加筆まとめ⑥

加筆まとめ⑥

報告への反応〜瀞霊廷での修行〜

◀︎目次

見えざる帝国


「…戻ったか。カワキの様子はどうだ?」

「は! お変わりないように見受けられました」

「そうか。それで、カワキは何と?」


 ユーハバッハが伝言を持たせた部下が、カワキの許から戻った。ハッシュヴァルトはユーハバッハの傍でその報告を聞く。


(本当は……私が直接、現世に様子を見に行きたいところだが……)


 死神達の目が集まっている今の空座町を訪れるには、ハッシュヴァルトは目立つ。星十字騎士団最高位という地位もあり、今回は見送ることになった。苦渋の決断だ。


「殿下は『時期が決まり次第、こちらから連絡する』とおっしゃっておりました」


 帰還命令への返答を持ち帰った部下に、ユーハバッハが満足そうに頷いた。


「ご苦労だった」


 近頃の空座町は藍染によって危険な状態が続いている。ハッシュヴァルトはカワキから報告が届く度に気を揉んでいた。そういう意味では見えざる帝国への帰還は良いことだと思えた。


(此度こそ、陛下も血装の使用許可を出されるだろう。今後は怪我も減る筈だ)


 そう考えて、ハッシュヴァルトは安堵に胸を撫で下ろす。その緑の双眸に、報告を終えた部下が跪いて目を泳がせている姿が映り、不審に眉を寄せた。


「……? 何をしている。まだ何か報告があるのか?」

「は……その……」


 問いかけられた部下は目をキョロキョロ動かし、しどろもどろになって言い渋る。冷や汗をかいて青白い顔をした部下の様子に、ハッシュヴァルトは嫌な予感がした。


「どうした? はっきり言え」


 二度目の催促に、やっとのことで部下が言葉を発する。おずおずとした声が告げる内容に、ハッシュヴァルトは頭痛がした。


「…殿下からの新しい報告がございます」


――私の予感は正しかった。


 午後に届いたカワキの報告は、いつもながら不穏な内容で満ちていた。今度は何事かと暗い不安が胸に淀む。

 ハッシュヴァルトが重い口を開いた。


「――――……。……何だ?」

「はっ。……明日、殿下が瀞霊廷に向かう予定である、とのことです」


 心臓が跳ねた。頭が締め付けられるように痛む。ハッシュヴァルトの整った顔が、頭痛に歪んだ。


「何――…?」


 瞠目したユーハバッハの低い呟きさえ、頭痛にかき消されるように遠い。

 ハッシュヴァルトの長い指先が、痛みを訴えるこめかみを押さえる。


「待て。……明日と言ったな? 目的は何だ? また問題が起きたのか?」


 ハッシュヴァルトの脳裏にカワキが尸魂界へ侵入した際の出来事が蘇る。あの時、カワキは何度も、何度も、何度も大怪我を負った。

 その情景がハッシュヴァルトの心を追い立て、次から次へと質問を重ねさせた。

 部下は血管が凍る思いで、必死にカワキの言葉を思い出して言い募る。


「そ……それが……殿下は『朽木ルキア、井上織姫と十三番隊の隊舎裏修行場で鍛錬する』と仰せで……」

「――カワキが?」


 ハッシュヴァルトは目を瞬いた。

 見えざる帝国では、カワキの修行相手は極一部の者だけだった。ハッシュヴァルトが剣を見てやる他は、寄り付く者が殆どなかったのだ。


(陛下が御自身で指導に当たっていた為でもあるが――……相手を務めるだけの強さを持つ者が居なかった、と言うべきか)


 ユーハバッハが直々に滅却師として……冷酷な戦士として育てたカワキの実力は、聖文字を持つ星十字騎士団にも匹敵する。

 加えて、「殿下」などと呼称されているカワキと肩を並べて鍛錬ができる者など、少数に限られていた。


――カワキが誰かと鍛錬をすると言い出すとはな……


 カワキの変化を感じ、ハッシュヴァルトの心に波紋が立った。少しだけ……頭痛が和らいだ気がした。

 その直後。玉座の間に響いた声に、空気がピンと張り詰めた。


「カワキが死神と共に鍛錬だと? 瀞霊廷で……? ……何を言っている」


 ユーハバッハの声は地を這うかのように低かった。その表情は険しく、眉間に深いシワが刻まれている。


「ひ…っ…、わ…私にも何が何だか……」


 部下はわなわなと震えて、返答に窮するように口を動かした。


――陛下は……自らの手で、冷酷無慈悲な戦士として育てたカワキの変化を、不要とお考えなのか……?


 ハッシュヴァルトは思わず浮かんだ己の考えを「不敬だ」と咎めて頭から消した。

 ユーハバッハに追従して部下に問う。


「何故そんな予定になった? カワキから理由を訊かなかったのか?」

「は……はっ! 殿下は『朽木ルキアからの誘いで急遽決まった』、と……」


 抑揚を抑えた感情の読めない声で問いかけられた部下は、震える声で絞り出すように答えた。

 成程、それで十三番隊の隊舎裏修行場が鍛錬の場に……。ハッシュヴァルトが胸の内でポツリと呟いた。


(カワキが友人に誘われて鍛錬を――…)


 在りし日の思い出が鮮明に蘇る。

 友と過ごす鍛錬の日々。共に競い合い、励まし合う者が居る。それは得難い幸福だと過ぎ去った日の面影がハッシュヴァルトに語りかける。

 追憶に、懐かしさと寂寥感を覚えたのも束の間。耳に届いた言葉が、過去を向いていたハッシュヴァルトの意識を玉座の間へと立ち返らせた。


「死神が滅却師を自ら瀞霊廷に招き入れるとは……罠の可能性はないのか」

「!」


 ユーハバッハの声は死神への深い疑念に満ちている。その赤い瞳は、奇しくも網膜に焼き付いた焔と同じ色をしていた。

 ユーハバッハの言葉はハッシュヴァルトの緩んだ心には氷を押し当てられるように響いた。考えもしなかった事を指摘され、ハッシュヴァルトは己の気の弛みを戒めてユーハバッハを窺う。


「罠……つまり、カワキの正体が死神共に勘付かれた、ということでしょうか?」

「……四大貴族であれば、カワキの名に聞き覚えがあってもおかしくはない。加えて十三番隊の隊長は山本重國の教え子だ」


 山本重國が教え子の浮竹十四郎を通じ、朽木ルキアに命じたのではないか。カワキを罠にかけよ、と。

 ユーハバッハは言外にそう伝えた。

 押し黙ったハッシュヴァルトが、静かに口を開く。


「…恐れながら陛下…罠であれば、現世の人間まで呼ぶ必要は無いのでは……」


 これまでの様子からは、井上織姫という人間は、死神よりカワキの味方につくように思えたのだ。ハッシュヴァルトの目には死神と共謀してカワキを罠にかけることができる種類の人間には見えなかった。


「……うむ……」


 ハッシュヴァルトの意見は一理ある、と感じたようで、ユーハバッハは口元に手をやって、暫し考え込む。

 熟考の後、重い口が開かれた。


「……瀞霊廷に妙な動きはあるか?」

「いえ、特に報告は上がっておりません」


 大掛かりな罠を仕掛ける様子はない、と短い会話で伝わった。


(罠を張るには、今からでも遅すぎる……カワキはともすれば、死神よりも瀞霊廷の地理に詳しい。付け焼き刃で仕留められはしない)


 ユーハバッハも、ハッシュヴァルトも、カワキの実力はよく知っている。それ故の会話だった。

 しかし、それでもカワキは前回の侵入時に生死の境を彷徨ったのだ。それを考えると心配の種は尽きない。

 他に状況を推察できる情報は無いか、とハッシュヴァルトが部下を見遣った。


「カワキは他に何か言っていたか?」


 目の前で行われる不穏な会話の応酬に、忙しなく視線を泳がせていた部下が、急に矛先が向いたことにビクリと震えた。


「はっ……!? で…殿下は……『陛下の御命令通り、血装は使用せずに基礎訓練に留める』と仰せでした!」


 咄嗟に思い出せたのはそれだけだった。

 懸命に訴える部下の様子は、それ以上の情報は無いと明確に示している。


「それだけか?」

「はっ! ……報告は以上です」


 ユーハバッハがフゥと息を吐いて、短い言葉を発した。


「――そうか」

「いかがいたしますか、陛下?」


 ハッシュヴァルトの問いかけに、考えるように少し間を空け、ユーハバッハは静かに口を開いた。


「……明日は奴等の動きに注視せよ。少しでも妙な動きがあれば、カワキに中止するように連絡を取れ。……良いな?」

「――了解しました、陛下」


***

陛下…カワキが心配で心配で仕方がない。山爺を悪逆非道の輩だと思っているので、「死神からの誘い……罠では?」「人間を呼んだのも油断を誘うのが目的か?」とめっちゃ疑ってる。盛大に燃やされたのがトラウマになっていると思われる。


ハッシュヴァルト…心配→やや安心→心配という感情のジェットコースターで頭痛が止まらない。バズとの日々を思い出して、カワキが友達と修行することを嬉しく思う気持ちもあるが、陛下の言葉を受けて心配が上回った。


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