割とよくある彼女の日常

割とよくある彼女の日常


なんやかんやあってお家の使命やしがらみから解放されたフゥリは勢いのまま自由になった身一つでギークの住む元へ突撃し早くも数ヶ月の時が過ぎた!



今日はデートだ。 誰かなんと言おうとデートだ。 例え相手がこっちの好意にさっぱり気付かない唐変木でそんなつもりがこれっぽっちも無くとも二人で遊びに出かけて私がそう思っているからにはデートなのだ

「スレイヤー…リヴェンデットスレイヤーと名乗らせてもらう…!」

大きな画面に映し出された異形のヒーローの声が映画館に響く

少し横を見ると私が好意を寄せる少年は画面のヒーローに視線が釘付けになり眼鏡の奥の両目を輝かせていた。 自分がヒーローの様な事をしているのに創作のヒーローに憧れる気持ちは私にはよく分からない。 楽しそうに夢中になっている彼を観れるので分からないだけで不満とかは感じていないけど

「ヴェンデット殺すべし…!イヤーッ!!」

「グワーッ!!」

唸るスレイヤーのカラテ。 響く怪人の断末魔。 その身体は血を噴き出しながら引き裂かれ、さっきまで命だったものが辺り一面に転がる

…この映画、ヒーローモノと言うにはスプラッタ過ぎじゃない?



「それでね! 今回の映画は昔の名作コミックのヴェンデットスレイヤーとジャパンの特撮だったマスク・ヒーローを混ぜ合わせた異色の試みの作品でね! ネットでは賛否両論なんだけど僕としては両方のヒーローのルーツがうまく合わさって作られてると…」

映画を見終えてよく行くファーストフードの席に着いた私に彼は早口で捲し立てる。 ギーク…変わり者、即ちオタクのニックネーム通りの彼らしい。 似たような意味のナードって単語もあったりしてこの国の言葉はややこしい、と前に彼に言ったら『ひらがなにカタカナに漢字に和製英語を組み合わせる日本語程じゃない』なんて返されたっけ

本来蔑称であるギークだが彼は相棒であるファイアと出会い初めて勝利を掴んだ時に『根性あるじゃねーかオタク君』と褒められて以来その呼称を気に入った経緯があるらしく今ではニックネームとして定着していた。 私としてはもっと深い仲になれたらギー君、なんて呼んじゃったりしたいなーとか思っていちゃったり

頼んだサンドイッチを齧りながら彼の話を聞いているが、内容は正直よく分からない事が多い。 タイトルになったアメコミもそうだし、混ぜられたと言う日本の特撮ヒーローの事も名前くらいしか聞いたことがない。 故郷のハレとニニは子供の頃に当時放送していたのを見ていたらしく以前好みのヒーローの話で口喧嘩してイチャついていた記憶はあるけど私は幼い頃から舞の稽古ばかりだったから… だから彼に話を合わせられなくて少し申し訳なく思う

そんな私の胸中を知らない彼は楽しそうに笑顔で話し続けている。 私は彼の笑顔が見れて嬉しいんだけどせっかく揚げたてで運ばれてきたポテトが冷え始めてる事は話を遮ってでも伝えるべきなのかな…



食事を終えて隣り合って街を歩く。 ここは彼の行きつけのゲームや漫画、グッズのショップが並ぶギークタウンとでも呼ぶかの様な彼らの聖地らしい。 一度お願いされて舞の時に着る和装で訪れたけど、その時は物珍しさに集まった大勢の人達に囲まれて大変だったっけ

さっきのファーストフードではあの後も彼は話し続け、少し照れつつ苦笑いをして冷め切ったポテトを食べた。 もしも例えばハレが同じ事をすれば私はほんとバカねー位にしか感じなかったと思うけど、彼だとそんな所も可愛いと思ってしまった辺り私の頭は相当だと自覚できるほどに彼にやられているみたい

「あっ!アレ見てフゥリさん!」

「ん?何を?」

彼が指さす方向を見るとさっき映画館で見た作品のヒーローとヒロイン… そのコスプレをした人達が居た。 周りにはその姿を撮影してる人が数人集まっていて小さな撮影会となっている。 彼が小走りで一団に近付いて行ったので私もその後を追う

「凄いよフゥリさん! あのマフラー逆立ってる!」

「真っ先に注目する所そこなんだ…」

「うん! 重要! あと目も光ってるし、アレ多分LEDとか仕込んでるから視界全然無い上にバッテリーとか基盤とかでマスクの中すごく熱いと思う!」

「えっ? それって普通に危なくない?」

よく見るとヒーロー、スレイヤーの方は何をするにも体幹を意識して動いてバランスを保っているし、身体の向きを変える時や歩く時とかはヒロインコスの人が手を引いたりしている。 完全に見えてない訳ではないみたいだけどそれでも視界はかなり狭そうだ

そんな事を考えつつ見物してるとスレイヤーは私に、正確にはギーク君へサムズアップしてみせた。 もしかして苦労をわかって貰えて嬉しい、というサインだろうか


「それにヒロインの人も綺麗だなぁ〜!」


その言葉に。 今は出ていない狐耳と尻尾がピクッと反応した様な気配を感じる。 周囲の気温はニニの氷さながらの冷え込みを見せ私の体内はハレの炎の如く熱を持ち始めた

「色っぽい衣装なのに衣装負けしてないスタイル! 漫画キャラの再現だから身体搾るのに相当苦労してる筈だよ!」

ギーク君は私の様子に気付かずヒロインコスの女性をベタ褒めしている

ふ、ふぅ〜ん? まぁ確かに? あの人、胸とか私より大きいけど? 子供の頃から舞踊してた私も? 腰とか足とか、お腹周りだって負けてないと思うし? そのつもりなんですけど??

「えっ? でもフゥリさんこっち来てから油物食べる事が増えて前より太っt」

「い」

「い?」

「イヤーーッ!!」

ヒーローさながらの掛け声で、私は決して言ってはならない事を言おうとした隣の朴念仁の頬をフルスイングする

「グワーーッ!!」

大きく響く乾いた音と彼の悲鳴。 叩かれた衝撃で彼はぐるりと横に一回転した後力なくアスファルトに倒れ伏した

いつの間にか周りの人達の目を集めていた私達

大変そうねと呟いてヒロインの人は私の肩をポンポンと叩いてくれる。 近くで見た彼女は確かに彼の言った通り美人だ

「……クソボケ死すべし。 慈悲はない。」

頬に大きな紅葉を作って倒れてる彼を見ながら呟かれたスレイヤーの言葉はギークタウンの青い空へと吸い込まれていった



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