満足した。
「君も家に寄って晩御飯食べにきなよ」
「いいのか?」
「ああ、今日はカレーだから、きっと大量に作っているだろうから」
「おお…そんじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますかっと」
彼の了承を得たので、俺もスマホを取り出し、嫁に彼を連れて行くことをメッセージで知らせる。
数秒後、腕で大きな円を作るぶさカワのキャラのスタンプと、『気を付けて帰ってこいよな!』とメッセージが返ってきて、それだけで俺は幸せを感じてしまうのだった。
終わり