前夜の牽制
「あ、ベルーガくん」
「イクイじゃん。それと…スターズオンアース、さん?」
イクイノックスとスターズオンアースは父同士の交流があったり厩舎は違えど同じ美浦所属な部分があったりと、同じレースを走ったことは無くとも何かあれば結構な頻度で連絡を取り合う仲になっていた。今日もジャパンカップに向けての軽い調整中にたまたま出会った二人が食堂への道を進んでいると、向かい側からダノンベルーガが歩いてくるのが見えた。初めてまともに対面したダノンベルーガとスターズオンアースはたどたどしく挨拶する。
「アースでいいわよ、えーと…ベルーガくん?今度ジャパンカップで一緒に走るんだし、仲良くしましょ」
「ああそうだな、今度…ってジャパンカップ明日じゃねーか!」
「アースはちょっとおおざっぱな所あるからなあ。明日も今度の中に含まれてるんじゃない?」
イクイノックスが苦笑しながらからかうように言う。肝心のスターズオンアースは彼の言葉に頬を膨らませ少し口を尖らせたが、それだけで何も言うことは無かった。ダノンベルーガはその彼女の姿に少し目を見開く。
(アース、…気強いとか他のやつから噂に聞いてたけどそうでもねーな。イクイ相手だと強く出られなかったりすんのかな)
そこまで考えて、ダノンベルーガは口角を吊り上げた。よく見たら彼女の頬が少し赤いような気がするのは寒さのせいか、それとも。
「ふーん、…アースお前面白い奴だな。ジャパンカップの後でも俺と飯食べに行こうぜ」
「え、ご飯?いいけ」
「ベルーガくん。それ、二人で行く気?」
ダノンベルーガの誘いをスターズオンアースが了承しようとした所で、イクイノックスが彼女の言葉を遮った。しかも、先程まで二人で横並びだったはずなのにいつの間にかイクイノックスがスターズオンアースを庇うように前に立っている。ダノンベルーガは眉をしかめてイクイノックスに小声で尋ねた。
「…………お前らさあ、付き合ってんの?」
「いや、付き合ってない…」
「…え、コレで…?」
いかにも俺の女に手を出すな、という雰囲気を出しておきながら二人は付き合っていないらしい。ダノンベルーガは呆れるように額に手を当てた。
(絶対両思いだろこいつら。でもこれじゃくっつくまでどんくらいかかるか分かんねー…)
ダノンベルーガとしては、良きライバルで割と仲も良いイクイノックスの恋路を応援しない選択肢は無かった。だが二人は鈍感すぎるのか自分に自信が無いのかいつまでたっても互いの思いに気付くことがなさそうである。多少強引だが、とダノンベルーガはイクイノックスの前に立った。
「付き合ってないなら、俺がアースと飯行ってもいいだろ」
「良くない」
「なんで?」
「…なんでも」
「お前がアースのこと好きだから、だろ」
「………べ、べべベルーガくん!?」
先程まで表情を崩さずにいたイクイノックスの顔がみるみる赤くなっていく。ダノンベルーガはやれやれと肩を竦めた。
「イクイの態度分かりやすいんだよ。…ってか、それならさっさと告れ!」
「ちょ、ちょっと声大きすぎだって」
「二人ともさっきから何の話してるの?告るって…誰に?」
ぎゃあぎゃあ騒いでいる二人。そこにイクイノックスの後ろにいたスターズオンアースが不審そうに、しかしどこか拗ねているような表情で二人を見ていた。彼女の顔を見てギョッとするやいなや焦って右往左往するイクイノックス。
(うわ、アースもアースでわっかりやすいな〜どんだけこいつのこと好きなんだよ。というかこれで気付かないイクイもイクイでやべえよ)
ダノンベルーガは半ばからかうように笑いながらイクイノックスの背を自分の方へ向けた。
「イクイがアースに言いたいことあるんだってよ」
「わ、私に?」
「はめられた……………はあ、ベルーガくん。今度ご飯奢ってね。それと、アースのこと取るなよ」
「取らねーよ!赤飯でもなんでも炊いてやるからはやく言え」
「えっと、さっきから何言ってるか全然分かんないんだけど…?」
顔を真っ赤にするイクイノックスと困惑するスターズオンアースを横目にダノンベルーガは頭の後ろで手を組みながら余所の方向へ歩いていった。
(俺めちゃくちゃいい働きしたよな?………あー、俺も彼女欲しいなー)