前日譚
修兵の他にもう一人引き取る気はないか、と六車が打診を受けたのは梅の花が満開になった時期だった。
隊首会の後六車だけを呼び出した山本は、いつもの感情が読みづらい表情でこちらを見ている。
「俺が?」
「左様。元の提案は貴族の方から回ってきたものでな」
「……また妙なこと考えついたってとこか」
口を慎め、と形ばかりの説教を食らい、六車は頭の後ろに片手をやった。候補は両親を流行病で亡くした下級貴族の子だというが、この際出自はどうでも良い。
「修兵はやっと落ち着いてきたところですよ」
去年の夏に引き取り共に暮らしている養い子はこうして六車が隊首会に顔を出せる程度には一人で過ごすことにも慣れてきた。だがまだまだ長い時間を六車と離れていることは出来ないし、体力面も不安が多い。この冬も半月以上熱を出して寝込み、付きっきりでいてやらなくてはならなかった。
「承知しておる。だが……」
「わかってますよ。四十六室も絡んでるんでしょう」
ゆっくりと頷いた山本と暫く睨み合うようなかたちになり、六車はやれやれと溜息を吐いた。
「……解りましたよ。できる限りのことはします」
「すまぬな、六車隊長」
◇
少し話をしような。そう告げて向かい合わせに座ると、修兵は恐る恐るこちらを見上げてくる。
「修兵。実はな、もう一人ここに子どもが来るかもしれないんだ」
「…………え、」
動揺が声に現れていた。ぱくぱくと口を動かし、膝の上で手を握る。
「その子は元々こっちに住んでたんだが、親が死んでしまったらしい。それで守ってくれる大人が必要なんだと」
「………俺と、けんせーと、一緒に暮らすの……?」
「そうだな」
不安をたっぷりと含んだ顔で、修兵は曖昧に頷こうとする。それを押し止めて、六車は修兵を手招いた。ぎゅ、と羽織の裾を握ってくる手を優しく撫で、努めて優しい声を出す。
「大丈夫だ、見た目はお前とそう変わらない歳の子だよ。怖いことなんて何もねえ」
「ほんと……?」
「ああ。それにもし何かされても俺がいるだろ?俺に言えば何とかしてやる」
「ほんとに?」
「修兵。俺が今までお前に嘘吐いたことあったか?」
首が横に振られたことに安堵して、修兵の身体を抱き締める。
「大丈夫か?仲良くできるか?」
「………ッ、がん、ばる、」
浅く頷いた頭を撫でてやると、震えた手がさらに強くしがみついてくる。その感触を感じながら六車は、そういえば名前も何も聞いてなかったな、と今更なことを思いながら口を開いた。
「……ありがとな、修兵」