初書きとうちょ
955スレ目のとうちょが同棲始めた頃(初夜迎えたあと)のイメージで書きました。
「葵、明日で良いんだが帰りに買ってきてほしいものがあるんだが」
「おう。何が足りないんだ?」
脹相とのこのやり取りも慣れたものである。
表向きは死んだとされている脹相は現在自由に外を出歩けない。そのため何か必要なものがある際は自分が代わりに買ってきてやっていた。
それは大抵生活用品だったり食料だったりと二人の生活に必要なものばかりだ。たまには脹相個人が欲しいものを頼んでくれても良いのに、と思うこともあるが元々物欲がない脹相はそういったものは頼んできてくれた試しがなかった。本当は何かあるのではないか、自分に遠慮しているのではないかと聞いたこともあるが『葵が居てくれればそれで良い』なんて言われたらあまりの愛おしさに言葉がでなくなってしまった。
とはいえそれも脹相の本音には違いない。ならば無理に引き出すこともあるまい。
そうことにして早数週間。夫婦のようなやり取りに新婚であることを噛み締めたくなっていれば、その。と脹相が言い淀む。
いつもならばすぐに品の名前が出てくるのに珍しいこともあるものだと思うともしや。とIQ53万の頭脳が閃く。
「自分用に何かほしいのか?」
合っているだろうと言わんばかりにニヤリと笑えば、驚いたように脹相が目を見開く。どことなく拙い表情があまりにも愛らしく思わず抱きしめかけたがグッと堪えて脹相の返事を待つ。
「すごいな葵。よく分かったな」
「お前のことならなんでもお見通しさ」
このくらいなら許されるだろうと頬に軽くキスをすれば少しくすぐったそうに身を捩らせた脹相は、そうか。と照れくさそうに呟いた。
「何がほしい?お前の口から聞きたいから教えてくれ」
脹相が欲しがるものはなんなのか。最近料理に凝っているようだから調理器具か、それとも本か、服や娯楽品だったりするだろうか。ワクワクしながら答えを待っていれば意外な単語が返ってきた。
「シャンプーがほしい」
「シャンプー?」
「一番安いもので構わない。もしくはテレビで見たのだが髪顔体?それ一本で事足りる物があるらしいな。高くないのならそれでも良い」
身振り手振りで説明をしてくれた脹相だがあまりにも腑に落ちなかったため、思わず疑問を口にしてしまっていた。
「そんなもの買わずとも俺のシャンプーを使えばいいだろ」
まだシャンプーもトリートメントも充分残っている。なんなら予備もある。買い足す必要はない。それをそのまま伝えれば、だが。と脹相は困ったようにその太い眉を下げた。
「あれは葵のものだろう?それに……高価だと聞いた」
「俺が良いと言っているんだ。値段を気にする必要はない」
ここで一つ違和感を覚える。
脹相の言い分はわからなくはない。確かに自分の使っているシャンプーは一般的に売られている物に比べ高値だ。そのことについて脹相も何故か西宮から聞いていたらしく、せっかく貸してやってたというのに使っていない時期があった。
だがその件については済んだ筈だ。その後は脹相も使うようになった。自分と同じ匂いがするというだけで『俺のもの』という優越感に浸ったのも記憶に新しい。
何故今さら気にするようになったのか。また誰かに余計なことを言われたのか。京都校の者たちは脹相が生きていることを知らないから五条あたりだろうか。だが、もし五条だとしたら別邸に移ってから数週間経った今のタイミングはおかしい。ならば別の理由と考えるのが妥当だろう。一体どんな心境の変化が。と脳を回転させていれば、匂いが。と脹相が小さな声が言った。
「匂い?もしかして苦手だったか?」
今まで言えなかっただけで脹相にとっては好ましくない香りだったのかもしれない。だとしたら水臭い。もっと早くに言ってくれれば良かったのに、と意図していなかったとはいえ恋人に嫌な思いをさせていた自分に怒りを覚えていれば、違う。と慌てたように首を振った脹相は違うんだ。と言うだけで要領を得ない。
「その……とにかく、おれには違う匂いのものを買ってくれると嬉しい……」
「何が違うのか教えてくれないと納得ができないんだが」
「……言わなくてはだめか?」
無意識なのだろう。上目遣いをしながら聞いてくる恋人があまりにも可愛いせいでつい『言いたくないならいい』と免除したくなったが、この反応から察するに絶対に理由を聞いた方が良い。もっと可愛いことが待っている気がする。
そんな自分の勘を信じ心を鬼にして「だめだ」と告げれば、そんなぁ。と言いたげに眉をさらに下げた脹相は目を泳がせたがついに観念したのか。目を逸らしたままぼそぼそと真相を告げてきた。
「……葵のシャンプーは……葵の匂いがしてダメだ……。お前がいないのに……いると……か、勘違いしてしまう……」
反射的に抱き締めようとしたが、まだだ。もう少し様子を見るんだ東堂葵。と理性がストップをかけてきたため歯を食いしばりすんでのところを堪える。
「まるでお前に抱き締められてるみたいで……。その、夜の……葵に……だ、抱かれた時のことを……思い出して……。だ、めなんだ……。だから違うシャンプーを使わせてくれ……」
言い切った脹相の白い肌は紅潮し、まるで熟れた桃のように色付いている。
ありがとう。そしてさようなら。あとは任せろ。
止めてくれた理性に感謝と別れを告げたあとはもう記憶がない。「葵?何故肩を掴む?顔がこわいぞ?」と脹相が言ったような気もしたが理性がいなくなり本能に支配された脳では残念ながら細かいことは何も考えることも記憶することも叶わなかった。
だが自分は悪いとは微塵も思わない。
全てはこの可愛いすぎる恋人が悪い。そう責任転嫁すると他のどんなシャンプーを使ったところで上書きするから意味がないことをその身に教えこんでやったのだった。