別れ道での選択
虚夜宮
虚夜宮の外壁に穴を穿ち、その中を通り抜けると開けた場所に出た。
本人達が希望した為、ここまで協力してきた破面達も一緒だ。
石田くんと茶渡くんの話し声が響く。
「…………。抜けたみたいだね」
「……やはりここも暗いな……」
通路と同じく明かりが無い内部は暗い。
私や死神二人は暗闇でもある程度動けるが、他の面々はそうではない筈だ。
『はぐれないようにね。特に一護』
「何で俺だけなんだよ!」
私が君の護衛だからに決まっている。
鬼道の明かりだけでは限界がある。どうしたものかと考えた時――
『――! 明かりが……』
一斉に周囲を囲む松明に炎が灯り、部屋の全貌を照らし出した。
⦅このタイミング……「見えているぞ」と警告でもしているつもりか?⦆
今も監視が付いているのは間違いない。いつ敵襲があってもおかしくない状況に、自然と指先に力がこもった。
石田くんと阿散井くんが口を開き、一護が破面に声をかける。
「……別れ道か……!」
「面倒な処に出ちまったな……」
「……ネル。やっぱりオマエらとはこの辺でお別れみてえだ……」
眉間にシワを寄せ、冷や汗をかいた一護がどこか興奮したような笑みを浮かべた。
「こっから先の霊圧は……オマエらが耐えられる重さじゃなさそうだ……!」
『…………』
この破面達が監視の可能性もある以上、置いていくのは良いとして……。類は友を呼ぶという諺がある。
この霊圧を感知して笑うとは、茶渡くんに感化されているんじゃないか、と疑いの気持ちで一気に胸のあたりが重くなった。
その時ちょうど茶渡くんが口を開いた。
「……道は五つ……」
「虱潰しに端から当たっていくしかないか……!」
冷や汗を流した石田くんの言葉を「……いや」と最後尾にいた朽木さんが遮った。
「六人同時に別々の道を行こう」
「…………。……それは……」
石田くんは冷や汗をかきつつ、続く言葉を飲み込んだ。彼女の提案の利点が解っているからだろう。
確かに「井上さんを探す」という目的を考えれば各人で手分けした方が効率的だ。
井上さんを無事に連れ帰りたいのなら、早い方が良い。時間が経てば経つほどに、安否が怪しくなっていくのだから。
『人探しの定石だね。だけど……』
「何言ってんだ! 相手は十刃だぞ!? 全員一緒に動いた方がいいに決まってんだろ!!」
――やっぱり、一護が納得しない。
一護は何もかも全て自分が護ると、本気でそう考えている。私もここに来てやっと理解した。
一護が鬼気迫る形相で朽木さんに迫る。
「向こうだって一人で来るとは限んねーんだ! コッチがバラバラになったら……」
「……止めとけ。戦場での命の気遣いは戦士にとって侮辱だぜ」
阿散井くんが間に入り、一護が冷静さを取り戻したように止まった。
朽木さんが雪のように静かな声で一護に言葉を掛ける。
「……全員で動く……か。お前は私の身を案じてそう言っているのだろうが……らしくない科白だ、一護」
目を閉じた朽木さんが言葉を続ける。
「……言った筈だ、“私の身など案ずるな”と。私は貴様に護られる為に此処へ来た訳では無い!」
『……私は朽木さんの方針に賛成だ』
力強く言い切った朽木さんに、私も心を決めた。
リスクはあるが、危険な場所に長居するよりも早く目的を達成して帰還させる方が生存率が高いと踏んで、一護を説得する。
『確かに、戦力の分散はリスクが大きい。だけど、団体行動にもリスクはある。……そうだな……石田くんなら解る筈だ』
「? ……僕なら……? ――……あ! そうか! 涅マユリの卍解!」
そう、金色疋殺地蔵のように、広範囲に影響する能力を持つ敵が居た場合、全員が一緒に居ては全滅は免れない。
一護も私が言わんとしていることに気がついたようで、黙って話を聞いている。
私は石田くんの言葉に頷いて一護の説得を続けた。
『ただでさえ井上さんの救出は彼女の意思に反することだ。その上、全滅では彼女の覚悟と選択を踏み躙ることになる』
「!!」
『一護、君がしなければならないと決めた事は?』
一護がぐっと喉元まで出かかった言葉を飲み込んで「……わかったよ」と頭に手をやった。
溜息と共に言葉を吐き出す。
「六人別々の道を行こう」
石田くんと茶渡くんも、その言葉に無言の肯定を返した。これで方針は固まった。
『となると、道に対して一人余るね。一つだけ二人で進むことになるわけだ』
「そうだな……誰と誰が組む?」
阿散井くんが全員の顔を見回した。
私からこの話を切り出したことには理由がある。気掛かりなことがあったのだ。
――そう、茶渡くんだ。
彼は強者との戦闘を好む性分だ。普段は穏やかで弱者に甘いが、強者を前にするとその本質が顔を出す。
この手合いにしては話がわかる面はあるけど、今回は出発前から強引な手段で一護に同行を認めさせようとするほどだった。
⦅――茶渡くん自身が気を付けていても、いざ彼の琴線に触れる破面が現れれば目的を忘れてしまうかもしれない……⦆
そうなっては分散する意味が無くなる。
私自身が茶渡くんと共に行動することで不確定要素を排除したかった。
私は茶渡くんと視線を合わせる。
『……なら、私が茶渡くんと行こうかな。朽木さんを助けに行った時にも一緒だったからね。……良いかな?』
「! ああ、俺は構わないが……」
茶渡くんが一護達を見遣った。私も視線を動かすと、ポカンと口を開けた一護達の姿が視界に入る。
「カワキがチャドと?」
「意外だな……てっきり、カワキさんなら自分が一人で行くって言い出すかと……」
『私には私の考えがある。今回は茶渡くんと一緒に行動したいんだ。答えは?』
私がそう言うと、彼らは顔を見合わせて了承を返した。
まあ、仮に断られたからと言って、私が従う道理は無いので同じことだけど、正式に了承が得られて良かった。
少し考えるような間をあけて、茶渡くんが私を見る。
「……実を言うと、俺もカワキを誘おうと思っていたところだったんだ……よろしく頼む」
『ああ、任せてくれ』
やはり彼自身に自覚があったのだ。私に頼むとはそういうことだろう。
瀞霊廷の時のように、彼が役割を果たせない場合は私が動く。恨みっこなしだ。
茶渡くんが平時は理性的な判断を下せる人間で何よりだと、私は安堵に微笑んだ。
「よォし! そんじゃ出発の前に一つまじないをやっとこう!」
「まじない?」
一護が首を傾げる。
阿散井くんの提案は、護廷十三隊伝統の儀式とやらを行うことだった。
滅却師である私が死神の伝統儀式を行うことになるとはお笑い種だ。私以外の面々も微妙な面持ちである。
「オラ! 手ェ重ねろ! イヤそーにすんな! 俺だってイヤだ!!」
正直、迷信に時間を割く暇は無いと思うけど、これで士気が上がるのならばと受け入れた。
円を描くように集まって掌を重ねる。
「我等、今こそ決戦の地へ! 信じろ、我等の刃は砕けぬ! 信じろ、我等の心は折れぬ!」
阿散井くんが、声高らかに誓いの言葉を詠い上げた。
「たとえ歩みは離れても、鉄の心は共にある! 誓え! 我等、地が裂けようとも、再び生きてこの場所へ!」
その言葉を最後に、私達は一斉にバッと手を離して散開した。
振り返ることなく、それぞれの道へ――
***
カワキ…リスクはあるけど生存率が高そうな方に賭けた。未だにチャドを戦闘狂だと認識しているし、万が一の時は尸魂界篇と同じく普通に置いて行くつもりでいる。
チャド…チャド説の提唱者。カワキを単独で虚夜宮に放つと、前回同様に出会う破面を片っ端から殺してしまうのでは、と心配して同行を申し出ようとしていた。
※前回:尸魂界篇でのモブ隊士殺害未遂
チャド説
カワキが素面で不良を半殺しにしているのを止めたり、時折見せる殺伐とした雰囲気や価値感に触れて、チャドは推理した。
カワキは日本で暮らす一般人では聞いたことがないようなレベルの暗黒地帯に根を張るマフィアか何かに育てられた孤児では……と。
当たらずも遠からず。惜しい。