勇者パーティ敗れる
エルエルフ勇者が勇者であることは、人々にとっては周知の事実である。ゆえに人々は勇者の肩書に平伏す。
しかし勇者の前に立ちふさがる魔物たちは、勇者とそれ以外を区別せず襲撃する。勇者が勇者であることを知らぬ魔物にとって、勇者であることは襲う理由にも、襲わない理由にもならない。……区別するだけの知能がないと言ってしまえばそれまでのことではあるが。
「は、離してよ!」
神に選ばれし勇者として「勇者」と名乗ることを定められた少女は、夕暮れの森で悲鳴を上げた。背中に回された両腕が、縄のようなもので厳重に拘束されている。自由な健脚に任せて逃げ出そうにも、勇者にはそうできない理由があった。
「ケンシ! ティゴ! カスパー! ……目を開けてよ!」
魔王討伐を目的とした旅の仲間たちが、勇者の視線の先にいた。後ろ手に拘束されている以外さしたる被害のない彼女とは違い、仲間たちは各々が暴行を受けて意識を朦朧とさせていた。勇者を縛り上げている男が、勇者に猫なで声で囁く。
「若者がこんな時間にこんなとこに来ちゃダメだぞ? おじさんたちみたいなわるーい大人が動きだす頃合いだからね」
「どうして僕たちを捕まえるの!?」
男がうーん、と考えるそぶりをすると、周囲からけたたましい笑い声が響いた。勇者の仲間たちを痛めつけ、意識を失わせた者たちが腹を抱えて笑っている。爆笑を受け、勇者の少女は意図を理解できず周囲を見回すことしかできない。
「な、なに……? どういうこと……?」
「お前ら、笑ってやるな。……そう遠くないうちに教えてやるさ」
襲撃者たちの哄笑を聞いてか、瞼を開けた者がいた。勇者の仲間の一人、ティゴと呼ばれた女は、勇者と視線を合わせるや否や叫んだ。
「勇者! 私たちに構わず逃っ……」
言い終える前に、背後から頭部に棍棒の一撃を受けてティゴは再び意識を失って倒れた。森の地面に、暗い色のしぶきが散った。恐怖にすぼまった喉がひゅっ、と鳴った。非常事態を目にして、勇者は何も言えずにいた。
「ナイス援護! これ以上傷つけるのもよくない、引き上げるぞ」
「うーい」
三々五々応じた襲撃者たちが、勇者の仲間たちを森の奥に引きずっていく。その場には、勇者と一人の襲撃者だけが残された。勇者が沈黙を破った。
「どうして……」
勇者は、自らを縛る襲撃者に振り向いた。
「どうして、こんなことするの……」
「うーん……そうだ、漁師っているだろう」
「うん……」
「あれと同じさ。俺たちはたまたま、魚じゃなくて人間を捕まえるのが仕事なんだ」
「そ、そうなの!?」
「ああ。だからまぁ……諦めてくれ」
「うぐっ」
勇者の細い喉に、縄がぐるりと一周巻き付いた。恐怖からではなく外部から加えられる圧力で、勇者は呼吸を封じられた。食い込む縄に抵抗しようにも、抵抗するための手は拘束されてしまっていた。すでに意識は飛びかけていながらも、勇者の本能が下半身を暴れさせる。背後の襲撃者から離れようとする力で、縄がギリギリと音を立てて締まった。
「クッ……カッ……」
「そんなに逃げるなよ、死んじゃうじゃないか」
襲撃者の男が縄から手を放すと、勇者は勢い余ってその場に倒れこんだ。襲撃者に尻を向けた尺取虫のような姿勢になったまま、酸欠寸前の苦しそうな呼吸音を響かせる。少女の背中が、呼吸のリズムを取り戻そうと規則的な動きを始めた。それを見て、襲撃者は再び縄を手にとり、引いた。
「ッかひゅ……!」
顔が持ち上がるほどの衝撃に、勇者は思わず小さな悲鳴を上げようとした。しかし、塞がれた気管から漏れる音は、悲鳴としてすら成り立たない、空気の漏れる音だけだった。立ち上がることのできないまま、遮られた呼気が勇者の体内を巡った。持ち上げた尻、丈の短いショートパンツからむき出しになった太ももを、音もなく液体が伝った。動きを止めた勇者の前髪が持ち上げられた。口の端に泡をつくり、ぽかんと開いた口からはピンク色の舌がだらしなく伸びている。
白目をむいた勇者の首から縄をほどくと、襲撃者はぐったりとした勇者の身体を肩上に担いだ。勇者のかすかな脈動を感じながら、襲撃者は先行した仲間たちのもとへ急いだ。