加筆まとめ⑥
カワキ脱獄通気口からひらひらと舞う蝶が入って来た。
「あっ! モンシロチョウが入ってきたよ。かわいいなぁ…フフ…。尸魂界は今、春なのかな…」
石田がベッドに腰掛けて蝶に和む。チャドとガンジュはその様子を哀れみの表情で見ていた。
「チョウチョ見てひとり言か…。末期だなオイ。なんなら追っかけてもいいぞ、雨竜。他の連中には黙っといてやっからよ」
はっと我に返った石田が、決まりの悪い顔でガンジュに突っかかった。
「バ…バカにするな! 誰が蝶なんか追いかけるもんか! 大体 僕のこと呼びすてにしないでくれるかな! キミとそんな親しくなった憶えないよ!」
「……」
「なにィ!? こっちだってテメーと親しくなった憶えなんかねーよ!!」
『…………』
チャドは言い争う二人の間に挟まれ、たらたらと冷や汗をかきながら見守っている。
カワキは彼らの諍いに小指の先ほども興味がないようだった。何もない場所を凝視する猫のように、ぼうっと地下牢の天井を眺めている。
「だったら呼びすてにしなきゃいいだろ! 大体キミは全体的になれなれしいんだよ!」
「ンだとォ!? なれなれしいのは志波家の家風なんだよ! 文句あんのかコラ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ声を背景に流しながらチャドが虚空を見つめるカワキにおずおずと訊ねる。
「…カワキ…その……何を見ているんだ……?」
『…“何を”……? いや…別に…。何も?』
「…そうか…」
ガラス玉のような蒼い目で、じぃっと天井を見つめたままカワキは答える。チャドはやや顔を青ざめさせて相槌を打った。相変わらずカワキの視線は天井に縫い付けられたままだ。
⦅近くを彷徨く隊長格の霊圧……おそらく更木剣八だな。……? 井上さんの霊圧が近くにあったような……。気のせいか?⦆
虚空を眺めるカワキが不思議そうに眉を下げてこてんと首を傾げる。隣で見ていたチャドは「…やっぱり何か居るのか……?」と小さく呟いてますます顔色を悪くした。
束の間、カワキの瞳孔がきゅっと狭まる。すくっと腰掛けていたベッドから立ち上がった。
⦅入って来たな――……気のせいじゃない。井上さんは更木剣八と一緒だ。どうなってる?⦆
「カワキ…?」
野良犬のように喧嘩を続ける二人の声を聞きつつ、カワキの様子にも気を配っていたチャドが頭上で響く音に気付いた。
「しっ!」と口元に人差し指を立てて、騒ぐ二人を黙らせる。
「えっ?」
「何だ? どした?」
「…何か聞こえないか?」
石田とガンジュが言い争いをやめて耳を澄ませる。部屋の隅でカワキは黙ったまま、掌に収まるくらいの小さな銃を構築すると手錠に向けた。
「…?」
「そういやなんか…」
耳を澄ませると破壊音や悲鳴が聞こえた。
――突然、弾けるような音の後ガシャン! と重たい音が牢に響く。振り返った視線の先、静かに佇むカワキの足元に手錠が落ちていた。手首をぐりぐりと回す。
「…えっ? ――カワキさん!? 何で銃を使えて…」
「そういやお前にはちゃんと言ってなかったな…。いやでもどうしたんだよ突然」
「何かあるのか…? カワキ…」
『どうだろう…それは相手次第かな…』
カワキは“相手”という言葉の指す先が、この音を立てている者の事だと態度と視線で示した。地下牢に居る全員が上を見る。
「…ていうか…」
「確実にコレ…こっちに近付いて来てねーか?」
――音が止んだ。カワキの手には銃が握られている。その目はやはり天井を見ていた。
「あ。止まっ…」
地下牢の天井が派手に壊された。頭上から瓦礫が降ってくる。
「だァーーーーっ!!!?」
ガンジュが悲鳴を上げた。カワキは煙の向こう、穴から降ってきた誰かに狙いを定める。
「ギャーーー!! ギャーーー!! ギャーーー!! ギャーーー!!」
「な…何だ何だ何なんだこれは!?」
ザリっと足音がして煙の隙間から現れた男の顔に、三人が驚愕して目を見開いた。
「あ!」
「?」
「てっ…てめえは…!! ざーざざざざざ更木剣八!!! 十一番隊隊長!!!」
唯一その顔を知るガンジュが泣き叫ぶ。剣八の背後は一角と弓親が居た。ガンジュと弓親が揉める声を聞きながら、カワキの腕は下がらない。
⦅正直、今は戦いたくない相手だな。彼らを囮にして逃げるか、それとも――⦆
すいっとカワキの視線が共に捕まっていた者達へ向く。その時、剣八の背中から場違いなほど明るい声がかけられた。
「カワキちゃん石田くん茶渡くんガンジュくん!! みんな無事だったんだね! よかった!!」
剣八の背中から降りた井上の姿に、カワキを除く三人の顔がまた驚きに染まった。
「い…井上さん!?」
⦅裏切った――…という様子でも無さそうだな⦆
カワキは井上の様子を見て、警戒は解かないもののひとまずは話を聞くことにした。