別れ話

別れ話


閲覧注意

・うっすらペンワイ行為

・スレで出た概念とか捏造の無茶詰め

・原作展開要素










青く澄んだ海面の光にぽこりぽこりと空気が昇ってゆくのを見ていたらふと、ワイヤーと別れ話をしないといけないなと思った。

そう思った理由は色々あるけれど一番は『ちょっと好きになり過ぎてしまったから』というところだろうか。

始まりはあんな事故みたいなアホみたいな冗談みたいな感じだったのに人の気持ちというものは恐ろしい。まさか新世界の海のただ中で競合相手の海賊である大男と関係を持ってあまつさえ恋をしてしまうとは、三年前の自分に教えたらきっと正気を疑うだろうし十年前の自分ならギャグだと思って笑うだろう。まぁ網タイツとか、Sっ気のありそうなお姉さんとかは元々好きだったけど。看守さん派と人魚さん派でシャチと意見が割れたことも懐かしい。


さっそくワイヤーに会いに行くと別れ話をする前から泣いていて、さらにクロカンブッシュよろしく積み上げたマラサダをモグモグと頬張っていた。

シュークリームならともかく揚げ菓子でその量はキツくないかとかそもそもお前そこまで甘いもの好きじゃないだろうとか思ったけれど、「泣きたくなったから泣いてるし食いたくなったから食ってる」との事で相変わらず素直で自由なやつなのだった。

やっぱり好きだなぁと思いながら本題に移ると、泣きっ面に蜂、恋人の涙が見えてないのか薄情者、そういうところが一生童貞なんだ、などと文句を言われた。最後のやつは事実を交えて断固否定したい。食いながら怒るからか口の端にはクリームがついていて、拭って舐めると甘かった。その事になんだか感動しているうちにワイヤーは、口の中のものを飲み込んで自分で涙を拭うと「本当はおれも言おうと思ってた、嫌だけど」と呟いた。


恋人といっても確固たる約束や証明があった訳ではない。次に会ってもキスやセックスやデートをしない普通の海賊同士の関係に戻りましょうというだけだ。それから双方が改めて認識すべき点と言えば、お互い海賊でも海兵でも港の女の子でも好きに相手を見つけて気兼ねなく愛を育みましょう、という事くらいだった。


「おれ別れ話なんてすんの初めてだよ」

「おれも。こんなに寂しいもんなんだな」

「ペンギンは付き合ったことないんだから当たり前じゃん」

「は? ……待てよ今のアレだな、おれは遊び慣れてるからいちいちそんな話しないけど~的なやつだな?」


いつもと変わらない軽い調子で言葉を交わすと目元と鼻を赤くしたままのワイヤーはくつくつと笑って、「そう。こんな本気になったのペンギンが初めて」と言うので少し胸が詰まった。でも初めてならおれも色々奪われているのでどうかお互い様という事にしてほしい。


ワイヤーは意外とよく笑うやつだった。最初の頃は表情に乏しくて何を考えてるのか全然分からない顔だと思っていたけれど、その頃ですら何がツボなのかこちらの些細な言動に楽しそうに息を震わせる事がよくあった。ベッドに運んでほしいと言われたので足払いをかけて投げ技で押し切った時にはひっくり返ったまま涙を流して笑っていて、声を上げて笑うと随分印象が変わるんだなと感じたのを覚えている。


逆に笑顔以外の表情が直接顔に出ることは少なくて、おれと違って相当追い詰めないと分かりやすく驚いたり狼狽えたりしない。ベポなんかはたまに表情筋の具合について心配していたけれど、おれが読み取れるようになったワイヤーの機微を皆が読み取れないのは実は結構気分が良かった。


南の海の出だからなのか、ワイヤーはいつも裸みたいな格好をしているわりに極端な寒さには弱かったりもした。前にたまたま冬島で滞在が被った時におれが服を着たまま海に入る事態になって、それを見ていたワイヤーは珍しく随分と騒いで心配してくれた。宿に入ってからもしつこく湯に浸かれだなんて過保護なことを言うのを宥めて体を繋げると、「冷たい」とグズって可愛かった。表面体温はおれのせいで下がってしまっていたけれど中はいつも通り温かくて、それが外からは分かりにくいワイヤーそのものみたいな感じがして可笑しくて、体よりも先に胸が暖まったものだ。



気がつくと山と化していたマラサダはいつの間にかなくなっている。

「お前あれ全部一人で食ったの? 腹壊すなよ」

「全部一人で食った。腹は壊さない」

拗ねたような、と形容するにはそぐわない風体をしているけれど実際ワイヤーは時々こうやって拗ねたような物言いをする。


それなりに長く付き合って思うのは詰まるところワイヤーは話し合いというものが苦手なんじゃないかという事だ。海賊然とした極端で物騒なことを口走ることもあった割におれに対して暴力を振るうことは終ぞなかった。なかったけれど、不満や不都合があるとすぐにハグだのキスだの平和的肉体言語に訴えかけてきた。無言のまま物言いたげな目を向けてくる様は手のかかる弟でも出来たような気分で、時々そういうどうしようもない甘ったれ野郎になるところも可愛くて好きだった。


もうこいつを甘やかしてやる事もできないんだなと思うと、おれもちょっと感情の言語化というものを放棄したい気持ちになる。そしてこういう時だけは勘のいいワイヤーが見計らったように「最後にセックスしよう」と袖を引くので思わず笑った。



ワイヤーは情事の後によくおれの刺青をなぞっていた。

最初の時は何も言っていなかった気がするけれど確か二回目か三回目の時に話題にあがって、以来飽きもせず何度も眺めたり撫でたり舐めたりするようになった。

「そっちは全員こんな感じなの?」と訊かれたおれはワイヤーがあいつらの裸を想像するのがなんだかすごく気に食わなかった。「皆が皆こんな感じな訳じゃないけど、まぁキャプテンとかはこんなもん」そんな風に答えると興味があるのかないのかふうんと返される生返事を聞いて、何故おれはわざわざ自船で一番いい男の名前を出してしまったのかと暫し後悔した記憶がある。今思うと空回りがすごい。


「刺青の形とか大きさ、忘れないようにしてる」

眠る直前の無表情でワイヤーは言った。一番最近の逢瀬の時のことだった。

おれ達はきっと他の海賊よりも海で死ぬ確率が高い。だからもしも誰かが海で逸れても帰ってきた時ちゃんと判るように、身体の模様には本人確認の意味合いもあるのだ。という話をワイヤーは思いの外深く受け止めていたらしい。

おれとワイヤーは時々そういう事があった。

ワイヤーはおれが思うよりずっとおれの事が好きで、おれはそれに気づいていなくて、読めると思っていたワイヤーの内面を読み逃す。隣の呼吸が寝息に変わるのを聴きながら、魚の骨が喉に刺さったような痛みにおれはちょっと泣きそうになったりしたのだった。



思い返すともっと色々あったけれど、とにかくおれもワイヤーも相手のことを好きになり過ぎたというのがおれの見解である。おれと離れている間──あるいはおれが死んだ後も──、土左衛門を見つけるたび刺青の柄を確かめ続けるワイヤーという勝手な想像におれは耐えられなくて、ちゃんとお別れを言わないといけないと思った。もしかしたらそれは港の女の子よりも繊細な感性なんじゃないだろうか。

だからこんな夢を見ているんだろう。





「ゴボ……ッ!!」


器官に海水が入り込む馴染みある苦痛に意識が冴える。気を失っていたようで、とんでもなく辛気臭い夢だか走馬灯だかを見ていた気がするけれどそんなもんを振り返っている暇は一切ない。あいつらはどうなった。

腕も脚もまだ残っていてちゃんと動く事を確認する。僥倖だ。一瞬誰かの泣き顔が過ぎったけれどそれもすぐに潮流に流されていく。絶対にこんなところで終わってたまるか。そんな熱が手のひらにこもるのを感じる。


ああ、それにしてもこんな時に、なんか無性に甘いものが食いたい!










・好き過ぎて逆に別れさせ屋(ローではない)になってしまったけどこの話のキッド達もハートも全員バンブツイヤサレール島に流れ着いて無事だしペンギンとワイヤーも結局別れない

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