前門のカフェ、後門のお友だち
「トレーナーさんのことは……私が一番よく、知ってる……だって、担当ウマ娘だから」
「いいや、ワタシの方が一番よく知ってる。なんたってワタシはトレーナーさんのお世話をしてやってるんだからな」
「私だって……それくらい、できるよ。最近……ヒシアマさんに……お料理、教えてもらうようになったから……」
「でも寮の時間はどうにもならないだろカフェには。その点、ワタシには時間も距離も関係ない。夜だろうが早朝だろうが関係なくいつでもトレーナーさんをお世話してやれるぞ」
「…………でも、トレーナーさんのことを一番よく知ってるのは……私、だから」
「いーや! ワタシだ」
発端は、簡単なことだった。
昼休み、僕とカフェと……お友だちことサンデーの3人で、トレーナー室で昼食をとっていた時のこと。
サンデーお手製のお弁当を広げて食べていたところ、僕が好きなおかずが入っていて喜んだことから始まった。
「トレーナーさんはこれが好きなんだ、覚えとけよカフェ」
サンデーのそんな何気ないひと言が、カフェの気にさわったのだろう。
「でも、トレーナーさんの好みの味付けは……もう少し薄め……ですよね?」
ヤジのように飛んできたカフェのひと言が、当然、サンデーの方も気に入らない。
そこから昼食はどこへやら。
僕の好きなものや趣味、嗜好をどれだけ知っているかという言い合いが始まってしまった。
僕を間に挟んで。
「おいおいカフェ。トレーナーさんは濃いめのほうが好きなんだぞ? ハンバーグはチーズ乗せるし、唐揚げにはマヨネーズつけるし、うどんには七味だ」
確かにそうだけれども。
「それは味変……でしょ……? トレーナーさんはいつも……浅煎りのアメリカンコーヒーを飲むし……お茶請けも甘すぎないものが好き……だから」
うん、これも確かにそうだけれども。
「とにかくトレーナーさんのお世話はワタシに任せてればいいんだ。カフェはしっかり指導してもらって、ワタシに追いつけるくらい強いウマ娘になるんだろ?」
「それはそう、だけど……それが、なに?」
「トレーナーさんのことを一番よく知ってるのはワタシ。カフェのことを一番よく知ってるのはトレーナーさん。ワタシのことを一番よく知ってるのもトレーナーさん。それでいいだろ」
「よくない」
「なんでだよ!」
「私の方が……トレーナーさんのことを、よく知ってる。あなたは……その次」
「そもそもそんなよく知るほど一緒にいるわけじゃないだろお前! ワタシは知ってるぞ、トレーナーさんの寝顔とか、昨日の寝言とか!」
ぇっ……なにそれやめて怖いんだけど。
「そ、それなら……私だって……トレーナーさんの寝顔くらい、見たことあるよ。トレーナー室で寝てる時……撮った、から」
「撮った!? ちょっとカフェ、そんな話、僕初めて聞い────」
『トレーナーさんは黙ってて』
「はい」
僕には口を挟む余地はないらしい。どうして……?
「おいおい、寝顔の写真なんてマナーが良くないんじゃないかカフェ? ワタシなんてせめて添い寝と一緒にお風呂入ってやるくらいだぞ」
「…………お風呂? 添い寝……?」
「カフェは入ったことないだろ、お風呂。結構イイ身体してるんだぞトレーナーさん」
ちょっと、ちょっと? なんの話してるの?
「お、お風呂はない……けど、抱きしめてもらったことは……あるよ。…………キス、だって」
ちょっと!?? なんかすごい暴露大会始まってる!?
「ハンッ!! キスくらいワタシもしたことあるわ! それにベッドの上でのトレーナーさんはすごいんだぞ、寝返りのフリして強く抱きしめてくれるんだからな!」
「私……だって、トレーナーさん……トレーナーさんと、お泊まりしたこと……あるもん。遠征で……ホテル、なくて、一緒の部屋で……」
「ワタシもいたけどな、その時!」
「あ、あの時……あなたは、トレーナーさんのこと……好きじゃ、なかったでしょ」
「それはどうかわかんないだろ!」
「……今は、あの時ほど……叩いたりしてない。むしろ優しく撫でたり、その胸、押し付けたり……抱きしめたり、してる」
「ぐっ……ま、まあ? トレーナーさんもオトコノコだし? 胸はデカい方が好きだろ」
「ぅぅっ……わ、私の……だって、トレーナーさんは、好き……だよ。『カフェの身体を全身で感じられるから、好きだよ』って……言ってくれた」
「なっ……!? そ、それならワタシだって、『キミの身体は柔らかくて気持ちいいね』って言ってくれたぞ!」
会話がどんどんヒートアップしていく。
そろそろ、まずい。
非常にまずい。
何がって、お互いがいない時にどんなことをしていたかの暴露大会になっていることが、非常にまずい。
それぞれ僕との時間の内容を話すたびに、つらそうな顔をしていく。
サンデーもカフェも、ふたりとも僕にとって大切なヒトだ。彼女たちには仲良くしていてほしいし、これからも一緒にいてほしい。
この場を取りもたなくては……!
「ちょ、ちょっと落ち着いてよふたりとも! 僕は────」
『黙って』
「はい」
「……なあトレーナーさん。トレーナーさんはワタシのこと好きって言ったよな? 大切だって言ったよな? キスもしたよな?」
「……はい。言いました。しました」
「トレーナーさん……私のこと、愛してると言ってくれましたよね……? 何よりも守りたいと、この先ずっと隣にいてくれると……言ってくれましたよね……?」
「……はい。言いました。守ります」
なんだか、話の展開がおかしな方向を向き始めたような……────
「そもそも……どうしてトレーナーさんがあなたを見えるようになって、触れるようになったの……?」
「それは知らんが……まあ、愛の力だ。見えてない時から飯作ってやったり、添い寝してやったり、一緒に風呂入ってやったりしてたからな。そのうち見えるようになってた」
「……そんな時から」
「だから見えないのをいいことに色々したな。トレーナーさんがひとりでシてるときも横から手伝ってやっ────」
「ちょっとそれ本当にやめてもらえないかな!!??!!」
『うるさい』
「はい」
「……私は……手伝った……こと、ない」
「じゃ、この勝負はワタシの勝ちだな。んじゃトレーナーさん、これからはカフェに好きとか愛してるとか言うの禁止な」
「えっ」
「ま、待って……まだ、負けてない」
「なに?」
「手伝ったことはない、けど……愛し合ったこと、なら……」
「カフェちょっとそれも待ってもらえる!!??!!」
『うるさい』
「はい」
「そもそも……あなたは霊体だから、私みたいに愛し合うことはできない……でしょ? それにトレーナーさんとの、結晶だって作れない」
「ンなことわかんないぞ? 現にトレーナーさんはワタシが見えるし、触れる。昨日だっておっぱい触らせてやったし。な? トレーナーさん」
ぎゃあああ!! もうやめてくれ!
「……それくらいなら、私にもできるよ。でも……子供は、霊体には……無理。幽霊に子供なんて……聞いたことない。ですよね、トレーナーさん」
「ワタシがその最初になればいいんだ。また差をつけちまうなカフェ。ワタシを追い越すのはまだまだ先だ。な、トレーナーさん」
「まだ抱かれたこともないくせに……もう、私の方が大差をつけて……ゴールしてるよ。ね、トレーナーさん」
「そもそも抱く抱かないで愛の大きさが決まるのかよ? ワタシは献身的な愛なんだ。カフェの猟犬みたいな貪る愛じゃないんだよ。な、トレーナーさん」
「繋がりは……大事。心も、身体も……どちらも繋がって、より強い絆になる。それに……ふふ、トレーナーさんは上手なんだよ。……ね、トレーナーさん」
「ひ、膝枕は! 膝枕してやったことないだろ!」
「膝枕……してもらったことないでしょ?」
「じっ……じゃあ、食べさせてあげたり!」
「食べさせてもらったこと……ある?」
マウント合戦は、最初よりも予想外の方向へと進んでいった。
それも、どんどん、どんどん────
「絶対ワタシの方が好きだ! なあトレーナーさんそうだろ!?」
「ううん、私の方が好き……そうですよね、トレーナーさん?」
「じゃあこれ知ってるかカフェ!? トレーナーさん、お前がいない間に────」
「じゃああなたは……あるの? あなたがいない時、トレーナーさんは────」
矛先が……────いや、切先が僕へと向けられている。
僕を挟んで、言い合いをするふたり。
しかしその言い合いは、もはや僕への尋問だ。
カフェとサンデー。ふたりを愛する、僕への、尋問。
逃げ場はない。
前門のカフェ、後門のサンデー。
前後から抱きしめられる形で身動きを取れなくさせられた僕は、さながら刑の執行を待つ囚人。
首筋に当てられたギロチンの刃を今か今かと待つばかりの、死刑囚。
この場を覆す力は、僕にはない。
このまま、待つことしか許されない。
執行の、その瞬間を。
愛するふたりのウマ娘による、刑の執行を。