加筆まとめ③
京楽さんとの戦闘「はずれ」
「はーずれ」
「はずれーーっ」
風圧と共に放たれた一撃が建物の壁に穴を開ける。地響きがしてばらばらと破片が散った。そしてまた何度目かになる攻撃が放たれる。
「またはずれ」
京楽が軽く身を捻って攻撃を避けた。猫が獲物を狙うような瞳でカワキがそれを見る。
⦅斬魄刀を抜く様子もないな。“花天狂骨”……確か“こどもの遊びを現実にする能力“だったか……?⦆
情報(ダーテン)の正誤を確認したいところだけど、“遊び”の詳細がわからない。抜かせるのは悪手か? カワキはそう考えながら、引き金を引いて行く手を阻む。
「! おっと危ない……! それにしても…こりゃ珍しいね…! 弓じゃなくて銃だけど……もしかして、そっちのお嬢さんは滅却師かい?」
『“弓”の定義が古いね。時代錯誤だ。…まあ、私が滅却師かどうかは、一発当たってみればわかるんじゃないかな』
「おっかないこと言うねえ…」
冷や汗をかいて苦笑した京楽は、川の飛び石を渡るが如く弾丸を避けた。カワキは狙いがわかりにくいように銃口を小刻みに揺らす。
その様子を見ながら、チャドは肩で息をして隊長格とのレベルの違いを痛感していた。壁にもたれかかった京楽が口を開く。
「…もうよしなよ。もうわかったろう。キミの技は確かに凄いさ。カタいし迅いし破壊力だって人間にしちゃ相当なもんだ」
チャドは汗を流し、息も上がって、まるで全力疾走した後のようだった。対して、少し後ろに立つカワキは、相も変わらず水槽の魚を眺めるように静かな様相だ。
「それとそっちの彼女――…あー……キミは状況判断が的確だし位置取りも上手い。相当に場慣れしてる戦士の動きだ」
カワキを見て、言葉にするのを少し迷い目を逸らす。しかしすぐに視線を合わせて、戦士の動きだと口にした。
二人それぞれの技や動きを褒めながらも、京楽は厳しい表情を崩さない。
「だけどボクには当たらない。それが全てだよ。このまま続けても先は見えてるじゃないの。そろそろ諦めて帰ったらどうだい」
『…まだやるべき事が残ってる。それが済まないことには帰れないね』
「……忠告をどうも。…だけど退くわけにはいかない」
二人に諦めの色はない。カワキが銃口を下げる素振りはなく、チャドも笑って撤退を断ると、再び拳を振るった。
それを避けて京楽はチャドに言い聞かせる。
「わかってる筈だ。技には消耗限界を超えると全く出せなくなるものと、消耗限界を超えても命を削って出し続けられるものと2種類ある」
キミの技は明らかに後者だ。話しながらチャドの背中に指をかけてトンと弾き飛ばす。地面を転がるチャドを一瞥し、カワキに咎めるような視線をやった。
「キミも…見てないで彼を止めてやりなよ。お友達なんじゃないの? ……このままだと本当に死んじゃうよ」
『私の知った事じゃないな。自分の命をどう使うかは本人が決めることだ。そんなに死なせたくないなら退いてやるといい』
「……最近の子は冷たいねえ…。そう言われても、こっちだって通られちゃ困るんだ」
昏い瞳で当然の事を告げた様子のカワキに京楽が苦笑した。チャドはなおも諦めずに、倒れた体を起こそうとする。
「なんでそうまでして戦う必要があるのさ。キミ達の目的は何だ? 何のために尸魂界へ来た?」
「…目的は、朽木ルキアを助け出すため…」
「ルキアちゃんを? 彼女が現世で行方不明になったのは今年の春でしょ。短いよ。薄い友情だ。命をかけるに足るとは思えないね」
我儘を言う子供に道理を説く声色で京楽が語りかける。膝に手をついて起き上がりながらチャドが答えた。カワキもそれに続く。
「確かに…俺は彼女のことは何も知らない…。命をかけるには少しばかり足りないかもしれない…」
『私は友情のために動いているつもりはないよ。ただやるべき事をやっているだけ。彼女のために命をかけてるわけじゃない』
「『だけど一護が助けたがってる』」
二人は声を揃えて京楽を見据えた。チャドが覚悟を決めた真剣な面持ちで言葉を続ける。
「一護が命をかけてるんだ。充分だ。俺が命をかけるのにそれ以上の理由はない」
その顔を見て、京楽が笠を被り直して刀に手をかける。カワキがピクリと反応し、いつでも動ける姿勢をとった。
「…参ったね、どうも。そこまで覚悟があるんなら、説得して帰ってくれなんてのは失礼な話だ。仕方ない」
⦅来るか…! 距離を取りつつ茶渡くんをぶつけて様子見しよう⦆
腰に下げた二本の刀が引き抜かれる。カワキとチャドがお互いに顔を見合わせて頷き合う。カワキが後ろに飛んで距離を空けた。
「そいじゃひとつ、命を貰っておくとしようか」
チャドが決死の覚悟で突撃する。腕に光を纏わせ、命懸けの一撃を京楽に放つ――はずだった。
「ご免よ」
その胸に横一文字の太刀傷が走る。いつの間にかチャドの後ろに立った京楽が謝罪を口にした。
⦅茶渡くんがやられたか…。怪我人を抱えて隊長格の相手をするのは無理だな。これ以上は利益もない⦆
『――この場はこれまでか。残念だ』
カワキの囁きが風にかき消された。胸から血が噴き出し、チャドがうつ伏せに倒れる。カワキは揺れる前髪の隙間から、凪いだ瞳でそれを見ていた。
京楽が大したもんだと口にしながら、先程まで自分が立っていた場所に目をやる。
「…それにしても…。最後の一撃が――ここまでとはね…」
一帯がえぐれ、壁には大きな穴が開き、高く土埃を上げていた。見上げた京楽がまともに喰らっていたらまずかったと呟く。
京楽の意識がそちらに向いた一瞬、ぽつりと呟かれた言葉が耳を擽った。
『悪いね、茶渡くん。私にはまだ仕事が残ってるんだ』
「――! しまっ…」
ばっと振り返った先にカワキの姿はなかった。姿勢は低く、獣のように俊敏に、京楽の横を駆け抜ける。
土埃の手前で片足を軸にくるりと京楽に向き直り、その勢いのまま飛び退っていった。土埃に姿が掻き消える寸前、視線がぶつかる――悪寒が走った。
(こりゃあ失敗だったかな…。あっちの子を先にここで止めておくべきだったか……)
カワキの瞳にはうつろな闇が広がるばかりで、仲間を斬られた事への哀しみも怨嗟の色もなかった。
寒気を感じ、腕をさする京楽に七緒が駆け寄る。
「隊長! ご無事ですか!? すぐに逃げた旅禍を追って…」
「いや…いいんだ七緒ちゃん。放っておこう。深追いは危険だ」
京楽がすっと手を上げて七緒を制止する。その脳裏には、戦闘中 絶えず向けられていた瞳がよぎっていた――暗がりから獲物を狙う獣のような瞳が。
京楽は七緒から藍染の訃報を聞かされ、顔を見に行こうと言って立ち去ろうとする。チャドにトドメを刺そうとする七緒を止め、救護と牢への移送を指示しながら、京楽が先程と同じ言葉を呟いた。
「…面倒なことになってきたねえ、どうも」
***
入り組んだ道を迷いなく駆ける影。クリップで留められた髪が揺れる。死神達がその背を追うも、曲がり角の先には風に舞った埃が踊るだけだった。
人気のない路地裏の物陰でカワキは自分を探す足音が遠ざかるのを聞いていた。頭の中に地図を広げる。
⦅上手く撒けたな。瀞霊廷内部の地理は陛下から渡されたダーテンの通りのようだ。……早めに一護と合流しないと…⦆
京楽の話を思い出して無鉄砲な少年の姿を頭に描く。より早く、より確実に――任務の遂行を目指して思考を巡らせる。
霊圧を追ってもまた行き違いになるかもしれない。合流までにどこかで野垂れ死んでいる可能性はあるけれど、一護が必ず向かう場所は――
『懺罪宮はこの道だな…。このまま朽木さんの元へ向かうか』