副社長と雑用係と

副社長と雑用係と


知らない世界でも変わらず広がる青空の下、がやがやと騒がしい造船所へ足を踏み入れる。この数日で見慣れた作業着の職人に笑みを作りながら挨拶をして、現場監督に今日の仕事内容を聞きに行く。


───この場所は自分がいた世界とは違うのだということは、こちらへ来てすぐに気付いた。

知っている単語や人物はどこかが明確に違っている。例えば七武生や四校なんかは聞くところによると海賊で、七武海と四皇として海にのさばっているらしい。そして校長であるセンゴクは治安維持を受け持つ海軍のトップであるという。

ここ、ガレーラでもちらほらと知る顔を見かける。

何処からか現れたおれを何も言わずにガレーラの社宅に住まわせることを許したこの都市の市長は新世界中学校の教師であるし、おれのことを迷い込んできた不審者という扱いをしてきた副社長はいつも鬱陶しいくらいに絡んでくる金髪の髭面と同じ顔と名前をしている。最初会った時は未成年にあるまじき葉巻の匂いをよりによって生徒会長の前で燻らせていて、友人とはいえ殴り飛ばしてやろうかと思ったくらいだ。……まあ、実際はおれよりも一回り年齢が上であったわけだが。

これが所謂異世界転移というものなのだろうか。なんであろうと、早く元の世界に帰らなければならないことに変わりはない。

近頃学校周辺は抗争の気配が高まっていて、生徒会長である自分がいなくなることは秩序が崩れるきっかけとなりかねない。

そして何より、早く戻らなければ出席日数がまずいことになるのである。仲間内で軽口で言い合っていた留年が現実のものになるのは勘弁願いたかった。


そんなわけで情報収集の為に何か出来ないだろうかと模索していたところ、アイスバーグ先生……いや、市長がガレーラの手伝いを薦めてくれた。あちらと変わらぬ人格者である。最近まで何者かに襲われ臥せっていたと聞き、彼のような人でも敵はいるのだなとぼんやりと思ったのも記憶に新しい。

「ようヒョウ太!朝から精が出るな」

「おはよ~~パウリーさん!」

後ろから掛かった声と共に振り向く。学友と同じ声と顔、学友より少し高い身長。こちらの世界のパウリーもまた気さくな人物だった。

「今日はなんの仕事だ?なんだったらマスト張りでも教えてやろうか」

「うははァ、ぼくには無理無理!船作りは体力仕事でしょ?雑用が精一杯だよ~」

実際は造船だろうとなんだろうと完璧に行える自信はあるが、わざわざ出しゃばるような事でもない。弱さを装って言葉を返せば、パウリーはケラケラとからかうように笑う。

「それもそうだ!いっそこの機会に体力つければいいのによ」

「そう簡単に言わないでよ~ぼくだって気にしてるんだから」

「まあまあ、怒んなよ。んで?何頼まれたんだ、手伝ってやろうか」

「道具とか材料の運搬だけだよ?副社長が手出すようなことじゃないと思うんだけどな……」

遠慮すんなって、とパウリーは腕まくりをして見せた。ここで断るのもおかしいだろう、素直に頷く。

「じゃあお言葉に甘えちゃおっかなー、重いのはパウリーさんが持ってよね」

「おうよ、任せろ!」


時々軽いドジをノルマの如くこなしながら、パウリーと共に造船所内を往復する。途中すれ違う作業員達からは副社長が雑用か、などという野次が飛んでくるが、どれも愛を感じるものである。

「……しっかしまあ、最初ガレーラに入り込んでたお前を見たときはこうやって一緒に働くことになるとは思ってもみなかったぜ」

ただの不審者だったもんなお前、と頭を掴まれぐりぐりと乱雑に撫で回されるのを抵抗せずに受け入れる。

年齢を明かしてからというもの、どうにもこういう絡み方をされることが多くなった。兄貴面とでも言えばいいのだろうか。自分より少しとはいえ長身のパウリーにはいつまでも慣れそうにない。

「ぬははッ、それはぼくもだよ~。ドジって迷い込んじゃった先でこんなことになるなんてね、帰る場所もないし、困った困った」

「……お前、いっつもそう言ってるよな。家出でもしたのか?ああいや、言いたくねえんならいいんだけどよ」

心配そうな声色に曖昧に笑って見せる。深く聞かれることを避けるには訳ありを装うのが一番よいのだとおれは知っている。

「帰りたくない訳じゃ、ないよ。まだ帰れないだけ」

「……そーかよ。こんな時代だ、色々あるんだろうさ」

おれの意志を汲み取ったのかそうでないのか、これ以上は聞かないと言外に宣言してくれた。ありがたいことだ、と人の良さに感謝する。

「さて、と!次はこれだな」

雰囲気を切り替えるようにパウリーは明るく言う。その声で荷物を運ぼうとするおれたちに気付いた持ち場の職人が声をかけてきた。

「パウリーは良いけどよォ、ヒョウ太お前気ィ付けろよー?それ貴重な材料で作られてるらしいからな、転んで壊すんじゃねーぞー!」

そんな茶化しに大丈夫だと笑いを返して、石を削ったようなそれに手を伸ばす。



「ま、そう簡単には壊れねえらしいが……なんだったか、海楼石?だったっけ?」

「、え」



その言葉が耳に届いたときにはもう遅かった。

掴んで持ち上げようとした瞬間、なんの構えもしていなかった全身から、ふ、と力が抜けて倒れ込む。

そのまま重ねられた海楼石の資材に叩きつけられる──と思ったところで、パウリーの腕に体を支えられていた。

「おいヒョウ太!?しっかりしろ!!」

「あ……ごめん、ありがとうパウリーさん」

ばっと資材から手を離し、慌てて体勢を立て直す。パウリーの慌てた様子に周りの視線が集まっているのを感じたが、彼らはすぐにヒョウ太のいつものドジかと興味を失い持ち場に戻った。

「ドジにしたっておかしいだろ……どっか体調悪いんなら言えよ」

「いやあ、あはは。どっこも悪くないって~~!海楼石のせいだから。実はぼく悪魔の実の能力者で!」

わたわたと顔の前で手を振り、元気であるとアピールする。おれともあろうものが気を抜いてしまった。能力者であることは極力隠しておきたかったが、こうなってしまっては仕方がない。

「あー、そういうことか。ったく驚かせんなよな」

パウリーの知識の中には海楼石の効果が入っていたらしく、すんなりと納得する。

「どういう能力なんだ?」

興味津々、と言った具合に目を輝かせるパウリー。ガレーラには能力者がいないから新鮮なのだろう。……ルルのあの寝癖はこちらでもなんの能力でもないらしい。いっそ能力であってくれと思うが。

「ん、見せた方が早いかな?ぼくが食べたのは───」

手のひらを前に突き出し、局所的な変化を意識する。人であった部位が動物のそれになっていく。



「───ゾオン系ネコネコの実、モデル"豹"だよ」



ひゅ、と。隣から息を飲む音が聞こえた。


パウリーはこちらを凝視している。ずっと浮かべていた気の良さそうな笑顔は失せ、蒼白というのが相応しい顔色が張り付いている。


「…………ルッチ………?」

「!?」


しばらく呼ばれることのなかった本名が、パウリーの口から漏れ出した。一体どこで気付かれた?そもそも何処でその名を知った?困惑とともに観察を続けて、気付いた。



パウリーは、目の前のおれのことを見ていない。

おれを……おれの能力を通して、何かを見ている。





「おまえ、しんだのか」




────この世界のおれたちに、一体何が起こったんだ?


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